第25話 炎を放て!
「どうしたの? 黙っちゃってさ」
長い時間沈黙が続く中、カイリューがヒトカゲを急(せ)かすように言った。ヒトカゲはどうにかならないかと必死で作戦を練っていた。
(みんなを助けないと。だけどゼニガメとチコリータはハクリューに“まきつく”で、ドダイトスはカイリューのツメのせいで動けないし……)
ヒトカゲがそう考えている間にも、ゼニガメは唸り声を上げて苦しそうにしている。徐々に“まきつく”力が強まっているようだ。
「ほら、君の友達が苦しんでるよ。早く助けてあげないと」
楽しそうに笑顔で言うカイリューは、みんなにとって本当に腹立たしい存在だった。さすがのヒトカゲもだんだんと怒りが込み上げてきた。
(“ブラストバーン”を使うべきか? だけどこれでカイリューが倒れるとは思えない。あーどうすれば……)
それはヒトカゲがふとカイリューの方を見ようとした時だった。ちょうどドダイトスと目が合い、その時にドダイトスの口が少し動いているのが見えた。同じ言葉を何回も言っているような口の動きだったので、ヒトカゲはそれを真剣に見た。
(……や……れ……『やれ』?)
ヒトカゲも真似て『やれ』と言う口の動かし方をすると、ドダイトスは小さく頷いた。『やれ』、つまり『“ブラストバーン”を放て』という意味だということにヒトカゲはすぐに気づいた。
(ドダイトスが言っているんだ、何か作戦でもあるに違いない。よし……)
他に打つ手もない。ここはドダイトスのことを信じ、気合を入れなおした。ヒトカゲはカイリューに何も悟られないように、降参する演技をした。
「……僕が“ブラストバーン”を放てば、みんな助かるんだよね?」
その言葉を聞いて、カイリューの表情は明るいものになった。それにより、ドダイトスに注意を払っていたカイリューの心に若干の余裕が生まれる。
「そうだね。その後に君には死んでもらわなきゃならないけど、他の奴らは殺さない。それは約束するよ」
「……絶対約束する?」
「もちろん。相手するの疲れるだけだしさ」
そのやりとりを見ていた何も知らないゼニガメはヒトカゲを止めるために叫ぼうとしたが、それをチコリータが止めた。
「大丈夫。これはドダイトスの作戦。さっきの彼の表情を見ればわかったわ。それに、私達の方ももうそろそろ……」
チコリータ達も何やら行動を起こしているようだ。それには全く気づかずに、カイリューはドダイトスから降り、ヒトカゲの方へ向かってきた。
「最初から記憶喪失なんて嘘つかなきゃ、みんな苦しむこともなかったのに」
「記憶喪失は本当だよ。さっき、技をちゃんと思い出しただけ」
「そっか。それはなにより。じゃあやってもらおうかな」
カイリューは腕を組み、ヒトカゲの方をじっと見ている。覚悟を決めたヒトカゲが一息おいて、詠唱を始めようとした、その時だ。
「“タネマシンガン”!」
カイリューの背後からドダイトスが“タネマシンガン”を放った。2人の距離がそれほど離れていなかったため、カイリューは避けることができずに技をくらった。
「続けて“リーフストーム”!」
カイリューが振り向こうとした時に、ドダイトスは続けて“リーフストーム”で攻撃した。この2つの攻撃でカイリューは少なからずダメージを負った。
「……僕の邪魔をする気?」
珍しく笑顔以外の表情を見せながらカイリューは言った。少しだけ不機嫌な様子だ。一方のドダイトスはというと、冷や汗を流しながらも、自信に満ちている顔つきだ。
「さあ、それはどうかな?」
ドダイトスがそう言いながら、目線をカイリューではなく自分の左側に向けた。カイリューもその方向を見ると、そこには倒れているハクリューと、地面に足をつけているゼニガメとチコリータがいた。
「やっぱりやられたか〜」
ハクリューがやられることを予想していたかのような口ぶりでカイリューが頭を抱えた。自由になったゼニガメとチコリータはドダイトスに参戦した。
「……わかった。“あまごい”!」
(“あまごい”? 何をする気だ?)
カイリューは黙ったまま雨に当たっている。だが特に何も起きる気配はない。一定量の雨が降り終わると、次はチコリータが前に出た。
「“にほんばれ”!」
今度はチコリータの“にほんばれ”で、そこに太陽があるかの如く辺りが眩しく照らされた。この2つの技が何のために行われているかわからないカイリューは、ただ見ているだけしかできなかった。
「“あまごい”に“にほんばれ”。僕には何にも効果はないよ」
相手を挑発するような口調でカイリューは2人に言った。しかし2人は笑みを浮かべている。その様子を見たカイリューはわずかながらも危険を感じたのか、慎重に辺りの様子を伺っている。
「まだわからないのか?」
カイリューの行動を見てそう言い出したのはドダイトスだ。こちらも余裕な表情を見せている。何を企んでいるかを考えてみるも、全く予想がつかないでいる。
「どういう意味?」
「さっき俺が放った技は何だ?」
その言葉で、カイリューはようやく理解したようだ。完全に相手の作戦に引っかかってしまったのがわかり、冷や汗が一筋、彼の頬を伝う。
「……ま、まさか!?」
次の瞬間、カイリューの足元から大量の植物が伸びてきて、彼の体の至るところに巻きついた。そのせいで身動きがとれなくなってしまった。
「俺が放ったのは“タネマシンガン”。そして俺が放った種は、全部“やどりぎのタネ”だ。“あまごい”と“にほんばれ”で芽が一気に出るようにしたのさ。気づくのが遅かったようだな」
ドダイトスがカイリューに向かってどうだと言わんばかりのえみを浮かべながら言った。それでも冷静を装い、カイリューはまだ笑顔でいる。
「でもこんな技で僕の体力なんか削ることなんかできないよ〜」
「そうだな。そのままならな」
またしてもドダイトスは気になることを口にした。あれこれ相手の意図を考えているこの時、カイリューは一番大事なことを忘れていたのだ。
「そのままなら? この“やどりぎのタネ”に特殊な力でもあるっていうのかい?」
まさかそんなはずはない、これは攻撃すると見せかけたはったりだと思っていたカイリューは、小馬鹿にするような言い方をする。これに対し、ゼニガメは鼻で笑いのける。
「お前まだわからないの? だったら後ろ見なよ、う・し・ろ」
ゼニガメの言うとおりにカイリューが後ろを見ると、彼らの意図がようやく理解したようで、顔が一瞬青ざめた。そこにいたのは、既に詠唱を済ませているヒトカゲの姿だった。ヒトカゲもまた笑みを浮かべて戦闘態勢にはいっている。
「僕のこと忘れないでよね。僕を狙ってるならさ」
ヒトカゲはそう言うと、ぐっと構えた。カイリューは急いで避難しようとしたが、体に巻きついた植物のせいでなかなか思うように動けない。
「さっきのみんなのお返しだよ! “だいもんじ”!」
渾身の力を込めて、ヒトカゲは“だいもんじ”を放った。その炎はカイリューに勢いよく向かっていき、カイリューへぶつかった。ただの“だいもんじ”ならまだしも、今カイリューの体には植物が巻きついている。その植物にも引火したため、カイリューは今「火だるま」状態にある。
「うわあぁっ!」
抵抗のできないカイリューはまともに、しかも詠唱と合わせ技が加わったより強力な“だいもんじ”をくらったため、かなりのダメージを負った。とはいえ、敵もそこでやられるほど弱くはなかった。攻撃を受けてもカイリューはしっかり立っていた。
(まずいな……次に大技くらったら、さすがに体力的に余裕がなくなる。ここはひとまず……)
炎がなくなると同時にカイリューの体に巻きついていた植物も全て燃えてしまったため、カイリューは自由に動けるようになった。それを確認すると、ヒトカゲはまた構えた。
「約束どおり見せてあげるよ! “ブラストバーン”!」
「は、“はかいこうせん”!」
ヒトカゲとカイリューはそれぞれの大技を放った。2つの強大なエネルギーはぶつかるや否や、そこで大きな爆発を起こした。一気に目の前が眩しくなり、バクフーンと特訓した時以上の爆風が全員に襲い掛かった。
しばらく爆風の影響で辺りに砂が舞っていて視界が遮られていたが、それが晴れると、ドダイトスは辺りを見回した。
「お嬢!? みんな!? どこです!?」
『ここですぅ〜』
その声が聞こえた方を見ると、ヒトカゲ、ゼニガメ、そしてチコリータは近くの木の上にいた。3人は爆風で吹っ飛ばされ、その時に偶然つかんだ木の枝に必死にしがみついていたようだ。
「大丈夫ですか!?」
「な、なんとかね」
木を降りてきた3人にドダイトスが心配そうに寄ると、疲れきった表情でヒトカゲが気力のない声で言った。安堵した様子でため息を一つついた。
「そういや、カイリューは?」
「もういない。どうやら爆風に乗って逃げたようだ」
何か情報を聞きだせる絶好の機会なだけあって、逃してしまったことに4人は残念がり、ため息を1つ、大きくついた。
「それにしても、カイリューってすっごく酷い奴だよね。何でヒトカゲの事をこんなに……?」
先程の出来事を頭の中で振り返りながらチコリータがヒトカゲに訊く。ヒトカゲはなんと説明してよいのやらと困った顔をしながら答えた。
「わからない。前に遭遇した時もいきなりだったし、何より僕を狙う理由すら教えてくれないから……」
カイリューのヒトカゲに対する非道さは半端ではなかった。邪魔といってはゼニガメを先に殺そうとしたり、じれったく感じると急かそうとして他の仲間を人質にとったりと、明確な理由なしにここまでやる者はいないだろう。
海の神様のようにヒトカゲの命を助ける者もいれば、カイリューのように命を狙う者もいる。自分の周りで何かが起こっていることを、この時ヒトカゲは再確認させられた。
その頃、カイリューはベルデ島を離れて海の上を飛びながら、率直な感想を独り言として心の中で呟いていた。顔も笑顔ではなく、疲れた表情をしている。
(……あの人には悪いけど、正直、あのまま“ブラストバーン”で殺されてもよかったかな……)
カイリューは頭の中でそう呟くと、ゆっくりどこかへ飛び去っていった。