第37話 幸せの岩板
あれから、ニドキング警視を先頭にヒトカゲ達は『地の勾玉』を目指して歩いている。バンギラスやゴローを含めた総勢9人のグループは、歩くだけで結構目立っている。
「そういえば、ゴロ爺どうしたの?」
「あぁ、最近よく顔にヒビが入るようになったからって、家で休んでるよ」
ヒトカゲ達がそんな事を話していると、突然ニドキング警視が立ち止まった。後ろを歩いていたみんなは前にいた者の背中に顔からぶつかった。
「ここだな……」
どうやら目的地に着いたようだ。ニドキング警視がそう言ったのをヒトカゲ達は聞いたが、見たところそれらしき建物などが何もない。あるのは草木のみである。
「何もないじゃんかー」
「よーく見てみろ。ちゃんと入り口があるだろ?」
バンギラスの言葉に、ヒトカゲ達は目を凝らして辺りを見回すと、自分達の少し先に地面に不自然に生えた草を見つけた。それはよくできた落とし穴の蓋のようにも見えた。
「何これ? 落とし穴に落ちるの?」
冗談めいた言い方でチコリータはニドキング警視に訊ねる。子供っぽさが出ていたチコリータを見ながらニドキング警視は笑いながら答えた。
「これはな、地下通路への入り口だ。ここを通ると『地の勾玉』があるんだ。じゃあ行こうか」
そう言うと、慣れた足取りでニドキング警視は地下通路への入り口となっている階段を下りていった。それに続く形でヒトカゲ、ゼニガメといった順に階段を下りようとしたが、問題が発生した。
「うっ、ぐぬぬ〜……」
そう唸りだしたのはドダイトス。入り口が少し小さかったせいで、体が突っかかっていて前へ進むことができないでいたのだ。ヒトカゲ達はおもわず笑いそうになってしまった。
「仕方ねぇなぁ〜、じっとしてろよ」
見るに見かねたバンギラスは、“いわくだき”で石造りの入り口を少し壊した。そのおかげでドダイトスは階段を下りることができるようになった。
「ほらよ。これで大丈夫だろ?」
「よ、余計な事を……」
ドダイトスは恥ずかしさ半分、照れていた。だがそんな様子とは知らずに、その言葉だけを真に受けたバンギラスは少々キレかかる。
「昔っから素直じゃね〜な、お前。『ありがとう』ぐらい言えよ? 弱虫ドダイトスちゃん?」
昔の話を引き合いに出されたドダイトスも黙ってはいられなかった。負けじと彼も昔話を引き出し、バンギラスを攻撃し始める。
「そういうお前も昔はきかん坊だったよなぁ。この間も島を潰すとか言って暴れたんだって? バンちゃん?」
2人とも笑みこそ浮かべてはいるが、頭に血管が浮き出るほど怒っている。この兄弟(?)喧嘩は昔からしばしばあったようだ。
「せーっかく再会したってのによぉ、これじゃ感動も何もねぇよな。やるか?」
「おもしれぇ。お前とは本気でやり合った事なかったよな? なら今この場で……」
『いい加減にしなさい』
一触即発の状態だった彼らの鼻を、チコリータとポッポは思い切り殴った。まさかの展開にバンギラスとドダイトスはきょとんとして目を見開いている。
『くだらない事してないで、行くわよ』
『……はい』
さすがの2人も、彼女らには頭が上がらないようだ。バンギラスはポッポに、ドダイトスはチコリータに黙ってついて行った。
(女性陣、恐るべし……)
ヒトカゲとゼニガメ、そして一緒に一部始終を見ていたゴローもポッポ達に恐怖を覚えた。
階段を下りると、長く薄暗い通路に出た。ニドキング警視曰く、この先に大きな部屋があり、そこに勾玉はあるそうだ。一行は黙々と奥へ進んでいった。
「ここって、勾玉を祀るだけに造られたの?」
石造りの壁と通路を見ながらヒトカゲが訊ねる。ヒトカゲはこの場所で「しんりょくのほこら」とも「雷光郷」とも異なる独特の雰囲気を感じたのだ。
「さぁ、それはどうかな?」
ニドキング警視はその答えを濁した。口元だけ笑いながらヒトカゲの方を向いたが、ヒトカゲにはそれが何を意味しているかがわからなかった。それを考えているうちに、その部屋の前まで来てしまった。
「着いたぞ。この中に『地の勾玉』がある」
ヒトカゲ達の目の前には、ポケモン1匹の力では開ける事ができないと思われるくらい大きな扉が構えられていた。それを見て、一気に全員の気が引き締まってきた。
「じゃあ、入るぞ」
そう言ってニドキング警視は扉に手をかけた。そして大して力を込めた様子もなく、ニドキング警視は扉をいとも簡単に開けてしまった。
(だ、騙された! 扉を造ったポケモンに騙された!)
おそらくカモフラージュで造られたものだが、まんまと騙された、ニドキング警視を除いたヒトカゲ達全員の気持ちが緩んでしまった。とりあえず扉が開いたので、その中へ入った。
『ここは……?』
ヒトカゲ達はこの部屋を見回した。彼らが見たものは、『地の勾玉』はもちろんであるが、それ以上に気になったのは、部屋の壁の至るところに彫られていた大量の文字だった。驚いているみんなに、ニドキング警視は説明を始めた。
「ここは“幸せの間”。そしてこの壁は“幸せの岩板”。この壁に自分の願い事を書くと、勾玉の力で願いが叶うって言い伝えがあるんだ。見てみな」
興味津々なヒトカゲ達は、それぞれ散らばって壁に書かれている願い事の数々を見ていった。すると、見たことのある名前がいくつか見つかった。
「ゼニガメ! バクフーン兄ちゃんのがあった!」
「どれどれ……“強くなって、親父を越えたい”だってさ。バクフーンさんらしいな」
ヒトカゲとゼニガメはバクフーンが書いた願い事を読んでいた。おそらく旅に出た時にここに訪れて書いたものだろうと2人は思った。
「ドダイトス、お父様のがあったわ!」
「本当ですか? えっと、“旅で運命の出会いがありますように”ですって!」
チコリータとドダイトスは、普段物静かで温厚なメガニウムの意外な一面を知ることができ、顔をにんまりさせながら面白がっている。
「なぁ、これゴロ爺の字だよな?」
「あっ、これはそうね。読めないもの」
ゴローとブイが見たのは、あまりに汚くて読めないことで有名なゴロ爺の字だった。冗談抜きに1文字も読めないらしい。
「バンちゃん、これ!」
「……父さんも書いてたんだな」
ポッポとバンギラスが見つけたのは、バンギラスの父・ラルフが書いた願い事だった。その願い事よりも、もうほとんど残されてない、ラルフが生きていた証が残されていただけでバンギラスは満足だった。
「みんな、どうせなら願い事書いていったらどうだ。きっと叶うぞ」
そう提案したのはニドキング警視だった。みんなが他の願い事を読んでいる間に自分はこっそり願い事を書いていたのだ。勧められるがままにみんなは各々の願い事を書き始めた。
「ブイ、何て書いた?」
「“みんな健康でいられますように”。ゴローちゃんは?」
「い、一字一句同じだ……」
背中合わせで書いていたはずなのに、ゴローとブイは全く同じ願いを書いたようだ。お互いに驚きつつもおかしくて笑っている。
「ねぇ、ポッポは何て書いたの?」
「内緒♪ チコリータは〜?」
「私も内緒よ♪」
ポッポとチコリータは和気藹々(わきあいあい)としながら願い事を書いていた。内緒と言いつつ、お互いに相手が何を書いていたかを覗いて知っていたのだ。
「なぁバンギラス。願い叶えるなら……あれしかないよな?」
「そうだな。俺達共通の願い、それを刻むとするか」
バンギラスとドダイトスは2人で1つの願いを書くことにした。今の2人が叶えたい願いはお互いに言わずとも、はじめから同じだった。
「ゼニガメは書いた?」
「書いたよ。“兄さんとまた一緒になりたい”。これだな。ヒトカゲは?」
「まだ決まってないんだ〜」
いつの間にか取ってきた、橙色に光る『地の勾玉』を手に持ちながらヒトカゲは自分の願い事について悩んでいた。
(記憶が戻ること? 海の神様が助かること? 何か違うなー。もっと大事な事があるような……あっ、あれでいこう!)
ヒトカゲはいい願い事が1つ思いついたようだ。それを自分のツメを使って岩板に書いていった。その願い事はヒトカゲにとって1番叶って欲しいものであった。
「よし、完成〜♪」
願い事を彫り終わったヒトカゲは、これ以上のものは考えられないだろうと言わんばかりの顔つきで、腕組みしながら満足そうに眺めていた。
「ヒトカゲー、終わったら行くぞー」
声がした方を振り向くと、そこにはヒトカゲ以外の全員がいた。ヒトカゲが悩んでいる間にみんなは書き終わっていたらしい。
「あっ、みんな待ってよ!」
出口へ向かって行くみんなを慌てて追いかけていったヒトカゲ。みんなが地上へ戻った後の、誰もいなくなった“幸せの間”の岩板に書かれてある、みんなの願い。その中の1つには、こう書かれていた。
“みんなとずっと一緒にいられますように ヒトカゲ”