第24話 嫌な再会
3バカが船から離れて数時間後、4人はベルデ島に戻って来ていた。もちろんチコリータ達の家へ戻るためではなく、チコリータが「草の勾玉」の在処を知っていたため、先に手に入れておこうとなったのだ。
「みなさん、あれをご覧ください」
チコリータが指す方向を見ると、緑あふれる山が聳(そび)え立っていた。そこまで高い山ではなく、誰でもハイキングがてら登れるところだという。
「あの山の7合目あたりに、『しんりょくのほこら』という古い祠(ほこら)があります。そこに『草の勾玉』があると、以前お父様が教えてくださいました」
「そして、そこまで辿り着くには……う〜ん」
「どうしたの?」
「やっぱり、一筋縄ではいかないとか?」
そこまで言いかけると、ドダイトスは少し困ったような顔をした。やはり簡単にはたどり着けないのだろうかと、ゼニガメとヒトカゲが心配そうにドダイトスを見る。
「いえ、そうではなく、“じっくり森林浴コース”で行くべきか、“絶景観覧コース”で行くべきか判断しかねていて……」
何ともバカバカしい悩みに、3人は口を揃えて呆れた様子でさっさとその場を後にした。
結局ドダイトスの希望により“じっくり森林浴コース”で山を登ることとなったヒトカゲ御一行は、息切れしない程度にのんびりと道を歩いている。ヒトカゲ、ゼニガメ、そしてチコリータが3人並んで歩き、その後ろをドダイトスがついてきている。
「ん〜空気がおいしいなぁ〜」
「このきのみもおいしいよ♪」
「か、勝手に取るなよ!」
ゼニガメが新鮮な空気を吸っている横で、ヒトカゲは木に生(な)っていたきのみを取って食べていた。そんな様子を、チコリータは楽しげに見ていた。
「2人とも、本当に仲がいいのですね」
『そ、そう見える?』
「えぇ、とっても!」
ヒトカゲとゼニガメは顔を赤くして少し照れていた。2人とも、出逢った時の関係がまるで嘘であるかのように仲良くなったと実感しているようだ。
「チコリータもさ、丁寧な言葉なんて使わなくていいのに」
ヒトカゲにとってこれはさりげない一言だったが、チコリータはものすごく恥ずかしそうにした。それと同時に、嬉しさもこみ上げてきたようだ。
「……いいのですか?」
「ふつー、友達が敬語使うか?」
ゼニガメもヒトカゲと同じ思いだった。チコリータは顔を赤らめてもじもじしながら、敬語を使うのを止めて会話をしようと試みた。
「ありがと! これからはこうやって喋らせてもらうから、です」
どこかおかしい言葉遣いになったチコリータを、2人はおもわず笑ってしまった。3人の楽しげな様子を、後ろからドダイトスが見ていた。しかし、ドダイトスの表情がどうもおかしい。それに気づいたのはチコリータだった。
「ドダイトス、どうかなさいました?」
それにハッと気づいたかのように、ドダイトスはチコリータの方を向いた。自分の事を心配しているように見えたので、何もないように取り繕った。
「えっ、何かある顔に見えたのですか?」
「なんかそんな感じがしただけですわ。何でもないならよかったです!」
そう言うとチコリータは再びヒトカゲ達のところへ戻っていった。するとまたドダイトスは表情を変えた。どこか悲しみを帯びた顔つきになっている。
(友達か……俺にもいたっけな。だがそれも過去の話。今となっては孤独だ……)
ふと、彼は自分の過去を思い出す。蘇ってくる記憶は、決して良いものではないようだ。悲しみに加え、暗さも表情に付加され始めてきた。
(あの日、俺は全てを失った……だからこんな温かみのあるものが、羨ましく思えるんだな)
どうやら、ドダイトスは悲しい過去を背負って生きてきたようだ。ヒトカゲ達の仲睦まじい様子が彼の目には眩しいほどに輝いて見えていた。彼はこのような関係を持てる者をいつか再び手に入れてみたいと思い続けている。
しばらくして、4人は5合目くらいに辿り着いていた。しかし休憩所のようなものはなく、道の横にある「5合目」と書かれた看板がぽつりとあるだけだった。
「ちょっと疲れてきたかも〜」
ヒトカゲが休憩しようと言い出したので、3人はその場に座り込もうとした。だがその時、何かを察したドダイトスはそれを止めた。
「待て。そこから一歩も動くんじゃない」
全員がその場で動きを止める。辺りには生ぬるい風が漂い。緊張した空気が張り詰めている。沈黙が少しの間続き、動きのない様子に痺れを切らしたドダイトスが大声で問いかけた。
「何者だ? さっきから俺らを付け回している奴は?」
どうやら何者かが先程から尾行していたらしく、3人は驚きを隠せないでいた。またしばらく沈黙が続いたが、その後、その質問の答えが返ってきた。
「あ〜、やっぱりバレてたのかぁ」
何者かの声が辺りに響いたが、その姿を現そうとはしない。だが、ヒトカゲとゼニガメはこの声に聞き覚えがあった。忘れたくても忘れることのできない、ポケモンの声。
「早く僕達の前に姿を現せ、カイリュー」
ヒトカゲがそう言うと、木の陰からポケモンがゆっくりと姿を現した。それはまさしく、ヒトカゲの命を狙っているポケモン、カイリューだった。みんなはカイリューを睨んでいる。
「やっぱり尾行とか苦手だなぁ〜。体大きいし」
頭を掻きながら、カイリューは苦笑いをした。てへへ、と言いながら舌先を出すあたり、まるで友達と遊んでいるようにしか見えない。
「ヒトカゲ、知り合いか?」
「こいつは僕を殺そうとしてる奴だよ……」
ドダイトスの質問に、表情を変えないままヒトカゲが答えた。チコリータとドダイトスは驚きながらも、目の前に敵がいる以上、表情に出すゆとりはない。
「覚えててくれたの? 嬉しいなぁ♪」
「何しに来た? ……って、聞かなくても答えは決まってるか」
ゼニガメが早くも戦闘態勢に入ろうと身構えている。しかし、カイリューはその気ではないようだ。身構える様子もなく、ふらふらと浮遊している。
「ヒトカゲを殺すため……と言いたいところだけど、今日はそうじゃないよ」
そう言った刹那、カイリューは素早く移動し、自分の鋭く尖ったツメをヒトカゲの首に突きつけた。ヒトカゲを始め、その場にいる全員が身動きできない状況になってしまった。
「みんな動かない方がいいよ〜。動くと……わかるよね?」
『ぐっ……』
カイリューはこの前と同じような笑顔で、辺りを見回しながら言った。張り詰めた空気が漂っている。みんなは悔しがりながらも黙っているしかなかった。周りはお構いなしといった表情で、カイリューはヒトカゲにあることを質問した。
「君に聞きたい事があるんだ。君はどうして“ブラストバーン”が使えるんだい?」
この時、ヒトカゲは何故カイリューがこの事を知っているのかを理解できなかった。だがそれを補ってくれるかのようにカイリューが続けて言った。
「セレステ島での時、ゼニガメが倒れたのを見て必死になった君がやった詠唱……あれは何? そしてその詠唱で、リザードンやバフクーンでないと習得できない“ブラストバーン”が使える……一体、君は何者なんだい?」
これを聞いて、ヒトカゲは記憶になかったセレステ島での出来事の一部始終を理解できた。しかしこの質問の答えはヒトカゲ自身にもわからない。
「知らない。何でこんな事ができるのか、そして僕自身、何者かわからないでいる」
この答えで納得してくれるわけもなく、カイリューはツメをさらにヒトカゲの首に突きつけた。先端がわずかに刺さり、一筋の血が首元を伝っていった。
「嘘ついちゃいけないよ? 今ここで死にたくなかったら、本当の事を言ってくれないと」
「ホ、ホントだって。僕は記憶喪失なんだ。だからその質問に答えることはできない」
ヒトカゲが若干怯えながら答えた。少し足が震えている。この時初めて、命を狙われる怖さを体感したようだ。
「へぇ、記憶喪失ねぇ……そうなんだ」
そう言うと、カイリューはヒトカゲに向けていた手を下ろした。これでヒトカゲは一安心したが、またすぐに緊張が走ることとなる。
「ちょっと出てきてくれない〜?」
カイリューが大きな声でそう言うと、突如草むらから1匹のハクリューが姿を現したと思いきや、ハクリューはゼニガメとチコリータに巻きついた。
「お嬢! ゼニガメ!」
突然の事にドダイトスは助けに行こうとした時、自分の首に何かが当たっていることに気がついた。それは数滴の血がついた、カイリューのツメだった。
「貴様……!」
「はいはい、大人しくしててね〜」
カイリューはドダイトスの真上に乗っかり、ツメをドダイトスの首に突きつけた。今度はヒトカゲ以外のみんなが敵の手中に落ちてしまったのだ。
「さてと、ヒトカゲ君」
「こ、今度は何をするつもり?」
困惑した表情でヒトカゲはカイリューに訊ねた。この状況が楽しくなったのか、ニコニコしながらカイリューが答える。
「僕は君が“ブラストバーン”を使うところをもう1度見たくて、ここに来たんだ。でも記憶喪失みたいだからさ〜、仲間が苦しむ姿を見れば思い出すんじゃないかな〜って♪」
カイリューはヒトカゲが記憶喪失ということを半信半疑でいるらしく、どちらの場合でもいいようにこのような行動を取ったようだ。何とも極悪非道である。
(まずい、最悪だ……)
ヒトカゲは、これほど1秒が長く感じた時はないと思った。辺りは依然として生ぬるい風が漂い、草木が揺れる音がはっきりと聞こえるくらい静寂していた。