第26話 おてんば
カイリューとの一戦で疲れてしまった4人は、その場に座って休憩を取り始めた。
「そういえば、ゼニガメ達はどうやってハクリューを?」
ヒトカゲが不思議そうにゼニガメとチコリータに訊ねる。というのも、カイリューと話している時にヒトカゲはゼニガメ達の方を見ていたが、攻撃をしている様子が伺えなかったからだ。
「あれはチコリータのおかげだよ。“どくのこな”と“ギガドレイン”で地味〜に体力を消耗させていったのさ」
「地味にって……そうだけどぉ〜」
チコリータは頬を膨らませて、ちょっとふてくされた様子だ。それでも相手を倒したことには変わりなく、ヒトカゲやドダイトスは彼女を褒めてあげた。
「ただ、変なんだよ。カイリューの手下のわりには、弱すぎるんだよ、あのハクリュー。締め付ける力といい、体力のなさといい……」
ゼニガメは先程の戦闘を振り返る。そして、ハクリューの力量具合に疑問を持ち始めた。カイリューの仲間であるならば、もっと強力であってもよいと考えていた。
ちょうどその時、放ったらかしにしていたハクリューの意識が戻ったようだ。苦しそうに唸っている。4人は慌ててハクリューの元へ駆け寄った。
「うっ……う〜ん……って、ええっ!?」
ハクリューが目を開けると、そこには少々怖い顔をした4匹のポケモンが立っていたことで、思わず驚いてしまった。
「目覚めたか。お前には聞きたいことが山のようにある。早速聞かせてもらおうか」
ドダイトスがハクリューを見下ろしながら言うと、ハクリューは怯えてしまった。ただでさえ恐い顔つきなドダイトスに睨まれると、鳥肌が立つどころの話ではない。
「な、何すか!? ってかその前に、あんたら誰でっか!?」
突如、ハクリューが意味不明な発言をした。まるで、今この瞬間、初めてヒトカゲ達に会ったような言い方だ。わざととぼけているのだろうと4人は思う。
「シラを切る気かよ。お前、カイリューの手下だろ?」
「手下!? 何のことだかわからないっすよ! それにここどこっすか!?」
ゼニガメが問いただすが、ハクリューの様子がどうもおかしい。辺りをキョロキョロ見回しては不思議そうな顔をし、何より今自分の置かれている状況が全く理解できていないようだ。
「ハクリュー、覚えていることを正直に話してもらえるかな?」
ひとまず状況を整理するために、軽い聴取を行うことにした。ヒトカゲが穏やかな口調で言うと、ハクリューは思い出しながら答えてくれた。
「えっと〜、いつものように海を泳いでて……あっ、そうだ! そこで突然目の前が真っ暗になって、気づいたらこのありさまよ!」
さらに話を聞くと、どうやらヒトカゲ達と関わっている間の事は何も覚えていないらしい。ハクリューの話し方に嘘偽りはなさそうなので、みんなはそれを信じた。
その後、無実だとわかったハクリューを見届けると、4人は再び勾玉がある場所を目指して歩き始めた。戦闘で疲労も溜まり、足取りは登り始めよりも重い。
「あいつ、操られてたのかなぁ?」
「でも、ポケモンを操ることなんかできるのかな?」
腕を組みながらゼニガメとヒトカゲは考え始めた。みんなは今までにポケモンを操るという話を聞いたことがない。しかし状況を考えると、ハクリューは操られていたと言ってもおかしくない。また謎が増えてヒトカゲは参ったというような顔をした。
「もうすぐ、『しんりょくのほこら』に着くわよ」
チコリータがみんなの方を振り向いて言った。もう喋り言葉に慣れたようだ。勾玉を取りに行くだけでかなりの苦労を強いられた4人は、もうすぐとわかると心を弾ませた。
「ラララ〜お水を与えましょ〜ランララ〜ン♪」
ヒトカゲ達が登っている山の7合目にある、『しんりょくのほこら』。その近くには木造の家が1軒あり、庭では誰かが楽しそうに花に水を与えていた。実はこのポケモンが“草の勾玉”を守っているのだ。
「……あら、お客さんかしら?」
何となく誰かがやって来る気配を感じ、花に水をやるのを止めた。しばらく気配のする方向を見ていると、4匹のポケモンがこちらに向かってくるのが見えた。
「あっ、誰かいるよ! すみませーん!」
その集団のうちの1人、ヒトカゲが大きな声でじょうろを持ったポケモン、キレイハナを呼んだ。頭にある花びらを揺らしながら、彼女は駆け足で近づいた。
「こんにちは、キレイハナのキーちゃんです♪ 何の御用でしょうか?」
見た目だけで言えば、チコリータと同じおしとやかなお嬢様を思わせる風貌だけに、かわいこぶったようなキーの自己紹介にチコリータは寒気が走ったようだ。
「“草の勾玉”ちょーだい!」
(ちょっ、軽すぎるぞヒトカゲ!)
ゼニガメとドダイトスはヒトカゲの発言の軽さに仰天した。まるでお小遣いをねだる子供そのもの。おそらく彼はキーを子供だと思い込んだのだろう。それに対し彼女の返答は早かった。
「あ、それならちょっとついてきて♪」
(ってか相手も軽っ!)
相手もヒトカゲと同じ感性なのか、何とも簡単に勾玉をくれるという。そう思いながらキーについていくと、祠ではなく木造の家に入っていった。そこでみんなは驚くこととなる。
『うわ、すご〜い』
みんなが入った木造の家は、お土産屋だった。そこにはたくさんの木や石でできた工芸品が並んでいた。もちろん勾玉も多く売られていた。
「あの、俺達、あの祠に納められてる勾玉がほしいんだけど……」
念のためにゼニガメがキーに訊ねてみる。さすがに古くからの島のお守りとお手製の安いお土産を間違われたらたまったものではない。
「あっ、そっちだったの? やだぁ〜キーちゃん勘違いしちゃった♪」
やはり勘違いしていた。まさか勘違いしていたとは微塵も思ってもいなかったヒトカゲは目と口が半開きになってしまった。他3人は「あぁ、やっぱり」と呆れ顔。
「でも……何で“草の勾玉”が必要なのですか?」
軽く返事をしたものの、やはり理由は気になるようだ。何も事情を知らないキーにヒトカゲが1から説明を始めたが、ヒトカゲが余計な話までいろいろしてしまったため、説明だけで10分以上かかってしまった。
「……っていうわけで、各島の勾玉を集めなきゃならないんだ」
「なるほど、そういう理由があるのですね。わかりました! ちょっと待っててね♪」
一通り話を聞き、納得したキーは1人で祠へ勾玉を取りに行った。その間、4人は店に並べられた工芸品を眺めていた。
「あっ、これほしいなぁ〜。あとこれもいいなぁ〜」
チコリータは眺める物のほとんどを欲しいと思いながら、店の中をあちこちに行ったり来たりしていた。ちょうどその時、早くもキーが帰ってきた。
「これですね〜……あっ、とっとっと……」
右手に“草の勾玉”を持って駆け寄ろうとしたキー。しかし、おてんばさんならではのお決まりの行動、「何かにつまづいてコケる」という動作を見事にやってくれたのである。
『あ――――!!』
絶叫する4人。それもそのはず、キーがコケたことで近くにあった商品棚が倒れ、何とお土産用の勾玉と祠に祭られていた勾玉とが混ざってしまったのだ。しかも最悪なことに、どれもよく似た色をしていて、一見しただけでは判別不可能だ。
「あらぁ、キーちゃんやっちゃった♪」
『「やっちゃった♪」じゃねぇ――!』
まるでいつもの事のように振舞うキーに4人は激怒した。ポケモン、しかも神様を助けるための勾玉が集まらない理由に「混ざって見つからなかった」という言い訳が通用するわけがない。
結局、それから5人がかりで1時間かけてようやく本物を見つけ出した。ちなみに本物と判断した根拠は、ヒトカゲの持っている“炎の勾玉”の形と非常に酷似していたからである。そして今は来た道を戻っている。
「あ〜疲れた〜おなか空いた〜」
ヒトカゲの足取りは重い。後ろからゼニガメが背中を押して何とか歩けている。そんな彼らの様子を、上空から1匹のポケモンが見ていた。しばらくヒトカゲ達を見ると、その場を立ち去ろうとした。だが、不意にも後ろから声をかけられた。
「あれ、プテラ?」
その声にドキッとしながら、そのポケモン、プテラはゆっくりと振り向いた。ヒトカゲ達に近づこうとせず、さらにどういうわけか気まずそうな顔をしている。
「おっ、ボ、ボウズじゃねぇか!」
プテラはどこか焦っているように見える。いつもの陽気さはどこへ行ったのだろうと、彼のことを不思議そうにヒトカゲ達は見ていた。
ただ1人――ドダイトスだけは、プテラを見る目が違った。彼だけは、雷が直撃したかのような衝撃を受けて驚いた顔をし、その表情は徐々に怒りに満ちたものへと変化していった。
「……やっと会えたな……」
ドダイトスが低い声でそう言ったが、プテラは何も言おうとはしなかった。正確に言うと、言葉に詰まったのである。顔から冷や汗を垂らして黙っている。
「ま、まさかお前……」
ようやく口を開き、何かを確認するかのような口調でプテラがそこまで恐る恐る言うと、その後の言葉を遮るようにドダイトスが続けた。
「あぁそうだ! 俺は……あの時のナエトルだ!」
どうやら、ドダイトスがナエトルの頃からプテラを知っているらしい。しかしこの状況から察するに、関係はいいものではないと悟ったので、誰も何も言えなかった。
「俺は今まで、どれだけ苦痛を味わったか。お前のせいで半生が滅茶苦茶に……今ここで殺ってやらあぁ!」
ドダイトスが怒声を浴びせるや否や、プテラに向かって“ソーラービーム”を放った。それを間一髪よけると、プテラの顔つきが変わった。ヒトカゲ達の前では見せた事のない、悪人面だ。
「悪いが、お前の相手をしてる暇はないんでね。俺ぁ今ヒトカゲにしか用ないしな」
「ぼ、僕に?」
因縁がありそうなドダイトスとは別に、プテラはヒトカゲを気にしているようだ。目つきをそのままに、口元をにんまりさせながら彼は真実を告白した。
「そ。俺ぁ、ヒトカゲを殺したいって奴のサポーターをしている。もちろん、俺が手を下したっていいんだぜ?」
一瞬にして、ヒトカゲは固まってしまった。考えてみれば自分に近づいてきたときに不審に思うべきだったが、困っていた自分を助けてくれたこともあり、気さくで優しい印象を抱いてしまった。
そのせいで、彼の心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。そう、ヒトカゲはプテラに完全に「騙されていた」のだ。
「な……何で? じゃあ何で僕に親切にしたの?」
「お前に近づくため、ただそれだけでっせ」
プテラの無情な発言に、ヒトカゲは力が抜けたようにがっくりと肩を落とした。その様子を見たゼニガメとチコリータは攻撃しようとしたが、その前に目の前からプテラが一瞬にして消えてしまった。辺りを見回すが、どこにも姿はない。だが声だけが響いて聞こえてきた。
《次に会う時は、ヒトカゲの命をもらうつもりだから、覚悟しときなよ〜!》
黙って怒りの感情を抑えようとしている4人。そこにプテラ独特の陽気な声色だけが虚しく響き渡った。