第30話 盗む理由
家の中に入った4人。その家は外見と同じく中も至るところが古びていて、修復された跡がいくつも存在する。あまり住まいとしてはよろしくないところだ。
「どこ行ったんだろう?」
ヒトカゲはピカチュウ達を探している。他の3人も死角になりそうなところを手分けしてくまなく探した。だがそう簡単には見つからず、行く部屋毎にかなりの時間をかけた。
「はぁ〜いねぇな〜。もう諦めたら?」
疲れた顔をしながらゼニガメが弱音を吐いた。たかだかポフィンのためにとも思っているが、食べ物の恨みがいかに恐ろしいものかというものを、ヒトカゲの顔を見た瞬間に感じ取った。
「冗談じゃない! あんなにおいしそうなポフィンを横取りするなんて……見つけたらただじゃおかないっ!」
右手でつくった拳を左手に打ちつけながら、ヒトカゲはポフィン泥棒と自分のポフィンを必死に探している。ゼニガメは呆れつつも身震いをした。
「ヒトカゲ、部屋があと1つしかないわ」
他の部屋も探し終わったチコリータが戻って来た。残る部屋はあと1つ。絶対そこにピカチュウとピチューがいると確信した4人は、その部屋の前へそっと近づいた。ヒトカゲは小声で他のみんなに指示をした。
「いい? 逃げられたら困るから、合図したら一斉に突入するよ」
ゼニガメ達は黙って首を縦に振り、身構えた。張り詰めた空気がその場に漂った。一呼吸おくと、ヒトカゲは自分の指をみんなに見せながら3カウントを始めた。
「3・2・1……今だっ!」
その声と共に4人が部屋に突入しようとした時だった。部屋の扉がそっと開き、中からピカチュウとピチューが静かに出てきたのだ。これには4人も驚き、体が前のめりになった。
『お願い、静かにして』
ピカチュウとピチューは扉の前に立ちはだかり、指を1本口元に当てながら小さな声で言った。4人は突然の事で何が何だかわからず、その理由を聞くどころか、言われるがままに黙った。そしてピチューがそのまま部屋に入ろうとした時、ヒトカゲ達に手招きをした。
(どうしたんだろう。他に誰かいるのかな?)
ヒトカゲはそう思いながら、他の3人と一緒に部屋の中へ入っていった。部屋に入った瞬間、4人の目に1匹のポケモンの姿が映った。ライチュウだ。ライチュウにピカチュウとピチューはそっと近づく。
「……zzz……」
ライチュウは静かに寝ていた。しかし呼吸は荒く、若干苦しそうである。傍から見ても体調が良さそうには見えない。ヒトカゲ達はその様子を見た後、顔をピカチュウ達の方へ上げた。
「……このライチュウ、僕達のお母さんなんだ」
ピカチュウは母親の方に目をやりながら、ゆっくり語り始めた。
「まだピチューが生まれたばかりの頃に、お父さんが病気で亡くなったんだ。それでお母さんは生活のために一生懸命働いてくれて、僕達を育ててくれたんだ。だけど僕達に隠してたみたいだけど、かなり無理して働いてたようで、心配になった頃には時すでに遅し。歩くのがやっとの状態さ」
事情を把握し、4人は大体の動機を推測できた。それまでの怒りが徐々に収まり、哀れむような目で彼らを見ることしかできなくなっていた。
「お母さん、元気な時はよくポフィン作ってくれたんだ。お母さんもポフィン大好きでね、ポフィン食べたら元気になるんじゃいかなって思って……」
生活をしていくために必死になっていることは4人の心に凄く伝わってきたが、盗みは歴(れっき)とした犯罪である。ヒトカゲはそれをちゃんと説明することにした。
「確かに、かわいそうな事だと思うよ。でもだからといってお店の物盗んでいいわけじゃないよね?」
それを聞くと、ピカチュウとピチューは黙ってしまった。わかってはいるものの、改めて言われると、罪の意識が非常に重く彼らにしかかる。
「エレブーやデンリュウだって、お客さんの事を考えて一生懸命作ってるんだ。それを横取りされたら、取られた側も売っている側も悲しくなっちゃうでしょ?」
ヒトカゲはそう言うが、心の隅では、自分のポフィンが盗られたことに対する怒りが少しばかりあったとは誰も思ってもないだろう。
「もし悪い事だって理解したなら、エレブー達に謝りにいこうぜ?」
黙っているピカチュウの肩をポンと叩きながらゼニガメが促した。俯いたままピカチュウとピチューは小さく頷いた。
街へ戻ると、閉店後の片付けをしていたエレブーとデンリュウがすぐにヒトカゲ達に気づき、近寄ってきた。
「おっ、捕まえたのか!」
機嫌よさげにエレブーが言った。しかしヒトカゲ達の様子があまり嬉しそうでない事に気づいたのか、どうしたんだと質問してきた。
「ほら、ちゃんと説明しなよ」
ゼニガメがピカチュウ達の背中を押した。最初は何て謝罪すればよいか戸惑っていたが、言葉が見つからなかったので、素直に謝ることにした。
『……ごめんなさい』
そう言った途端、2人は泣き出してしまった。突然の事にエレブー達もおどおどし始めたので、彼らに代わってヒトカゲ達がピカチュウ達の事情を説明した。
「そうかぁ、だけどまずそのライチュウを……」
「それは心配ないです」
事情を聞いたエレブーは病気のライチュウの事を気にしたが、チコリータに何かしらの考えがあるようだ。彼女が提案したのは、その場にいた者達の度肝を抜いた。
「ドダイトス、ライチュウを入院させて。費用はうち持ちで」
「わかりました」
「費用はうち持ちで」という言葉に全員が驚かずにはいられず、目を丸くしている。そんなに軽々と払える金額でないことは容易に想像できる。ゼニガメは凄く羨ましそうな顔をした。
「さて、後はこいつらをどうするかだな」
泣き止んだピカチュウ達を見ながらエレブーが言った。警察にでも連れていかれるかと思った2人だが、ニコっとした表情のデンリュウが言った一言でその思いは消え去った。
「ねぇ、ここで働かない?」
ピカチュウとピチューはデンリュウの方を向いた。デンリュウは2人の頭をそっと撫で、まるで母親のように自分へと抱き寄せた。
「ここで働いて、今まで盗っていった分と生活していく分のお金を稼ぎなさい。それで許してあげる」
デンリュウの何とも優しい心遣いに2人はまた涙した。今までの罪を反省して真面目に働くことを約束して、めでたし……というわけにはいかなかった。
「あの、僕のポフィン……」
ヒトカゲはポフィンの事しか頭になかった。
結局、泥棒を捕まえたということでエレブー達にご馳走になり、ようやくヒトカゲはポフィンを口にすることができた。
「おいしい〜♪ これならいくらでも食べられる♪」
超ご機嫌になったヒトカゲは無我夢中でポフィンを食べまくっている。その速さは、ゼニガメが1個食べる間に、ヒトカゲは4個食べるくらい速い。
「そういや、小僧らは観光かい?」
できたてのポフィンを持ってきたエレブーが訊ねる。確認だが、小僧らというのは、記憶喪失・番長・お嬢様・警備員の4人のことである。ヒトカゲ達は自分達の経緯(いきさつ)を説明した。
「えっ、それって大変じゃない!」
一通り話を聞いたデンリュウが事の重大さに気づき、その場で慌て出す。お前が慌ててどうするとエレブーは呆れながら彼女の肩を叩く。
「それで、『雷の勾玉』を手に入れたくてこの島に来たんだ」
デンリュウの表情に対して、満腹そうな顔をしながらヒトカゲが言った。相当彼らの作ったポフィンが美味しかったようで、皿に残った屑まで拾っている。
「けどよぉ、すぐには無理じゃなかったか? デンリュウ」
「そうよねぇ、『雷の勾玉』は番人のライコウが自分で管理しているから、どこに存在しているかは私達にはわからないし」
『ライコウが!?』
思わず4人は声を上げた。そう、エンテイと同等の階級に属している番人――ライコウが勾玉を持っているというのだ。それだけで彼らの緊張感が高まる。
「そう。そしてライコウは滅多に姿を見せないの。見つけるだけでも至難の技なんだけど……可能性がないわけではない」
『どういう事?』
「月に1度、“雷光郷”と呼ばれる渓谷に現れるらしいの。おそらく、次に現れるのが2日後だった気がするわ」
ベルデ島の時のように簡単にはいかないな、とは思いながらも、手掛かりがあるだけでも嬉しい話で、4人は期待に胸を膨らませた。
「ただ、気をつけな。何されるかわからないからな」
いきなりエレブーが気になる事を口にしたので、ヒトカゲはどういうことかと聞き返した。それに対し、まるで怪談話をするかのような声色でエレブーが応える。
「ライコウは敵だとみなした相手には容赦なく“かみなり”を落とすと言われてる。特にそこのカメ坊、気をつけた方がいいぜ」
指をさされたゼニガメは、一瞬ドキッとしてしまった。ゼニガメはみずタイプ故、ライコウに敵とみなされれば一瞬にして大ダメージを負うことになる。それに加えて、何となく嫌な予感がしたようだ。
「じゃあ、2日後に行ってみます。場所教えてくれますか?」
ヒトカゲ達はエレブーとデンリュウに場所を教えてもらった。だが雷光郷まで歩いていくと1日近くかかるという。のんびりしている時間はないので、4人はエレブー達にお礼を言うと、すぐに雷光郷目指して歩き始めた。
「ちょっと、地図持ってかなくて大丈夫!?」
「……あっ……」
果たして本当に辿り着けるのだろうか。