第38話 神と勾玉の伝説
次の日、ヒトカゲは街にある図書館にいた。昨日ニドキング警視と別れる際、「図書館に行ったら何かわかるかもしれんぞ」と提案してくれたのだ。今のナランハ島はあいにくの雨。次の島へ行く気にもなれなかったので、朝から図書館にこもっている。
「う〜ん、見つからない……ゼニガメは?」
「ダメだ、この本もサッパリだ」
ちなみに図書館に来ているのはヒトカゲとゼニガメの2人。チコリータとドダイトスはバンギラス達に大工の手伝いを依頼され、ゴロー達は仕事に出ているため行けなかったのだ。
「すみません、『精神的病気』の本ありますか?」
「少々お待ちください」
今ヒトカゲが調べているのは、記憶喪失の治癒についてである。早く記憶を取り戻すことで状況が変わるかもしれないと考えたようだ。しかし本を沢山読んではみたものの、そう簡単には見つからない。
「こちらになります」
図書館の係員をしているカモネギは、台車いっぱいに精神的病気についての本を積み重ねてカウンターまでやって来た。その高さをヒトカゲの2倍はある。
「あの〜、重くて台車を押せません……」
ヒトカゲはカモネギに台車を押してくれるよう頼んだ。
それから3時間後、2人は机に倒れこむようにだれた。難しい専門用語ばかりの医学書を読み漁るだけで相当な体力を消耗したようだ。
「もう疲れた〜無理〜」
「僕もちょっと休憩〜」
ヒトカゲとゼニガメは休憩がてら居眠りをしようとして頭を机につけたその時、ヒトカゲの目に1冊の薄い本が飛び込んできた。それはヒトカゲにとって気になるタイトルであった。
「……『伝説のポケモン』?」
一眠りしてから気分転換に読んで見よう、そう思ったヒトカゲは眠りにつこうとした。だがその本の中身が気なっているせいか、数回頭の位置を変えている間に眠気が吹っ飛んでしまった。
仕方なく、寝ているゼニガメを起こさないようにそっと席を立ち、その本を取りにいった。ヒトカゲはその場でパラパラと本をめくってみたが、写真が1枚も掲載されていなく、ざっと見ただけでは中身がわからなかった。
「薄いからすぐ読めそう。読んでみよ」
どんな事が書いてあるのだろうとヒトカゲは期待に胸を膨らませながら、本を抱えて席へ戻った。そしてすぐに本の最初のページをめくってみた。
「えっと、“この本は伝説のポケモンと呼ばれる者達の偉業などの伝記をまとめたものである”……へぇ〜面白そう!」
元々こういうものに興味があったのだろう、ヒトカゲは目を輝かせていた。そして次のページをめくると、気になる記述が目に飛び込んできた。
「最初は……“紅蓮の炎を操る火の神・ファイヤー”……ん? これって……」
“紅蓮の炎を操る”とは、まさにヒトカゲが海の神様から教えてもらった詠唱の一部だった。単なる偶然ではないと思ったヒトカゲは、その先を読み進める。
「“ファイヤーが訪れた街には、一足早く春がやって来る。普段は滅多に姿を見せず、ポケモンアイランドの各島に祀られている勾玉を集めることで現れる”だって!?」
ヒトカゲはこれで何となく勾玉を集める理由がわかったような気がした。ファイヤー等の神に会わないと、どう頑張ろうが海の神まで辿り着くことができないようだ。
「後は……“同様に、後述する、天空から稲妻を突き刺す雷の神・サンダーや、凍てつく空気と堅氷を注ぐ氷の神・フリーザーも、ファイヤーと共に現れると言われている”」
もしこの伝説が本当ならば、ヒトカゲがやろうとしている事は本当に大事(おおごと)である。しかし伝説を否定することもできなかった。
以前、海の神様がテレパシーで「勾玉を持っていくと、私と対等な関係にある者がそこ現れる」と言っている。これがファイヤー・サンダー・フリーザーなのではないかとヒトカゲは考えた。
「火の神・雷の神・氷の神、そして、海の神……」
ヒトカゲは何かに気づいたように急いでページをめくる。そしてあるページで手が止まった。その内容が目に入ると、おもわず息を呑んだ。
「……“深き海溝より現れ嵐を操る海の神・ルギア”……」
ようやく知ることのできた、海の神の名前。ヒトカゲは感激と同時に畏敬の念を抱いた感覚に陥った。また、何となくではあるが「ルギア」という名前に聞き覚えのあるような気がしたようだ。さらに読み進めると、前にジュラやライコウから聞いた昔話が書かれていた。
“昔、アイランドを異常気象が襲った。1匹の民がルギアに助けを求めるために勾玉を集めた。同時にその頃合を見計らってルギアを操り、アイランドを征服しようとする輩もいた。勇敢な民がその輩を退治し、無事に7つの勾玉と1つの結晶を集め、深海で眠るルギアを呼び寄せた。ルギアはその翼一振りで異常気象の根源を吹き飛ばし、再び元の穏やかなアイランドを取り戻してくれた。”
「一振りで、吹き飛ばした……」
そのスケールの多きさはヒトカゲの許容範囲を軽く超えていた。軽い放心状態になっている時、ちょうどゼニガメは目を覚ました。
「ふぁ〜まだねみぃよ〜……ん? 何だこの本?」
ゼニガメはヒトカゲが開いている本を横から覗き見するような格好で読んだ。間もなくして、ゼニガメもヒトカゲと同じように驚くこととなった。
「……マジかよ、大事じゃねぇか」
「そうみたい……」
今度は2人で放心状態になった。まさか偉大な神達がここまで絡んでくるとは思ってもいなかったようだ。ヒトカゲは世界の運命を握っているという意味が少しだけ理解できた。
「あの、さ、ゼニガメ。僕がルギアに助けられた理由って、何だと思う?」
そもそも事の発端はこれにある。ヒトカゲが唯一覚えていた事――海の神、すなわちルギアによって自分の身を守ってもらったこと。それがどんな状況下で起こって自分と何が関係していたのか、いまだに思い出せないでいる。
「そうだなぁ。カイリュー達がルギアを操ろうとしたところをお前が止めに入った、とか? あ〜これくらいしか思いつかねぇや」
「ん〜それとは何か違うような……」
ヒトカゲがそう思うのには訳があった。初めてカイリューやプテラを見た時、何も感じなかったのだ。もし記憶喪失になる前に見ていて、尚且つゼニガメの言うように彼らと戦っていたなら、何かしらの感覚を抱いたはずである。
「でも、それがどんな理由だろうと、俺はお前を信じる。それでいいだろ?」
悩ましい表情をしているヒトカゲに向かって、気楽な雰囲気を漂わせながら、ゼニガメは両手を頭の後ろで組みながら言った。
「あと3つで勾玉が揃うんだ。そうすれば解決にかなり近づくんだと思えば、難しいことじゃないだろ?」
さらにゼニガメは続けた。単純な考えではあるが、その単純なところがヒトカゲには嬉しかった。
「そうだよね。あと3つ集めればルギアを助けられるんだ。ゼニガメ、協力してくれる?」
「もちろんだ!」
そう言うと、2人はその場に立ち上がり、片手でがっちり握手を交わした。今後為すべきことを達成させるための誓いと、友情の意味を込めて。
「あと3つ、頑張って集めるぞ!」
「おーっ!」
「図書館ではお静かに願いますっ!」
図書館で大声を出したヒトカゲとゼニガメは、係員のカモネギに“おうふくビンタ”をお見舞いされた。
その2日後、4人は次の島へ行こうとしていた。今度は港までバンギラス達が見送りに来てくれていた。そして何故かピジョット警部とニドキング警視も来ている。
「バンギラス、俺は行かなきゃならんが……」
「わかってるって。お前の方こそ、頼んだぞ」
他のみんなにはよくわからない会話を、バンギラスとドダイトスが交わした。2人ともまるで兄弟のようである。軽く笑顔でお互いを見つめ合った。
「チコリータ、今度会ったら一緒に買い物行きましょ♪」
「あら、嬉しい! 是非ぜひ♪」
「俺が荷物持ちってわけか……」
チコリータとブイの会話を聞いてしまったゴローは、もうため息をついた。
「け、けけ警部さん! な、なな何かあああったら、連絡しましまし……」
ゼニガメは超緊張状態でピジョット警部と話している。足は震え、呂律(ろれつ)が回らない。それをニドキング警視が不思議そうに見ている。
「何でコイツこんなに緊張してるんだ?」
「さ、さあ……」
実は前にピジョット警部が言った「番長と元強盗犯」とは、ただ適当に言っただけであったのだ。それっぽい感じがしたから冗談のつもりで言っただけのようだが、もちろんそれが原因だとは微塵も思っていない。
「みんな、何から何までありがとう」
「な〜に、友達のためにできるだけの事をするのは当たり前だろ。なぁ?」
一通りの話が済み、ヒトカゲが改まってお礼を言った。バンギラスやゴロー達は笑顔でヒトカゲ達の方を見る。そして、しっかりと頷いた。
「ヒトカゲ、俺達はお前ならできると思ってるからな。頑張れよ!」
さらにバンギラスはヒトカゲの背中を叩いて喝を入れた。あまりに力が強かったからか、ヒトカゲが咽(むせ)てしまい、みんなはおもわず笑ってしまった。
そんな様子を、1匹のポケモンが建物の影からじっと見ていた。息を潜め、目を細めながらヒトカゲ達の方を観察している。
「全員、生きていたか」
ヒトカゲ達が次の島へ行く船に乗り込んだのを確認すると、このポケモンはどこかへ消えてしまった。