第31話 2匹目の番人
雷光郷――そこは普通のポケモンは立ち入ることすら許されない、云わばこの島の聖地。そこに現れるというアイランドの番人の1人・ライコウ。ヒトカゲ達はライコウから「雷の勾玉」をもらうために、霧深い渓谷を歩き続けていた。
「大分歩いたね〜。もう食事にしない?」
ヒトカゲはお腹が空いたそうで、歩く速度がかなり遅くなっていた。つい30分前に食事を取ったばかりであるにもかかわらず、腹の虫が鳴き始める。
「早っ! お前、さっき昼飯食ったばっかだぞ!?」
「そんなに歩いてないのに……一体どんな胃袋してるのよ?」
ゼニガメとチコリータはとことん呆れていた。そんな中、ドダイトスはただ1人、エレブー達からもらったポフィンを袋から取り出した。
「……食べるか?」
自分の目の前にポフィンを差し出されたヒトカゲはいてもたってもいられなくなり、ポフィンに向かって飛びつこうとした、だが目の前に迫っていたのは固い地面だった。
「ぐへっ!?」
「食べたければ、頑張って歩きなさい」
普段は優しいドダイトスだが、この時は何故か自分に対して意地悪だったとヒトカゲは後から思った。もちろんドダイトスは意地悪したわけではなく、単に急かしていただけである。
「ライコウは滅多に現れない」というデンリュウの言葉が本当ならば、勾玉をもらうには是が非でも接触したいところである。そのためには雷光郷へ行くしかないのだ。その事を理解し、顔の泥をはらったヒトカゲはしぶりながらも再び歩き始めた。
「あのさぁ、ちょっと思ったんだけどさ」
突然思いついたかのようにゼニガメはみんなに向かって言った。その声に反応した他のみんながゼニガメの方を向くと、彼は自分の思った事を口にした。
「ライコウもアイランドの番人なんだろ? だったらエンテイから俺らの事聞いてるだろうから、頼めば残りの勾玉もくれるんじゃないか?」
確かに、と頷くみんなだが、それにドダイトスが冷静に疑問を投げかけた。
「そうかもしれないが……だったら何故エンテイが私達に会った時点で全て集めてくれなかったんだ?」
一見図々しく思える発言だが、考えてみればごもっともな意見だ。事が重大なだけに、無理にヒトカゲ達が島を転々と動くよりも、アイランドを守る番人が各島の勾玉を集めた方が安全で早いのは確かだ。
「きっと、海の神様が僕を指名したからだよ。その事を尊重してくれたのかも」
ヒトカゲの意見も一理あるが、他のみんなはそれだけでない気がしてならなかった。そんな事を考えながら、一行は雷光郷を目指して歩き続けた。
数時間後、4人はおそらく雷光郷であろう場所に辿り着いた。そこには小さな湖がいくつか点在していて、周りは灰色の岩でできた渓谷だ。その岩場の所々からは松の木が生えていて、いかにも竜などの伝説の生き物が現れそうな場所である。
「ここが、雷光郷……」
その独特の雰囲気に4人は呑まれていた。場所もさることながら、空には黒い雷雲が立ち込めていて雷の音が終始鳴り響いていることもあり、おどろおどろしい雰囲気だった。
「怖いわ、この場所」
「お嬢、大丈夫ですか?」
チコリータが怖がり出した。身震いしながらドダイトスに寄り添う。しかし、半分はドダイトスに寄り添いたいという彼女の思惑があったとは誰も思っていない。
「しかし、本当に怖いなここ」
ゼニガメもこの場の空気に少し怖がっている。その時、追い打ちをかけるかのように大きな音と共に雷が4人の近くに落ちた。
『うわあぁっ!』
4人の目に物凄く眩しい光が入ってきたため、条件反射で目を腕で覆った。その後もしばらく目がチカチカしているせいでなかなか目を開けられないでいた。目が見えるようになった4人は、すぐに驚くことになる。
ヒトカゲ達が見たのは、雷が落ちた場所から上がっていた白い煙だ。そして煙の向こうに誰かの影が見えた。煙が晴れると、そのポケモンは自分の姿を4人の前に晒した。
『…………』
4人は絶句した。自分達の目の前にいたのは、『雷の勾玉』の管理者でもある、アイランドの番人の1人・ライコウだった。その威厳あるオーラにヒトカゲ達は圧倒されてしまった。雷と共に現れたライコウは黙ったまま何も言おうとせず、こちらをじっと見ている。
「……あなたが、ライコウですか?」
恐る恐るヒトカゲが訊ねると、ライコウが口を開いた。
「いかにも、俺はライコウだが。お前があのヒトカゲか?」
「あの」という言葉に引っかかったが、とりあえずヒトカゲは頷いた。他の3人にはおかまいなしといったような態度で、ライコウは話を進める。
「そうか。お前が、エンテイが言っていた奴か。ということは、『雷の勾玉』を取りに来た……違うか?」
ライコウは全ての事情をエンテイから聞いて知っていたのだ。ヒトカゲ達は黙ったまま首を縦に振った。やはり、勾玉はライコウが持っているようだ。
「……ならば、俺について来い」
そう言うと、ライコウは『雷の勾玉』がある場所まで案内してくれるようで、ヒトカゲ達に背を向けて歩き始めた。遅れをとらないようにヒトカゲ達もライコウについて行った。
一行が辿り着いたのは、大きな洞窟の前だった。中は真っ暗で何も見えないだけでなく、野生のポケモンも一切いる気配がない。
「この中だ。“フラッシュ”」
ライコウが“フラッシュ”で洞窟の中を明るく照らすと、ヒトカゲ達は明るくなった洞窟の中に入っていった。奥が深いようで、“フラッシュ”で照らされてはいるが、一向にどこかにぶつかる様子はない。
「あの、どうして『雷の勾玉』はライコウ本人が管理してるの?」
歩きながらヒトカゲがライコウに質問した。ベルデ島のように誰かに管理を任せず、番人自らが管理をしている理由を、昔の記憶を思い出すかのようにライコウが語り始めた。
「昔、異常気象があった時に同じように勾玉を集めていた奴がいた。その時は別の祠に納めてあっただけなんだが、この時もそいつの命を狙うポケモンがいて、そいつらは勾玉を悪用しようとした」
以前ジュラから聞いた昔話を思い出しながらヒトカゲとゼニガメは聞いていた。
「勾玉を悪用?」
「勾玉を全て集めると、神が現れるのは聞いただろう。そいつらは神を操ってアイランド征服を企んでいた。もちろん失敗に終わったがな」
(もしかして、カイリュー達も……?)
ヒトカゲはこの話のポケモンが勾玉を集めたということもあり、カイリュー達が自分の命を狙っているのはこれと同じ理由ではないかと考えた。
ちなみに、この一件があったことを受け、一部の勾玉は番人達で管理しようという結論に至り、現在まで護られている。全部を番人達だけで管理すると、万が一の場合全てを奪われる可能性があるからだ。
「……ここだ」
ライコウは話を途中で止め、立ち止まった。到着したのは、大きなドーム型の空洞だった。その中心には石筍(せきじゅん)でできている土台があり、そこに『雷の勾玉』は祀られていた。勾玉は黄色い光を放っていて、空洞内をその柔らかな淡い光で照らしていた。
「ヒトカゲ、取るがいい」
そうライコウに言われると、ヒトカゲはゆっくりと勾玉へと近づいていった。ヒトカゲの心の中では徐々に緊張感が高まっていった。勾玉の目の前まで辿り着くと、ヒトカゲは大きい深呼吸を一回した後、そっと勾玉に手を伸ばした。
「……はぁー……」
緊張の糸が解けたのか、『雷の勾玉』を手にしたヒトカゲは安堵の息を漏らした。小走りでみんなのいる所へ戻ると、嬉しそうな表情へと変わった。
「炎・草・雷……これで3つ目か。残りはあと4つだ」
1つ1つの勾玉を見ながらヒトカゲは海の神様への思いを強めていった。その思いを感じ取ったかのように、ゼニガメ、チコリータ、そしてドダイトスも気持ちを引き締めた。
洞窟の外に出ると、先程まであった雷雲はどこへやら、澄み切った空が広がっていた。日光が辺りを照らし、おどろおどろしい雰囲気を打ち負かしてくれている。
「ライコウ、頼みがあるんだけど」
ゼニガメはライコウに、ライコウが現れる前にみんなで話していた事――勾玉を全て集めて欲しい旨を伝えた。しかしライコウは首を横に振って断った。
「すまない。本来なら集めるべきなのだろうが、俺らもそこまで時間を割けないのだ。悪く思うな」
「番人ってそんなに忙しいの?」
ストレートに、失礼にあたる発言をヒトカゲはした。番人を暇人扱いしたことに、ゼニガメ達は怒られると恐怖を覚えたが、ライコウは怒る様子もなく、淡々と質問に答えた。
「まあな。急を要する事も多くてな。それに勾玉集めは海の神がお前を指名したんだ。だったら尚更俺らが手出しするような事ではないと思ったからな」
そう言うと、ライコウはヒトカゲ達の数歩先を行き、みんなに背を向けたところで立ち止まった。
「……1つだけ、助言をしてやろう」
ヒトカゲ達はライコウの助言に耳を傾けた。
「如何なる場合でも、決して敵に同情してはならん。たとえ敵がどんなに辛い過去を背負っていようと、敵は相手の同情を誘い、それを利用するだけだ。それができなければ、命を落とすと思え」
ライコウはそう言い残して、駆け足で去ってしまった。ヒトカゲ達はその助言を聞いたものの、素直に受け入れることができるようなものではなかったためか、「果たして本当にそうだろうか?」と疑心を抱いた。
(勾玉を集めるくらい容易いことだが、今はそれどころではないのだ。許せ……)
渓谷を颯爽と駆け巡るライコウ。その姿は必死で何かを捜し求めているようにも見える。
(あのヒトカゲ……俺らが実際に「あれ」を見たわけではないが、もしエンテイが言っていた話が本当ならば……間違いない、生きておられる……早くしなければ……)
ライコウは誰かを助けるために動いているようだ。『雷の勾玉』は渡したものの、ヒトカゲ達の味方なのか、それとも敵なのか、今のところ定かではない。