第36話 墓参り
その後、ヒトカゲ達はポッポを連れてバンギラスの家に戻り、深夜まで騒いで互いの再会を喜んだ。その間、バンギラスとドダイトスは自分達の心中を語ることはなかった。
騒ぎも終わって眠くなってきた頃に、バンギラスがみんなに頼み事をした。
「あのよぉ、明日なんだが、墓参りについて来てくれないか?」
突然、バンギラスが墓参りに行くと言い出した。とはいうものの誰の墓参りなのかわからず、ヒトカゲが首を傾げる。
「墓参り?」
「そうだ。俺の父さんのな」
「構わないけど、僕達が行っていいの?」
普通、墓参りというと身内だけで行くものだ。そこへ部外者、しかもラルフとの面識が一切ない自分達が行ってもいいのだろうかという疑問がヒトカゲにはあった。
「せっかくなら、友達連れて行って父さんに紹介してぇと思ってよ。なぁ、ドダイトス?」
「いいんじゃないか? 俺は賛成するよ」
この2人はいつの間に仲良くなったのだろう、とヒトカゲ達は思った。それもそのはず、ヒトカゲ達はバンギラスとドダイトスの関係をまだ知らないでいた。
「それなら行かせてもらおうかな。いいよね?」
「あぁ、もちろん」
「いいわよ」
ゼニガメとチコリータもついて行ってくれるようだ。返事を聞いたバンギラスは嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。それから簡単に明日の準備を済ませ、全員は眠りについた。
次の日、昨日のメンバー全員で墓参りに出掛けた。バンギラスの話によると、自分の家からさほど離れてはいないらしいが、既に20分以上は歩いている。
「おいポッポ。俺の頭に乗っかるのやめてくれないか? かなり恥ずかしいぜ……」
移動中、ポッポは1回も自分の翼で飛ばずにバンギラスの頭の上に座っていた。その滑稽な姿は全員の笑いの対象となっていて、バンギラスは赤面しながら歩いている。
「いいじゃないの♪ 楽だし、いつもこうしてくれたじゃない♪」
『いつも……』
笑ってはダメだと思いつつ、ヒトカゲを始め、ゼニガメ、チコリータ、それに普段あまり笑うことのないドダイトスまでもが口から息を漏らして必死で爆笑するのを堪えていたのだが、とうとう大声で笑い出してしまった。
「てめぇら、生きて帰れると思うなよ」
ドスの利いた声で全員を睨みながらバンギラスは言った。その殺気は全員を凍りつかせる程圧倒的なもので、おもわず足が竦(すく)んでしまった。
「バンちゃん、確かあれよね?」
「おう、あれだな」
そんな事はお構いなしのポッポは、森の奥に見える小さな物を指す。その物が見える方へ向かって歩くと、そこだけぽっかりと草木がない場所に出た。
そしてその中央には、石で作られた十字架がぽつりと立てられていて、周りには多くの花やきのみが手向けられていた。
「すごい数ですね……」
「あぁ。父さん、立派だったからなぁ」
バンギラスは家から持ってきた花束を十字架の下に置くと、十字架を撫でながらそこに彫られた字を哀しそうな眼差しで眺めていた。ヒトカゲ達もその字を見ると、こう書かれていた。
“偉大なるキャプテン・ラルフ ここに眠る”
(ラルフ? ってことは、前にドダイトスが言ってたヨーちゃんって……)
ヒトカゲやゼニガメ達はようやくこの事実に気づいた。だがそれについて何も言えなかった。それどころか、バンギラスとドダイトスの心中を察するほどの言葉すら見つからなかった。辛い思いというものはそれほど第三者にとって完全には理解し難いものなのだ。
「ん、お前ら何暗い顔してんだ?」
ふと振り向いたバンギラスが不思議そうに訊ねた。それにヒトカゲ達は慌てて首を横に振った。ちょうどその時、後ろの方から誰かがやって来たようで、草がガサガサと音を立てている。みんなは音のする方を振り向いた。
「あれ? ヒトカゲじゃんか!」
その声はまた懐かしいものだった。そこにいたのは、きのみを抱えたゴローとブイだった。ゴロー達はヒトカゲ達がいることにとても驚いている。
「久しぶり! って言いたいけど、何でここに?」
「いや、バンギラスのおじさんの墓参りに決まってるだろ。ってか、お前達こそ何でここへ?」
お互いに何故この場にいるのかが気になり、それについて話している所に、もう1匹のポケモンが別の方向からやってきた。話をしているヒトカゲ達は全くその存在に気づかず、そのポケモンを出迎えたのはバンギラスだった。
「おう、元気にしてたか? バンちゃん」
「その呼び方やめてくださいよ、おじさん」
バンギラスがおじさんと呼んだそのポケモンは、以前のラルフの上司でもあり、生前ラルフと親交が深かった、ニドキング警視だ。彼もまたラルフの墓参りに来たようだ。
「ラルフ、来てやったぞー。お前の好きだったからいポフィン買ってきてやったからなー」
袋に入れられたからいポフィンを取り出すと、ニドキング警視はラルフの墓に供えた。その時、ふとゴロー達と話しているドダイトスが目に入るや否や、バンギラスに小声で話しかける。
「おい、まさかあのドダイトスって、お前と生き別れになった……」
「そうです。でも……そっとしといて下さい。俺以上に苦しんできたようなので」
ちらっとドダイトスの方を見ながら、バンギラスはそれだけ言った。ニドキング警視も気持ちを察し、それ以上は訊ねようとはしなかった。
「はいはい、話は途中にして、そろそろ拝んでくれよ」
手を叩きながらバンギラスは話に夢中になっていたヒトカゲ達を呼び寄せた。全員が揃うと、墓前に横2列で並んで、それぞれ思い思いに合掌・黙祷をした。
初めて挨拶をする者、お世話になった事を思い出す者、昔のよしみを懐かしむ者……ラルフの事を思っているのはきっと伝わっているだろう。もちろんそれを伝えるためでもあるが、バンギラスが墓参りに来た理由は他にもある。そう、決意を伝えるためであった。
(父さん、悪い。俺、もうすぐ犯罪者になっちまう。だけど赦してくれ……)
一方のドダイトスも同じ思いだった。
(ラルフおじさん、この命はおじさんからもらった物だと思ってる。だから、俺がおじさんの代わりに……)
2人は前夜に交わした誓いをラルフに告げた。それが終わるとそっと目を開け、そのような事を思っていたと悟られないためにも、いつもと変わらない表情でみんなを見た。
「そういえば、お前ら誰だ?」
ニドキング警視は今頃になって、初めてヒトカゲ達がいることに気づいた。ヒトカゲがニドキング警視の方を見ると、何の前触れもなく失礼極まりない発言をした。
「おじさん、どこの組の長(おさ)ですか?」
全員が唖然とした。当のヒトカゲは冗談のつもりではなく、本気でそう思って聞いたらしい。おもわずバンギラスはヒトカゲの頭を殴った。
「いったぁ――!」
「バ、バカっ! 何て事言うんだ!」
初対面の相手、しかも警察関係の者に対して組長扱いされれば当然怒るだろうと誰もが思っていたが、そんなやりとりを見ていたニドキング警視は笑い始めた。
「面白い奴だなぁ。まぁこの容姿じゃ、組長に見られても仕方ないってか? ハハハ」
ニドキング警視の器は広かった。ヒトカゲの失礼な発言も笑い飛ばしてしまった。とりあえず空気がいいうちに、お互いに改めて自己紹介をすることにした。
「私はニドキング。バンギラスの親父さんの元上司で、ポケモン警察の警視だ」
「僕、ヒトカゲ。バンギラスの友達で、今旅をしているんだ」
「ほぉ、旅か。何でだ?」
何も知らないニドキング警視のために、ヒトカゲは1から説明した。自分が記憶喪失であること、海の神様が危機に瀕していること、それを打開するには各島の勾玉が必要なこと――特に後2つはゴロー達も初耳で、耳を傾けずにはいられなかった。
「俺達と会ってない間に、そんな大きな事になってたんだな。ふぇー」
ひと通り説明が終わると、ゴローが思わず息を漏らす。大事なだけに話を聞くだけでも緊張していたようで、肩の関節がバキバキ音を立てている。
「なるほど、ならこの島では『地の勾玉』が必要なのね?」
「うん。だからもっかいこの島に戻ってきたんだ」
事情を把握したニドキング警視は、自らの意志で勾玉集めに協力することを決起した。手を力強く握り、自分の胸元を叩いた。
「そういうことなら、私について来なさい。案内しよう!」
意外にも、ニドキング警視は『地の勾玉』の在り処を知っているという。島中を探す覚悟をしていただけに、これにはヒトカゲ達も喜ばずにはいられない。
「ホントに!? ありがとうございます!」
「なら、俺らもついてくぜ」
「マジでか!? サンキュー!」
嬉しいことに、バンギラスやゴロー達も一緒に行ってくれるようだ。こうして一行は、4つ目の勾玉、『地の勾玉』を手に入れるために、ラルフの墓を後にした。