第39話 子守り
午後の一番暖かい時間、4人は『氷の勾玉』のあるセレステ島に到着した。
『う〜っ、寒っ!』
港に着くなり、4人は身震いをした。それもそのはず、前回訪れた時とは異なり、セレステ島ではもうじき雪が降ろうとしていた。冷たく乾いた風が身にしみる。
「ど、どうするの?」
寒いのが苦手なチコリータがこれからについて訊ねた。草ポケモンであるため、ヒトカゲやゼニガメ達と比べて体感する寒さが数倍違うらしい。
「とりあえず知り合いの家に行こう。ゼニガメ、ジュラの家覚えてる?」
「ん〜たぶん。街まで出れば大丈夫だと思うな」
そうゼニガメが答えると、4人は街へ向かって歩き始めようとした。ここで言っておくが、今までに彼らがまともに目的地に辿り着いた確率は1/2程である。
「あれ、待って。あれ何?」
足を1歩前へ踏み出そうとしたヒトカゲが、前方に何かを見つけた。他の3人もその方向を見ると、確かに何かがあった。赤色ベースで黒の水玉模様のある、丸い何かが。
そして、ヒトカゲ達はその何かから声が発せられているのを聞いた。泣き声だ。間違いなく、それはポケモンであることはすぐにわかった。4人はすぐさまそのポケモンの元へ駆け寄った。
「どうしたの?」
ヒトカゲは道端で泣いているポケモン、レディバに優しく声をかけた。だが、レディバは泣いたままだ。
「見た感じ、まだ子供よね」
チコリータの言うとおり、このレディバはまだ子供であるようだ。よく見かけるレディバより一回りくらい身体が小さい。
「本当ですね。どれ、お兄さんが泣き止ませて……」
「ぎゃ――――!」
レディバをあやすためにドダイトスが近づいた瞬間、レディバはさらに大声で泣き出した。やはり子供にはドダイトスの顔は恐いようだ。ドダイトスは激しく落ち込んだ。
「しゃあねぇなぁ。ほらほら、大丈夫だよー、恐いおじさんだったねー」
「お、おじ……」
見かねたゼニガメがレディバを抱っこした。恐いおじさんと言われたドダイトスの心は何かで打ち砕かれたようで、再び激しくブルーになった。
番長であるゼニガメが子供をあやせるわけないと誰もが思っていたが、何とレディバは泣き止むどころか嬉しそうに笑っている。
『う、嘘ぉ!?』
当然、3人はこの光景に驚かずにはいられなかった。このゼニガメがレディバをあやしているとは、作者でも想像し難い。
「何だよその反応。それよりお前、どうして泣いてたんだ?」
気分を良くしたゼニガメはすっかりお兄ちゃん気取りでレディバに話しかけた。そしてレディバ自身も、ゼニガメが本当の兄であるかのように接してきた。
「お母さん、いなくなっちゃったの」
どうやらレディバは迷子らしい。さらに話を聞くと、ヒトカゲ達と同じ連絡船に乗って来て、船を降りた直後に母親と離れ離れになったようだ。
「そっかぁ。困ったな〜」
ゼニガメは片手で頭を掻きながら悩んだ。他の3人もあれこれ考えていたが、なかなかいい方法が見つからない。しばらくして、チコリータの頭に名案が浮かんだ。
「私達はレディバのお母さんを探すから、ゼニガメはレディバと一緒にここにいて。もしかしたらお母さんがここに来るかもしれないしね」
「なるほど! わかったぜぃ〜!」
ゼニガメは親指を立てて答えた。それからすぐにヒトカゲ達はレディバの母親を探すために街の中心に向かって行った。
「……っては言ったけど、何してりゃいいんだよ?」
30分後、ゼニガメは早くも子守りに飽きていた。実はあれから直にレディバはゼニガメに抱かれたまま寝てしまったのだ。おまけに腕がだるくなってきたようで、抱っこの仕方を何回も変えている。
「おなかすいた〜」
「あら、起きちまった」
寝ていたと思っていたレディバがいきなりゼニガメに空腹を訴えた。しかしゼニガメの荷物袋はドダイトスが持っていってしまった。それどころか、荷物袋に食料は入っていない。
「まいったな、え〜っと、きのみとかないかな……」
とりあえずレディバを降ろし、ゼニガメはレディバの手をつないで一緒にきのみを探した。すると運よく、近くにヒメリのみが生っていた。ゼニガメが“みずでっぽう”で木からヒメリのみを落としてあげると、レディバはそれを一生懸命集めた。
「食べていいの?」
「あぁ、食べな。俺も食おうっと♪」
2人は地面に座り、ヒメリのみを食べ始めた。
「あっ、おいしい〜!」
「うげっ!? すっぱっ!」
レディバは大喜びで食べているが、ゼニガメが食したヒメリのみはまだ熟していなく、しぶみを帯びたすっぱい味がした。食えたもんじゃないと言わんばかりに吐き出した。
「ね〜あそぼ〜!」
「えっ、もう!?」
今の今まできのみを食べていたはずのレディバが、今度は遊んでくれと言ってきた。急すぎる展開にゼニガメもビックリしている。
「遊んでって言われても、こっから動けないしなー。なにしたいんだ?」
とりあえずゼニガメは何がしたいのかを聞いてみた。案の定レディバは子供の遊びの定番である鬼ごっこやかくれんぼと言ってきたが、広範囲になることや、相手が1人しかいないことなどからあえなく却下。
辺りを見回すが、公園のようなものもない。木登りも考えてはみたが、レディバは空を飛べるので意味がない。ゼニガメはかなり悩んでいた。
「うー、どうすっかなー」
ゼニガメはかなり参ったような表情だった。遊んであげたい気持ちはあったが、こうも動けないとできることがない。早くヒトカゲ達がレディバの母親を連れて戻ってきてくれないかと思い続けていた。おまけに少し眠くなってきたようだ。
「……あっ!」
その時、ゼニガメが何かをひらめいた。それはゼニガメにとって最高のアイデアだった。お互いの欲望を叶えることができる、素晴らしい遊びであるようだ。
「あのさ、“早寝勝負”しようぜ!」
子守りとして最悪である。そんな考えだとは知らずに、レディバは興味深そうに“早寝勝負”の説明を求めた。
「何なに? どうやるの?」
「簡単だよ。どっちが早く寝れるかの競争さ! もちろん早く寝た方が勝ち!」
「うわぁ、面白そう!」
ゼニガメの腹黒い作戦に引っかかってしまったレディバは、すぐに眠る体勢に入った。その様子をゼニガメは嬉しそうに見ていた。
(子守りって、案外簡単なんだな!)
子守りではない。純粋な子供を騙しているだけだ。
「それじゃ、よ〜い、スタート!」
掛け声と共に、近くの木に寄りかかって2人は早寝競争を始めた。
夕刻、ヒトカゲ達はレディバの母親を街で見つけることができ、事情を説明した後に一緒にゼニガメ達がいるところへ戻って来た。
「ここら辺ですけど……」
チコリータがゼニガメ達と別れた付近を見回したが、2人の姿がない。もうすぐ薄暗くなる時間帯ということもあり、少しだけ心配になってきた。
「まさか、抜け駆けでおいしいもの食べに行ったとか!?」
腹を空かせたヒトカゲの発想はあまりに幼稚な方向へ向かっていた。みんなから白い目で見られると、「冗談です」と言って下を向いた。
ヒトカゲ達から少しだけ離れた場所にいたドダイトスは、ふと自分の近くにあった1本の木に目をやった。すると、そこには穏やかな表情ですやすやと眠る2匹のポケモンがいた。ドダイトスはそれを見てふっと笑うと、静かにヒトカゲ達の方へ戻った。
「ちょっと、来てください」
そう言われたヒトカゲ、チコリータ、そしてレディバの母親は、どこかへ向かって歩くドダイトスの後を追った。そしてすぐに、ドダイトスが何を言いたいのかがわかった。
全員が見たのは、ゼニガメとレディバが仲良く寝ている姿だった。ドダイトスも改めて見て気づいたが、2人は気づかないうちに手を握っていたのだ。微笑ましい絵の裏に腹黒い計画があったことは、誰も知る由もない。
「本当にありがとうございました」
しばらくして2人が起きたので、レディバは母親のところへ戻った。レディバの無事を確認すると、母親は深々と頭を下げてヒトカゲ達にお礼を言った。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
「いいってことよ」
レディバに1番感謝されたゼニガメは、顔を少し赤らめて照れている。その反面、半分は寝ていただけなので若干申し訳ないとも思ったようだ。
「それでは……」
そう言うと、レディバの母親はお辞儀をしながら、レディバは大きく手を振りながらヒトカゲ達の元から去っていった。それに応えるようにゼニガメも大きく手を振る。2人の姿が見えなくなると、ゼニガメは小さくため息をついた。
「ゼニガメ、どうしたの?」
「いや、楽しかったなぁ〜って。何か、レディバのこと見てる時、自然と兄さんとの思い出が出てきてさ。あーあ、どこに行ったんだよ」
みんなに背を向けながらゼニガメが言った。ゼニガメがこうした理由はヒトカゲにはわかっていた――悲しいところを見られるのが恥ずかしくてわざと強がっていることを。
いつも同じ言葉しかかけてあげられていないので、ヒトカゲはどうしたらよいかと考えていたそんな時、ドダイトスはある事を思い出した。
(ゼニガメの兄は、確かカメールだったよな。なら、違うだろうな……)
ドダイトスが勘違いだと思ったことは、後にそれが勘違いであったことを否定することとなる。まだ、誰もその事実を知らない。