第35話 巡り会い
2日後、4人は船を乗り継いで、ピジョット警部に言われた通りにナランハ島へやって来た。ヒトカゲとゼニガメは1度訪れたことがあるとはいえ、ナランハ島の港に初めて降りたため、どこか新鮮な感じがしてならなかった。
一方、初めてこの島を訪れたチコリータとドダイトスは、ベルデ島のように緑が多いことに驚いたものの、その緑のおかげで気分がとてもよい。
「ここでは『地の勾玉』か。あ、でもその前にみんなに会いに行こうよ!」
ヒトカゲが思い出したかのように提案した。ゼニガメは嬉しそうに賛成したが、チコリータとドダイトスには「みんな」というのが誰なのかわからずにいる。
「みんなって、誰の事?」
「チコリータ達に会う前にこの島でできた友達なんだ。みんないい奴だからすぐ仲良くなれるさ!」
ゼニガメがはしゃぎながらチコリータに説明した。ヒトカゲも早く友達に会いたくてうずうずしている。この2人の友人ならすぐに仲良くなれるだろうとチコリータは期待する。
「わかった。それで、その友達ってのはどこにいるんだ?」
その何気ないドダイトスの質問に、ヒトカゲとゼニガメは固まってしまった。しかも2人とも何やら困った様子だ。
「まさかとは思うが、その友達の家がどこにあるのか忘れてしまった。……いくら何でもそれはないよな!」
冗談のつもりで笑い飛ばしながらドダイトスは言った。
『ビンゴです』
すぐにその場の空気が一瞬にして固まった。チコリータとドダイトスはあんぐりと口を開けたまま動かない。さすがのヒトカゲとゼニガメも申し訳なさそうにしていた。
「だ、大丈夫だって! 日が暮れるまでには着くと思うから! ほ、ほら、たぶんこっちだから行こう!」
説得力ゼロのヒトカゲが先導するのはどうかとも思ったが、黙って佇んでいるよりはマシだと思った3人は彼の後ろをついて行くことにした。
結局、日はすっかり落ちてしまい、代わりに輝かしい月が顔を出していた。
「どうやったらここまで迷うんだよ!?」
鬱蒼と草木が生い茂った森の中を歩きながら、ゼニガメはつい不満をこぼした。周りを見ても薄気味悪く、お化けでも出るのではないかというくらい暗かった。
「あれぇ〜? でもこの森であってるはずだよ」
ヒトカゲは勘だけでそう答えたが、実際にそれは当たりだった。しばらく歩いていると、ヒトカゲとゼニガメには見覚えのある看板が4人の目に入ってきた。
「あっ、あれ! “Tyranitar”って書いてあるから間違いない!」
その文字を見て確信したヒトカゲは、看板のすぐ近くにある家に向かって一直線に走り出した。みんなも追いかけるが、この時ドダイトスだけ考え事をしていた。
(“Tyranitar”ってことは……いや、考え過ぎか)
一方、その家の住人は愚痴をこぼしながら食器を洗っていた。そのポケモンは水を扱うのが苦手なようで、洗い物にいつも手を焼いている。
「あ〜あ、洗い物の時だけあいつがいてくれたらなぁ。手痺れるし、めんどくせぇ」
そんな小言を言いながら洗い物をしていた時、入り口の扉を叩く音が聞こえた。さっと手を拭き、入り口へと向かう。
「珍しいな、こんな時間に。誰だ?」
不思議に思いながらそのポケモンが扉を開いた。するとそこには、彼がここしばらくずっと気にかけていた、大事な友達の姿があった。
「はい、どちらさ……はっ!?」
「やっほ〜バンギラス! 来ちゃった♪」
扉の前に立っていたのはヒトカゲ達。そしてこの家の住人こそ、ヒトカゲが腹を割って話すことができる数少ない友達、バンギラスだった。嬉しそうな顔で互いに握手を交わした。
「いやぁ〜心配したじゃねぇか! お前あれから全然連絡よこさねぇからよ!」
「ゴメンね〜。でもこの通り、元気だよ!」
久々の再会を喜んでいたバンギラス。ふと顔を上げると、新しい仲間が増えていることに気づいた。
「おっ、旅のお供が増えたのか」
バンギラスがそう言うと、ヒトカゲは丁寧に紹介をしてくれようとした。その時、ふいに顔を上げた瞬間にバンギラスはドダイトスと目が合った。
(……えっ?)
目と目があった2人はとてつもなく驚いている様子だ。ヒトカゲの説明がまるで耳に入っていない。互いにまるで別世界へ行ってしまったかのように固まった。そんな彼らに気づき、ゼニガメが声をかけた。
「どうかした?」
その声で2人は我に返った。ヒトカゲやチコリータが心配そうに見てきたので、何もなかったかのように振る舞ってその場を取り繕った。
「いや、何でもない……あ、お前ら、ポッポ呼んできてくれねぇか? ここを真っすぐ行ったら家があるからよ」
「あ、うん、了解!」
どういうわけか、バンギラスにポッポを呼んでくるよう言われたヒトカゲは、みんなを連れてポッポの家に行こうとした。
「あ、私はここで待ってるので、いってらっしゃいな」
「わかった。じゃあゼニガメ、チコリータ、行こう!」
そして何故かドダイトスは行かずに待っているという。それに何も疑うことなく3人はポッポの家へ向かって走っていった。
それを見送ると、ドダイトスは改めてバンギラスを見た。先程のように沈黙が少しの間続き、その後先に口を開いたのはバンギラスの方だった。
「……嘘だろ、おい……」
突然バンギラスの目にじわじわと涙が溢れてきた。それにつられるようにドダイトスも涙を浮かべた。
「……俺も信じられねぇよ、“ヨーちゃん”……」
ドダイトスにその名を呼ばれたのは、バンギラスだ。2人は初めて目が合った時から気づいていたのだ。自分の目の前にいるのは、一昔前に離れ離れになり、互いに死んでいたと思っていた、家族同然と言ってもおかしくないほど仲のよい友達だということを。
2人は互いに近づいて抱きしめ合い、大声で泣いた。抑えきれなくなった感情が大粒の涙となって目から落ちてくる。もう2度と逢えないと思っていた友達が、ここにいる。そう思うだけで、悲しみなどの負の感情が全て消え去るのではないかというくらい嬉しかった。
しばしの間泣き続けた後、体を離した2人は話を始めた。
「俺、あのままベルデ島に連れて行かれたんだ。置き去りにされて、自分がナランハ島出身だなんて今の今まで知らなかったから、そのまま1人で生きてきたんだ」
涙を拭いながらドダイトスがバンギラスに今までの経緯を明かした。どれだけ辛い思いをしたか、バンギラスにひしひしと伝わってきた。
「そうだ、お前の父さん……ラルフおじさんは?」
ふとドダイトスが思い出したのは、かつてポケモン警察で優秀な捜査官だった、両親のいない自分を育ててくれたバンギラスの父・ラルフの事だ。バンギラスの表情は暗くなる。
「俺の父さんは……あの時の爆発で亡くなった」
バンギラスの一言でドダイトスも一気に暗い気持ちになる。若干予想はしていたものの、いざ事実だとわかると悲しさが込み上げてきた。
「……悪かった、不謹慎な質問をして」
「いや、いいんだ。俺はもう大丈夫だからよ」
申し訳なさそうに謝るドダイトスをバンギラスがなだめた。一息置くと、その時の様子をバンギラスが明かした。
「あの後みんなの行く方向に向かったら、父さんのオフィスがあった。そこで父さんは倒れていて、資料関係は全て燃やされていた。その資料が狙いだったんだろう」
その時、ドダイトスはある事を思い出した。彼の中で、一瞬にして今まで途切れ途切れになっていた出来事が1つに繋がった。
「“鍵”……そうだ、“鍵”だ! あいつの狙いはラルフおじさんが持っていた資料だ! 間違いない!」
「どういう事だ? 説明してくれ!」
「プテラが狙っていたのはおじさんが持っていた資料だ! おそらくあいつの情報を集めた資料だったんだよ!」
ナエトルの頃にプテラに渡した“鍵”。それはラルフが秘密裏に集めていたプテラに関する資料が入った金庫を開ける鍵だと2人は確信した。
全ては、完全に犯罪の証拠を消すため――プテラはそのためにオフィスごとラルフを消し、金庫から資料を抜き取った――これが彼らの推測だ。
「……なぁ、ドダイトス」
しばらく黙っていた後、真剣な顔つきでバンギラスがドダイトスに声をかけた。
「あぁ、わかってる。偶然とはいえ、絶好の機会だからな」
彼の言わんことを全て把握しているかのように、ドダイトスの顔つきも堅くなる。
「もしこの事をヒトカゲ達が知ったら意地でも止められるだろうから、多くは語ってないけどな」
「そうだろうな。だが、後悔しないか?」
「後悔?」
バンギラスから出た「後悔」という言葉にドダイトスが不思議そうな顔をする。何に対する後悔か、見当はついているが、意思を確認するために敢えて聞き返したのだ。
「ドダイトス、できればお前には手を染めて欲しくないと俺は思ってる。どんな理由であっても……」
「バンギラス。そんな覚悟、もうとっくに出来ている。たとえそれが悪行だとしても……」
話を遮るようにドダイトスが何かの覚悟を決めた。それを確かめたようにバンギラスは小さく頷いた。2人は口には出さなかったが、互いの心の中である事を誓った。それは強固でもあり、哀しくもある誓約だった。
(仇を討つため、プテラを……あいつの首は俺らが刎(は)ねる!)