第44話 ラブ・パワー?
今、ヒトカゲ達は海に向かって歩いている。ジュラの話によると、5つ目の勾玉『氷の勾玉』は海の近くにある“氷柱祠(ひょうちゅうし)”と呼ばれる祠に祀られているという。
「もう5つ目か、早いなぁ」
「そりゃあ仕方ないさ。急いで集めてるんだからさ」
ヒトカゲとゼニガメがしみじみと勾玉集めを振り返っている。あっという間に半分以上集めていたのかと思ったのはチコリータとドダイトスも同じだ。
「はぁ……」
いきなりため息を漏らしたのはチコリータ。その様子にいち早く気づいたのは彼女の横を歩いているドダイトスだった。
「お嬢、気分でも悪いのですか?」
「いいえ、何でもないわ」
「そうですか。無理なさらずに、何かあったら私に言ってくださいね」
言えないから困っているのに、とチコリータは思った。この時チコリータはドダイトスの事をずっと考えていた。何回もアプローチしているのに、一向にその気持ちに気づいていないらしく、自分に興味がないのではないかと落ち込んでいたのだ。
(ドダイトス……私、あなたが好きなのに、どうして振り向いてくれないの?)
チコリータは勘違いをしていた。ドダイトスはチコリータに興味がないのではなく、こういう事に対して鈍感なだけであることを。
「……ヘクシュン! あー風邪引いてしまったかな?」
ほら、みなさい。
1時間程歩くと、ヒトカゲ達は海に着いた。とは言っても、今のセレステ島は冬。夏に比べて海は荒れ、景色もよくない。おまけに海から吹く風は特別冷たかった。
「どこに“氷柱祠”あるんだろうね……って、何してんの?」
ヒトカゲは、自分の尻尾にみんなが集まっていることに気づいた。みんなはヒトカゲの尻尾の炎で暖を取っていた。そのおかげで寒い思いをしているのはヒトカゲだけであった。さすがの彼でもこの寒さには鳥肌が立ち、体を震わせている。
『はぁー暖かいー♪』
「いいから早く行こうよ!」
『もうちょっとだけ♪』
「……【紅蓮の炎を……】」
『さぁ、急いで行こうか!』
さすがに怒ったヒトカゲは詠唱を始めた。これではどう頑張っても太刀打ちできないことを知っていた3人は、冷汗を流しながら歩き始めた。
海沿いをしばらく歩き続けると、ヒトカゲ達は氷柱祠らしきものを見つけた。それは氷、しかもつららでできている祠で、見るからに刺々しい。
「たぶんこれだよね。じゃあ早速……」
ヒトカゲが祠に手を伸ばし、中にあるであろう勾玉を取ろうとした、その瞬間、祠の後ろの方から声が聞こえた。
「ちょっと僕ぅ、何してんのぉ?」
「ダメじゃないか、勝手に触ったりしたら」
そう言いながら、祠の後ろから2匹のポケモンが顔を出した。そのポケモンとはオスのパルシェンとメスのジュゴンで、パルシェンの上にジュゴンが乗っかっている。
『誰?』
4人はちょっと引きながら2人に訊ねた。何故引いているかというと、パルシェンとジュゴンがずっと顔を少し赤らめてニヤニヤしていたからだ。しかもお互いにチラチラと目線を合わせている。
「私、この人の妻のジュゴン♪」
「俺、コイツの夫のパルシェン♪」
(あぁ、いわゆるバカップルか)
何となく予想はしていたが、本当にバカップルだとわかると4人は頭が痛くなった。そんな事は一切お構いなしにパルシェン夫婦はヒトカゲ達に質問をした。
「何でここに来たの? ここは神聖な場所よ?」
この2人のせいでちっとも神聖とは思えないと言いたげな4人であったが、いちいち構ってもいられないので、4人を代表してドダイトスが説明を始めた。
「俺達はルギアから与えられた使命で、勾玉を集めなければならない。だから氷の勾玉を渡してもらおうか」
少し上から目線の物の言い方をしてしまったせいか、顔の恐いドダイトスが前に出たせいか、パルシェンとジュゴンは4人の事を疑い始めた。
「そう言って、俺達を騙そうとしてるな? 本当はどういう目的で勾玉を狙っている?」
「いやいや、ホントの話だって!」
焦ってゼニガメが否定した。だがそう簡単には疑いは晴れないようで、2人から質問攻めにされた。もう面倒くさくなったので、ヒトカゲは全てを話した。
「……というわけです。だから勾玉を渡してください」
そう言うと2人は何やらひそひそと話を始め、4人はその様子を黙って見ていた。それから直に2人はヒトカゲ達の方を見ると、こう言い放った。
『信用できないね! どうしても欲しいなら力づくで取りなさい!』
『はぁ!?』
どうしてこうなるのか……4人は参ったような顔をしたが、自分達を敵視している2人に何を言っても無駄だとわかったので、力づくで取る方法を考えた。
だが次の瞬間、パルシェン夫婦の方から攻撃してきた。
『くらえ! “ラブ・キャノン”!』
聞いたことのない技名が耳に入ったと思ったら、ヒトカゲ達に向かって尖った物体が物凄い勢いで突っ込んできた。
『うわっと!』
4人はすぐさまその物体を避けた。その物体は勢いよく地面へ突き刺さった。だが、よく見るとそれだけではなかった。
「ちょっと、みんな見て!」
ヒトカゲが慌てた様子で言うと、みんなはその物体の方を見るや否や驚いてしまった。その物体はただの“とげキャノン”であったのだが、何と刺さった部分から広範囲に氷が張っていたのだ。
『よそ見は危険だよ! “ラブ・キャノン”!』
またもや2人は怪しい名前の技をくりだした。今度も避けようとしたが、ドダイトスの回避が間に合わず、背中に生っている木にかすってしまった。
「……なにっ!?」
ドダイトスが見たもの、それは背中の木がどんどん凍っていく光景だった。パキパキと音を立てながら氷が張っていく。これにより動きがさらに鈍くなってしまった。
「かすっただけなのに……」
「どう? 私達の“ラブ・キャノン”は? 強いでしょ?」
みんなは初めて見る技に圧倒されていた。余裕の表情でジュゴンが4人を見下ろしている。悔しがりながらもヒトカゲは冷静に対処法を考えた。
(……結局は、氷なんだよな。ちょっとやってみよう)
『まだいくよ! “ラブ・キャノン”!』
「だったら“かえんほうしゃ”!」
向かってきた“ラブ・キャノン”にヒトカゲは“かえんほうしゃ”を放った。上手くいったと思ったが、今度は炎を纏(まと)った“とげキャノン”が向かってきたのだ。
「マジかよ!? さっきよりマズいぜこれ! “ハイドロポンプ”!」
ゼニガメは“ハイドロポンプ”で炎を消しつつ押し返した。“とげキャノン”は後退したものの、そのスピードははるかに遅いため、パルシェン達に当たることなく落下した。
(ま、まずいよこれ……)
このままではやられてしまうと思ったヒトカゲは、もう1度冷静に“ラブ・キャノン”の分析を始めた。
(あれはジュゴンの“れいとうビーム”とパルシェンの“とげキャノン”の融合技。氷が怖いけど、とげがなかったら撃てない……よし、やってみるか)
作戦を思いついたヒトカゲはみんなに耳打ちで説明した。
『よっし、やってみますか!』
あのウザい夫婦を倒す方法があれば何でもよかったようだ。4人は身構え、次の攻撃が来るのをじっと待っていた。作戦を立てたことを知らない夫婦はまた攻撃を放った。
「みんないくよ! “ふんえん”!」
「“ハイドロポンプ”!」
向かってきた“ラブ・キャノン”に、ヒトカゲは“ふんえん”を放ち、ワンテンポ遅れてゼニガメが“ハイドロポンプ”をくりだした。
2人の狙いは“とげキャノン”の粉砕。熱を持った物質を急激に冷やすと、その物質は温度変化に耐えられなくなって形を崩しやすくなるのだ。その作戦は成功し、見事“とげキャノン”はバラバラになってしまった。
しかし、彼らの狙いはそれだけではなかった。パルシェンとジュゴンは“ふんえん”による煙で前方の視界が遮られ、ヒトカゲ達が見えなくなってしまった。そこにチコリータとドダイトスが技をくりだした。
「“しびれごな”!」
「“リーフストーム”!」
2人の融合技、“しびれごな”を乗せた“リーフストーム”は夫婦の目の前に突如現れ、どうすることもできずに技を真正面から受けてしまった。
『うわわわっ!?』
その圧倒的な“リーフストーム”をくらった2人は倒れてしまった。おまけに一緒にくっついてきた“しびれごな”によって麻痺状態になり、2人は為す術がなくなった。
『やった、成功♪』
4人はハイタッチをして喜んだ。そんな様子を見たパルシェンとジュゴンは、全身の痺れに耐えながら4人に向かってこう言い放った。
『……私達の“ラブ・キャノン”が負けた。それはつまり、あなた達のラブ・パワーが私達より強かった。認めたくないけど、強い愛情だわ……』
何訳のわからないことを言っているんだと思ったヒトカゲとゼニガメだったが、何故かチコリータとドダイトスだけドキッとしてしまった。そしてゆっくりとお互いの顔を見た。
『……あっ……』
2人は気恥ずかしそうに目を逸らした。顔がほんのり赤くなっている。
(これってまさしく?)
(これは絶対そうだ。間違いねぇな)
想像の中でヒトカゲとゼニガメは2人の気持ちを悟った。今の2人は、つい少し前にパルシェンとジュゴンが取っていた行動そのものである。
『か、勝手に想像するなぁ――!』
ヒトカゲとゼニガメの表情を見ただけで2人の想像に気づいたチコリータとドダイトスは、ありったけの攻撃をお見舞いしたのだった。それは2人の愛が織り成す、ラブ……
『違うっ!』
……違うらしい。