第27話 連れ去り
その日の夜、4人は一旦チコリータの家に寄り、そこに泊まることにした。しかし全員がなかなか寝付けず、今は庭で風に当たりながら時間を過ごしている。
「……みんな」
沈黙が続いていた中、最初に口を開いたのはドダイトスだった。ヒトカゲ達は彼の方を振り向き、彼の元へ駆け寄った。表情はどことなく暗い。
「……その……あの時、いきなり取り乱して悪かったと思ってな」
みんなが集まると、ドダイトスはいきなり頭を深々と下げて謝った。もちろんみんなはこの事については何とも思っていないが、ある事だけが気になっていた。
「ドダイトス。何があったの?」
あまり聞いてはいけないと思いつつも、ヒトカゲは訊ねた。これもドダイトスの事を心配する故の行動だろうとゼニガメとチコリータは感じた。
「……まだ誰にも話したことがないんだが、聞いてくれるか?」
神妙な面持ちのドダイトス。みんなは黙ったまま首を縦に振ると、ドダイトスはゆっくりと、頭の中から色々なものを引き出すようにして語り始めた。
「待ってよ〜ヨーちゃん!」
今から一昔前、とある島にある草むらの中を、1匹のポケモンが何かを追いかけるようにして走っていた。そのポケモンの頭には木の苗のようなものがくっついていた。そう、そのポケモンこそが、幼き日のドダイトス。この頃はまだナエトルだった。
「はやく〜!」
そのナエトルに向かって、別のポケモンが大きな声で言った。そのポケモンの頭は尖っていて、目元には独特のラインが入っている。ナエトルはそのポケモンを「ヨーちゃん」と呼ぶ。
「ほら、見てみ! こんなにきのみがあるぞ!」
ヨーちゃんと呼ばれるポケモンが指差す方向をナエトルが見ると、木にたくさんのきのみが生っていた。それを2人で採って食べたりしながらかけっこをしたり、草の上に寝そべったりして、2人は毎日暗くなるまで遊んでいた。
実はナエトルが生まれてすぐに両親が事故で他界したため、知人であったヨーちゃんの父・ラルフが2人を育てていたのだ。ラルフは2人が憧れるほど強く逞しい存在で、ポケモン警察の優秀な捜査官として活動していた。
2人の至って平和な日々は、ある日突然消失してしまうこととなる。
いつものように2人で家から離れたところにある草むらで遊んでいた時のことだった。突如、自分達からさほど離れていないところから大きな爆発音が聞こえた。
「何だろう!?」
「こ、怖いよ〜!」
2人もこの爆発音を聞き、怖くてその場を動けずにいた。それから直に、自分達の周りを大勢のポケモン達がどこかへ向かっているのをナエトル達は見た。
「ど、どうしようヨーちゃん……」
「だ、大丈夫さ! いつもみたく父さんが来てくれるって!」
この島で何かあると、ラルフは仕事も関係なしに真っ先に2人の安否を確認するために駆けつけてくれる。そして安全な場所まで連れていってくれるのだ。
今回もすぐに来てくれる――2人は怯えながらもラルフのことを信じて待ち続けていた。しかし、今回は違った。
「おい、大丈夫か!?」
ナエトル達の目の前に現れたのは、プテラだった。2人はこの時初めてプテラというポケモンを見たため、誰かわからずにいた。だが自分達を心配してくれていることだけはわかったようで、気持ちが少し落ち着いたようだ。
「こ、怖いよぉ!」
「大変なことになった! とりあえずお前はみんなの行く方へついて行け!」
プテラはヨーちゃんだけに向かってそう言った。当然ナエトルはそれを不思議がった。それにヨーちゃんと離れ離れになるのは嫌なようだ。
「ぼ、僕も一緒に行く!」
「心配するな、俺が後から連れてってやるから!」
子供なため、純粋にその言葉を信じてヨーちゃんは街の方へ向かって走っていくポケモン達について行った。それを確認すると、プテラはいきなりナエトルの背中をがっしり足でつかんだ。
「よし、ちょ〜っとだけ寄り道させてもらうからな。怖くないように目を瞑っておけ!」
そう言うと、ナエトルは言われるがままに目をギュッと瞑った。プテラはナエトルをつかんだまま空高く上昇し、飛行を始めた。
しばらく時間が経ち、どこかに着いたようだ。プテラが目を開けてもいいと言うと、ナエトルはバッと目を開けた。そこには彼が生まれてから一度も見た事がない景色が広がっていた。驚いている暇もなく、プテラが話しかけた。
「おい、お前。ラルフ……お父さんから“鍵”預かってるだろ?」
「う、うん」
ナエトルは疑うことなく、いや、この頃は疑うということができなかったので正直に答えた。プテラが言う“鍵”というのは、ラルフがナエトルにいつも「これはなくすなよ」と言われている、南京錠を開ける鍵のことである。
「今それをお父さんが欲しがってるんだ。俺はお父さんに届けてほしいって言われてる。だから鍵を渡してくれないか?」
「うん、わかった!」
ナエトルはラルフから隠し持っているようにと言われた鍵をプテラに渡した。この時ナエトルは、彼が一瞬ふっと笑みを浮かべたように見えた。
「ありがとう。俺はこれからこいつをお父さんに渡してくる。すぐに迎えに来るから、ここでじっと待ってろ。できるな?」
ナエトルは素直に頷いた。それを見ると、プテラは鍵を持って飛び去っていった。
「……その後プテラが戻ってくる事はなかった。それから、俺は生きるために、時には悪事も働きながら、各地を転々としていった……」
幼い頃の出来事を、ドダイトスは目にうっすらと涙を浮かべながらヒトカゲ達に語った。ヒトカゲ達はかけてあげる言葉が見つからずに、黙って聞いていた。
「そしてドダイトスに進化した頃、ある街の掲示板に貼ってあった犯罪者リストに、見覚えのある顔があった……」
「それが、あのプテラだったってわけか」
ゼニガメが確信づいたように言った。これに対し、ゆっくりと、そして重く、ドダイトスは首を縦に振った。それほど彼が受けた衝撃は大きいものだったことが窺える。
「その時に私は、自分の半生を滅茶苦茶にした奴に復讐しようと決めた。そのために強くなる特訓をし、奴が現れるのを待っていたんだ……」
ドダイトスは自分から湧き出てくる怒りを抑えているせいか、震えている。
「それで、お友達とお父様はどうなったのです?」
話の中で語られていない――ヨーちゃんとラルフのその後についてチコリータが問う。
「……わからない。あれっきり会った事がない。というのも、あの頃の私はとても幼かった故、自分の故郷がどこなのか未だに知らないのだ。それに今までメガ家で警備員をしていたから、ゆっくり調べる時間もなかったしな」
幼き日の、彼らの姿や想い出しか記憶がないという。チコリータは、自分の家で警備員として働いてくれていたドダイトスに申し訳なさを感じた。
ヒトカゲとゼニガメも彼の事を、自分より相手の事を優先してくれる、本当に優しい性格だと改めて感じさせられた。それを思うと、彼らの目にうっすらと涙が浮かんでいた。
「……辛かったんだね……」
急に涙を流し始めた彼らを見て、ドダイトスは慌てだした。同情を誘ったわけではないため、泣いてしまうとは思ってもなかったようだ。怒りや悲しみが一気に収まる。
「あっ、私は大丈夫だ。なんか……本当に悪かったな、こんな話して。そんな暗い顔しなくていいぞ!」
ドダイトスは明るく振る舞ってくれたが、怒りや悲しみを心の奥にしまい込んだことはみんなわかっていた。思い出させてまた悲しませまいとみんなも明るく振る舞った。
「……よし。明日、特訓しようぜ! どうせもっと強くならないと、プテラだけじゃなくカイリューにも勝てないだろうしさ!」
突如、ゼニガメが特訓しようと提案した。これが、彼なりに考えたドダイトスへの気遣いだ。自分達のためでもあり、なおかつ彼のためでもある。
「あら、いいわね!」
「うん、やろー!」
ヒトカゲとチコリータも乗り気である。ドダイトスはぐっと堪えたが、みんなの優しさに再び目に涙を浮かべた。それでも、涙を見せまいとすぐに拭い、いつもの笑顔をみんなに見せた。
「……わかった、やりますか!」
同時刻、とある島ではあの2人が会話をしていた。
「ま〜たお前さんやられそうになったって?」
「だ〜か〜ら〜、4対1じゃさすがにキツいって」
からかい口調で相手を笑っているのはプテラ。それに対しちょっとふくれっ面をしているのがカイリューだ。これが彼らの日常茶飯事のようだ。
「そういう君だって、死んだと思ってた奴が生きてたんだって?」
「う、うっせ〜な」
カイリューの突っ込みにプテラはたじたじだ。プテラはいじるのは好きだが、いじられるとすごく弱く、うまい切り返しができない。視線が定まらずにいる。
「まぁ君がどういう目的で動いてるかは知らないけどさ、ちゃんとやる事やらないと怒られるよ?」
「それはお前も同じだろ?」
ちょっとした言い合いをしている2人のところに、1匹のポケモンがすっと現れた。2人にとっては見慣れた存在なようで、特に驚くこともなく出迎える。
「あ、君来てたんだ」
「あら、お邪魔だったかしら?」
そのポケモンは2人を見上げている。背丈はプテラとカイリューより低く、口調からするに、小柄なメスのポケモンだろう。そして、彼らの仲間なのは想像に難くない。
「どうだった?」
「まだね。でも私もこっちに加わっていいって言ってたわ」
「はぁ。僕1人で十分なのに……」
プテラとカイリューはやれやれと言った様子だ。どうやら任務に彼女が加わるのが気に入らないらしい。そんな2人を見て、そのポケモンは嬉しそうに笑った。
「あなたがさっさと殺さないからよ。それじゃあ私はまた戻るけど、次ヒトカゲを見つけたら私に知らせにきてよね」
そう言い残し、そのポケモンはさっさとまたどこかへ行ってしまった。カイリューとプテラは互いにため息をつきながら、塒(ねぐら)にしている洞窟へ戻っていった。