第23話 3バカ再び
連絡船が出港してから数時間、ヒトカゲとゼニガメは前回同様、船のデッキの上でミックスジュースを飲みながらだらだらしていた。
「やっぱりこの船居心地いいわぁ」
「そうだよなぁ……フリーパス万歳」
デッキに置かれたテーブルに顎をつけながら2人が言った。この連絡船は豪華ではないものの、まだ新しいせいかとても清潔感にあふれ、快適な船旅を送れるよう配慮された造りになっていた。
『はぁ〜生きててよかったぁ〜』
口を揃えて2人がそう言うと、これまた前回同様昼寝を始めた。
「お嬢、ランターンの群れですよ」
「あらぁ、珍しいですね」
一方のチコリータとドダイトスはというと、2人で楽しそうに海を眺めていた。幸いにも天候に恵まれ、太陽の光による反射と海の青色がきらめいている。
「そういえば、お嬢は私と1度だけ海に行きましたよね」
「そうでしたわね。だけどあんまり覚えていませんわ」
「あの時、お嬢は私に『これ食べたい』って言って貝ではなくシェルダーを連れてきたんですよ」
ドダイトスとの昔話、それも貝とシェルダーを間違えたというかなり恥ずかしい過去を晒され、チコリータは赤面した。
「ま、まぁ、あの時私は子供でしたから……」
四苦八苦しながら、顔を赤らめてチコリータは言い訳をした。そんな様子を見て、ドダイトスは笑っている。
「ハハハ、あれはご主人様も大笑いしておられました」
ちょっとだけふてくされたチコリータは目線を違う方向へ向けた。その時、チコリータにはあるものが目に入った。それは、紫色の細長いものだった。
「ドダイトス、ちょっとここで待っていてもらえます?」
紫色の物体が気になったのか、チコリータはドダイトスに待機するように伝え、そのままその物体があるところへ行ってしまった。
「あ、お嬢! ……もう、相変わらずですな……」
待つように言われたドダイトスは、黙って海を眺めて待つことにした。
「あいつらは?」
「また寝てますぜ?」
「ということは……」
全員が同じ事を思ったようだ。互いに顔を合わせて口を揃えて、『チャンス♪』と笑みを浮かべて言った。そう、ペルシアン・アーボック・オオタチからなる「チーム・ロバーズ」の3人であった。どうやら懲りていないらしく、ヒトカゲ達からまた何かを盗もうとしているようだ。
「……かと言って、前回みたくやるわけにはいかねぇな」
「そうなんだよなぁ……」
一番の被害者(?)であったペルシアンとアーボックが困った顔で言った。それもそのはず、前回ヒトカゲ達にボロ負けにされているのだから。
「何弱気になってんだい? アタイらに盗めないものはないじゃない!」
威勢よくオオタチが2人に対して喝を入れた。喝を入れられた2人は自身がついたようだ。たった1回の喝で開き直るとは、なんとも単純な性格をしている。
「そうだよな!」
「何たって俺ら……」
「あの……」
3人で口を揃えて決め台詞みたいなものを言おうとしたまさにその時、彼らの後ろから声が聞こえた。その声に3バカが振り向くと、チコリータが立っていた。
「……誰だお前?」
「あなた達こそ、ここで何をしてらっしゃるの?」
アーボックの質問には答えず、逆にチコリータが訊ねた。先程彼女が見たものはアーボックの尻尾で、明らかに不自然すぎる彼らを見て不思議に思い、声をかけたようだ。
「お嬢ちゃん、アタイらは大事なお仕事の話をしてるんだ。邪魔になるからさっさとどっか行ってな」
オオタチが手をはらいながら言ったが、チコリータはその仕事についてものすごく気になったようで、アーボックにさらに質問をし始める。
「何のお仕事なんですか?」
「俺らはドロ……じゃなくって、泥清掃員だ」
思わず「何つう仕事だよ」とつっこみたくなるような嘘をペルシアンがついた。だが初めて聞く職種にチコリータは大変興味を持ち、構わず次々と3人に質問をぶつけた。
「この仕事は長いのですか?」
「あぁ、まぁな」
「大変じゃないですか?」
「結構キツいけど、もう慣れたさ」
「いつも3人で仕事をしているのですか?」
「だいたいこの3人だな」
「えーと、あと……」
次々と質問をしてくるチコリータに、丁寧に答えるペルシアンとアーボック。ここで怒鳴って追い返してしまっては周囲のポケモンに気づかれる可能性があると考えたらしく、会話を切るタイミングを見計らっていた。しかし、オオタチはそれを我慢ができないでいた。
「あーもう何なの! アンタさっきからうるさいのよ! 邪魔って言ってんだからさっさとここから立ち去りなさ――い!」
おもわず大声で怒鳴ってしまったオオタチ。この声は船の汽笛で多少はかき消されたみたいで周りのポケモンはほとんど気づいていなかった。ある2人を除いて。
『どうしたんですか〜?』
そう言って目を擦りながら3バカの前に2匹のポケモンが現れた。その声に気づいて3人は振り返ると、驚いて奇声を上げてしまった。
『あぁっ!』
そこに立っていたのは、盗みのターゲットにしていたヒトカゲとゼニガメだった。この2人もその奇声を聞いて顔を上げると、彼らも驚いて奇声を上げた。
『あっ、お前らっ!』
この状況を全く理解できないでいたチコリータは、彼らの顔を交互に見ていた。焦っている3人組と、徐々に呆れ顔になっていく2人が目に入った。
「あの……お知り合いなのですか?」
「これ? ただのバカ3人組」
「んでもってウザキャラ」
ヒトカゲとゼニガメは面倒くさそうな顔をしながら一言で説明した。簡単な説明で済まされ、その上「これ」扱いされた3人は激しく怒った。
「冗談じゃねぇ! 俺らをバカ呼ばわりしやがって!」
「そうだ! 俺らはバカじゃなくて大バカだっつーの!」
『お前が大バカだ』
ペルシアンの真面目なボケにオオタチとアーボックは冷静につっこんだ。
「あらぁ、そうでしたの」
『納得すんなよ!』
素直に納得したチコリータに3バカはまたつっこんだ。周りから見ればこの場にいる6人がやっているのは完全なショートコントである。
「冗談はこの辺にしといて……ここで会ったが100年目! 今日こそアンタらから物を奪ってやるからね!」
オオタチが高笑いしながらヒトカゲ達に言い放った。ヒトカゲ達はしらけた目で3バカを見ていた。ここでようやく、チコリータは彼らが泥清掃員でないことを把握する。
「えっ? 泥清掃員ではなかったのですね?」
「そうよ! 今からアタイが面白いことをしてあげる」
そう言うと、オオタチは何やら不気味な動きをしだした。しかしこれは何の意味もなく、ただの雰囲気作りのためにやっているものだとアーボックは小声でペルシアンに説明した。
「“トリック”!」
次の瞬間、オオタチの手にはヒトカゲの荷物が入った袋が握られていた。これには全員が驚いた。もちろん、技が成功したオオタチ本人も含めて。
「出た〜! 姐(ねえ)さんの“トリック”!」
「さすが『トリッキーウーマン』と称されるだけあるぜ!」
ペルシアンとアーボックは興奮しながらオオタチを尊敬の眼差しで見ていた。実はこの2人、彼女に同じ手で物を盗まれたことがあり、その華麗さに惚れて仲間になったとか。
「えぇっ!? ない! ホントに僕の荷物がない!」
「それじゃ、頂いていくわね! バイバ〜イ♪」
ヒトカゲが驚いている間にそそくさと3人は船から飛び降り、オオタチの“なみのり”で海上を逃げていった。ヒトカゲの荷物を取り戻そうとして慌ててゼニガメが追おうとした。
「ゼニガメ、いいよ、行かなくて」
船から飛び降りようとしたゼニガメを止めたのは、何と被害者であるヒトカゲであった。しかも何事もなかったかのような表情をしている。
「何でだよ、泣き寝入りすることねぇんだぜ!?」
「そうですわ! 早く取り返さないと」
ゼニガメとチコリータは急いで追っかけようとしたが、ヒトカゲは2人の手を引っ張って止めた。そしてその訳を話し始めた。
「あれ、僕の持ってる大きな荷物袋に入ってる荷物のうちの1つだけどさ、あの中に入ってたのは……」
その頃、近くの無人島へ上陸した3バカが嬉しそうに袋の中身を確認しようとしていた。念願のリベンジを果たせ、3人とも満面の笑みである。
「キシシシ、やったな♪ さて、何が入って……」
期待に胸を膨らませ、ペルシアンが中身を期待しながら袋を開けた瞬間、彼は絶句した。
「どうした?」
その様子を見たアーボックも袋の中を覗いた途端、言葉を失った。一応報告のために2人はオオタチに袋の中身について言った。
『……姐さん……』
「なんだい?」
『……「アンノーン知恵の輪」しか入ってなかったっす……』
ヒトカゲから奪った袋に入っていたのは、この世界で解くのが最も難しいと言われている玩具、「アンノーン知恵の輪」だった。1個100ポケで買うことができるので、売っても何の儲けにもならないものだ。
「もういらないから、それをセレステ島に行った時にデリバードにあげようかと思って持ってきただけなんだ」
ヒトカゲが説明し終えると、ゼニガメとチコリータは彼らを鼻で笑った。焦っていた自分達が愚かだったと言わんばかりの脱力感が彼らの体中を駆け巡る。
「バカだな、アイツら……」
「そ、そうですわね……」
呆れながらも、ヒトカゲは荷物が軽くなったと逆に喜んでいた。ただ、もう3バカと出会いたくないと思ったのは言うまでもない。
「……お嬢、どこに行ったんですかねぇ……」
一方、あれからずっと海を眺めながらチコリータの事を待っているドダイトスは、船がベルデ島に着く少し前までチコリータに忘れられていたらしい。