第47話 操られた?
ヒトカゲ達を囲むようにして現れたのは、ゴースとゴーストの大群。その数は50匹を軽く超えているように見える。そして彼らを見ているカラカラは少し震えていた。
「な、何なのこれは?」
オオタチが初めて素の表情を見せた。このような状況だから誰も見ていないが、普段のオオタチの顔はけっこうな老け顔である。
「あいつらがいきなり襲ってきたんだ」
険しい表情でカラカラが答えた。何が起こっているのかと全員が訊くと、カラカラは最近この島で起こっている出来事の説明を始めた。
「最近、この島やその周辺の海に住むポケモン達が突然暴れだしたりすることが増え始めたんだ。そのポケモン達は自我を持たず、まるで操られているかのように誰彼構わず攻撃してくるんだ」
『操られている?』
カラカラの説明を聞いたヒトカゲ達4人はある事を思い出した。それは最後にカイリューと接触した時。あの時にカイリューはハクリューを従えて来たが、彼もまた操られていたような素振りだった。その証拠に、ハクリューは何も覚えていなかった。
「もしかして、何か関係あるんじゃない?」
ヒトカゲはハクリューの件も踏まえて考え事を始めようとしたが、それどころではないとゼニガメに止められた。
「確かに関係あるかもしれねぇけど、まずは、目の前にいる奴らをどうにかしなきゃな」
刹那、ゴースとゴースト達が声を上げながら一斉にヒトカゲ達に襲ってきた。その場にいた全員はとにかく攻撃を防ごうと対抗することにした。
「“ギガドレイン”!」
ドダイトスは“ギガドレイン”で対抗した。体力だけ奪ってなるべく傷つけないように気遣っているのだろう。だが、それを無視する者もいた。
「“ねっぷう”!」
「“なみのり”!」
ヒトカゲとゼニガメは容赦なくゴースとゴーストに攻撃していた。おかげでバタバタとゴース達は倒れていく。
そして3バカはというと、「自分達の攻撃では相手に効果がない」という理由でヒトカゲ達に加勢せず、やった事と言えばカラカラと一緒に安全なところへ移動しただけだった。
特に苦労することなく、数分後には全てが片付いていた。目の前に広がっているのは、気を失って倒れているゴースとゴースト達。数匹からは黒い煙のようなものが出ているが、それはヒトカゲの攻撃のせいである。
「よくやったわね。褒めてあげるよ」
腕組みしながらどこからかオオタチが出てきた。後ろにはまだ少し震えているカラカラと、一段落して喜んでいるペルシアンとアーボックがいた。
(何にもしてないくせに……)
ヒトカゲ達は呆れた様子で3バカを見た。おもわずこの3人は本当に根っからのバカなのかと疑ってしまいそうであった。実際そうなのかもしれないが。
「じゃあ一段落したところで、原因究明とでもいきますか」
そう言うと、ドダイトスは気絶しているゴーストを起こそうとした。ゴーストに近づいたまさにその時、ゴーストの目が一気に開いた。
「わっ!」
驚いたドダイトスは後ずさりしてしまった。その間にもゆっくりとゴーストは起き上がり、こちらに近づいてきた。
「ククククク……」
不気味な笑い声を発しながらドダイトスの方へ近づくゴースト。少々怖くなったのか、ドダイトスはその場から動けなかった。そしてとうとう、ゴーストはドダイトスの顔の前まで来た。ドダイトスは怖さに耐えながら歯を食い縛って睨んでいる。
「も、大丈夫だ。安心していいだ」
『……は?』
優しいが訛(なまり)のキツい喋り方のゴーストが笑顔で話しかけてきた。ドダイトスはもちろん、ヒトカゲ達もゴーストの振る舞いに拍子抜けしてしまった。
「俺、さっきは何だか暴れてしまったみてぇだ。すまんかっただ」
『い、いいえ、別に』
頭を深々と下げるゴースト。それにつられて頭を下げるヒトカゲ達。何とも奇妙な光景である。
「でさ、何で僕達を襲ったのか、何があったのか教えてくれる?」
カラカラがアーボックの後ろに隠れながらゴーストに訊ねる。まだゴースト達を完全には安心してないようだ。それに対して彼は穏やかな表情で話し始めた。
「それなんだが、襲っている時、俺、記憶ねぇんだ。すまんだ」
やはりハクリューの時と酷似していると4人は思った。何らかの関係があると見て、さらにゴーストの話に真剣に耳を傾けた。
「だけど、何かあったったら、あった気がするだ」
ヒトカゲ達とカラカラは、詳細を教えてくれと頼んだ。ちなみに3バカは話に参加してないものの、内容が気になって仕方がないようで、聞き耳を立てている。
「ん〜と、確か、何かな、我を失う前に、頭の中で火花が散った感覚あっただ」
『火花?』
「そだ。バチッってなって、目の前が真っ暗になっただ」
さらにゴーストの話を聞くと、誰かが故意にポケモン達を操っていたりすることはあり得ないと言う。となると、考えられる選択肢は限られてきた。
「ってことは、自然災害か何かの影響ってことかな?」
話を聞きながら考え事をしていたヒトカゲは自分の推測した事を話し始める。
「ほら、大きな地震の前に動物達が変な行動することとかあるじゃない。突然騒ぎ出したり、走り回ったり。それみたくさ、例えば何かが原因で微弱な電磁波みたいなものがゴースト達の頭を刺激して、一時的に混乱したりとか……」
途中まで話すと、ヒトカゲはその場にいた全員が口を開いたまま固まっていることに気づいた。みんなはヒトカゲが話している内容が高度な事に驚いているのだ。
「ど、どしたのみんな?」
『い、いや、続けてください』
まるでどこかの大学の教授が講義を行っているかのような扱いを受けたヒトカゲは、変だなと思いながらも続けた。
「だから、僕達が攻撃したことでいわゆるショック療法的な感じになって、自我が戻ったって考えられるかなって」
『な、なるほど……』
みんなはわかったような顔つきだったが、実際はあまり理解できていなかった。ゼニガメとアーボックに至っては頭痛が走ったようだ。
「ただ、今はアイランドで自然災害なんか起きてないわよね? あと何が考えられるかしら?」
チコリータがいろいろ考え始めた。それにつられるようにドダイトスやカラカラ、さらにはオオタチやペルシアンまで頭を悩ませた。ゼニガメとアーボックは完全にノックアウト状態である。
しばらく唸りながら考えていると、ゴーストが何かに気づいたように顔を上げた。その表情にいち早く気づいたペルシアンがどうしたのかと聞いた。
「何かわかったのか?」
「……もしかしたら、『霊の勾玉』かもしれないだ」
今の話の中で『霊の勾玉』という言葉が出てくるとは誰もが予想だにしなかった。全員がゴーストの話に食いついてきた。
『どういう事!?』
「前に村長から聞いたことあるだ。『霊の勾玉』はその島に悪者がいる時、そいつらを追い返そうと、不思議な力を放つことがあるって言ってただ」
もしそれが本当なら、ビオレタ島に悪者がいるということになる。ヒトカゲ達が真っ先に思いついたのは、カイリュー達である。まさかこの島にいるのではと警戒し始めた。
「ねぇ、みんながおかしくなり始めたのって、いつ頃から?」
その予想が半分外れていることを祈りつつ、ヒトカゲがゴーストに訊いた。ゴーストはうなりながら記憶を辿っていき、“その時”を思い出す。
「そうだな〜、あれは……確か、最初に暴れ始めた奴がいたのは、あん時だ」
『あん時?』
「そだ。ほら、前にものすごく天気悪かった時あったな? 水柱とか立ってた時だ。あれから数日経ったくらいからだ」
(……えっ、水柱?)
ヒトカゲはそれを聞いてすぐにわかった。ビオレタ島でおかしな事が起こり始めたのは、自分が初めてロホ島に降り立った時、すなわち自分の記憶を失くしてから数日ということになる。これは単なる偶然なのだろうか、それとも運命による必然なのだろうか。
「じゃあ、すぐにでも調べに行ってみますか? 勾玉がどうなっているのかを」
ドダイトスが気を使ってか、ヒトカゲに早く行こうと提案してくれた。ヒトカゲは嬉しそうに首を縦に振った。
「面白そうだね、アタイ達もついてくよ」
『おうよ!』
何と3バカも一緒に行くという。ヒトカゲ達はあからさまに嫌そうな顔をしたが、断る理由も特になかったため、渋々了解した。
「それじゃ、まず、俺の村の村長んとこ、行くだ。こっちだ」
ヒトカゲ一行、3バカ、そしてカラカラとゴーストは、ゴーストの案内で彼が住んでいる村がある方へ向かって行った。