第22話 予想外デス
ヒトカゲは“えんまく”でみんなの視界をゼロにした。これによって動きを止めることができたのだ。
「ゴホッ! ゴホッ! ……あいつあんな技覚えていたのか!」
バクフーンを始め、みんなが腕で口を押さえながら咳き込む。おまけに視界がゼロのため、煙が晴れるまで動けない。下手に動くと足を地面につけかねないからだ。
「な、何も見えねぇ!」
「ちょいと待ってろ。 “ねっぷう”!」
この状況を打破したのはバクフーンだった。“ねっぷう”を使って風を起こし、辺りの煙を徐々に薄くしていったのだ。おかげで視界が晴れていき、状況を把握できるようになった。
「ヒトカゲはどこに……えっ?」
おかしな状況に最初に気づいたのはデルビルだった。みんなは、ヒトカゲは“えんまく”を使って先にゴールを目指しているものだと思っていたが、何とヒトカゲは煙が晴れても“えんまく”を使う前の位置から1歩も動いていなかった。
「ん、どういう事だ?」
ゼニガメが不思議そうにヒトカゲの方を見た。だが当の本人は余裕綽々といった表情をしている。きっと何か勘違いしているのではとみんなは疑っている。
「へっ、これで状況はさっきと同じだぜ! さあ覚悟しな!」
バクフーンが威勢よく叫び、“ほのおのうず”をくりだそうとした。それに一切動じることなく、ヒトカゲは冷静にこう言った。
「覚悟するのはみんなだよ?」
この言葉によって闘志をかきたてられたみんなは、一斉にヒトカゲの方に向かってきた。しかし、この時点でみんなはヒトカゲの罠にはまっていたとは誰も想像しなかった。
……ピシッ!
『……へっ?』
みんなが次の岩に移った瞬間、何かにヒビが入ったような音が聞こえた。
……パキパキッ!
この音を聞いたとき、誰もが勘違いであってほしいと願った。
ガラガラガラッ!
次の瞬間、ヒトカゲ以外のみんなが乗っていた岩が音を立てて崩れた。
『うわわわわっ!?』
慌てふためいたみんなは岩が完全に崩れる前に次の岩へ移ろうとした。だがその岩は、みんなが乗っかると同時に崩れてしまった。これには為す術もなく、ヒトカゲを除く全員が岩から落ちてしまった。
「えへへ、はい、みんな負け〜♪」
一瞬にしてヒトカゲ以外のみんなの負けが確定した。ヒトカゲが地面に落ちたみんなに向かって嬉しそうに言った。悪い言い方をすればドヤ顔をしている。
「痛ててて……どうなってるんだ?」
ゼニガメはヒトカゲの仕掛けた罠がどういうものかを訊ねた。ヒトカゲが答えようとする前に、このトリックについて語ったのはバクフーンだった。
「……“えんまく”を使って俺達が止まっている間に、“きりさく”や“れんぞくぎり”でアイツの周りの岩が崩れやすくなるように切れ目を入れてたのさ……迂闊だった……」
「わかっちゃった? さすがバクフーン兄ちゃん!」
「だけど、ヒトカゲ。これは引き分けだぜ?」
突然、デルビルがヒトカゲに向かって勝負は引き分けだと言い出した。勝利を確信しているヒトカゲを含めたみんなはその理由がわからず「えっ?」というような顔をした。
「どういう事ですの?」
「このバトルは、ゴールした者が勝ち。つまりゴールまで辿り着けなかったらみんな引き分けになるのはわかるよな?」
「でも、岩から落ちた俺達は負け。岩に乗っかっているのはヒトカゲだから、あとゴールまで行けるのはあいつしかいねぇぞ?」
「確かにそうだ。普通ならな」
デルビルの説明を聞いてもますますわからなくなってしまった。当然ヒトカゲも首をかしげている。その様子を見て、デルビルはにんまりしながらこう言った。
「みんな、ヒトカゲの後ろを見てみろ」
デルビルにそう言われて全員がヒトカゲの後ろを見た瞬間、思わず笑ってしまった。ヒトカゲも後ろを覗くと、そこに広がっていた光景に驚いてしまった。
「……やっちゃった――!」
ヒトカゲはあるミスを犯してしまっていたのだ。ヒトカゲが見たもの、それは自分の周りが粉々になってしまった岩しかない光景だった。彼は追われる事を恐れたあまり、自分の周囲の岩すべてに“きりさく”と“れんぞくぎり”で、しかもかなり崩れやすい傷をつけたことだ。
「そして俺達が地面に倒れた衝撃で、残りの岩が崩れてしまった。というわけ!」
デルビルが説明し終えると、勝利を確信しきっていたヒトカゲは頭を抱えて悔しがった。
「せっかく一生懸命考えたのに――!」
まさか他の岩まで崩れるなどと考えてもいなかったのだろう。ヒトカゲはこの罠によって自滅するとは思ってもなかったようだ。
『はい、残念でした〜』
みんなはしばらく、こんなに面白いことはないと言わんばかりに笑い、ヒトカゲの肩を叩いて慰めた。ヒトカゲは相当ショックだったらしく、立ち直るまでその場で「の」の字をずっと書いていた。
「あー楽しかった! やって正解だったな♪」
「いやぁ、面白かったです!」
「私、初めてあんな楽しい事しましたわ!」
帰り道、各々が今日の遊びの余韻に浸っている。特に初めてアスレチックバトルをやったゼニガメとチコリータは大喜びで、バクフーンも充実していたようだ。
「……次は絶対に勝ってやる……どんな手段を使ってでも……」
「ヒトカゲ、キャラ変わってるって……」
しかしその一方で、次の機会で勝利を誓うヒトカゲの豹変ぶりに、デルビルは少し引いていた。その様子は奇妙な呪文を唱える呪術師そのものだ。
「でもさ、ヒトカゲがこんなに強くなってるなんて、正直俺思ってなかったぞ?」
「ホントだよ。もしかしたら記憶なくなる前ってかなり強かったんじゃない?」
バクフーンがヒトカゲを誉めてあげた。続けて思いつきでゼニガメがそう言ったが、案外事実なのではないかと他のみんなは思った。
「そうですわ。“ブラストバーン”といい、今回の作戦といい、普通のヒトカゲならできませんよ」
「いやぁ、これも全部リサ……?」
その時、ヒトカゲは無意識に言った自分の言葉が理解できず、途中で詰まらせてしまった。思わず動かしていた足を止める。
(えっ、僕、今何を言ってたの? “リサ”って何?)
ヒトカゲは激しく動揺していた。さらっと口から出てきた単語に意味はあるのかと自問する。ただならぬ様子にみんなはヒトカゲを気にかけた。
「お、おい、どうした?」
「……リ、リザードンになったら最強のポケモンになるなぁって思っただけだよ。ほら早く帰ろう! お腹空いたよ!」
そう言いながら、笑顔でみんなの背中を押して家へ帰ろうとするヒトカゲ。みんなは変だなと思いつつもさほど気にすることなく別の会話を始めた。
(……今のが何だったのか、思い出せない。だけど何か、懐かしい感じがする……)
あまり自分の事で心配をかけさせたくないヒトカゲは、みんなの後ろの方を歩きながら考え事をしていた。自分が言った“リサ”という言葉が気になって仕方がなく、家へ帰ってからも必死に思い出そうとしたが、思い出せずに再び朝を迎えてしまった。
「寂しくなるなぁ」
それからしばらくして、みんなは旅立ちの準備を終わらせた。連絡船が来る港で、ヒトカゲ達を見送りに来てくれたデルビルが残念そうに呟いた。
「すぐ戻ってくるって。その時はまた遊ぼうよ!」
そんなデルビルを慰めるような表情で、ヒトカゲは優しく語りかけた。半分泣きかけていたデルビルはその優しさに触れ、首を振って涙を払い、彼に笑顔を見せた。
「うまい物あったらすぐペリッパー便で送ってくれよ♪」
『…………』
土産を要求したバクフーンにみんなは絶句したが、これは彼なりの励ましなのだろうと解釈した。最後にウインディがヒトカゲの前まで来て、ヒトカゲの目を見ながらこう言った。
「……お前にはたくさんの仲間がいる。そして信頼されている。それはお前が成長している証である事を忘れるな。いいな?」
「うん!」
「『はい』だろ!」
「えっ、は、はい!」
まさかここで返事の仕方で注意されるとは思っておらず、ヒトカゲは焦る。さらにウインディはゼニガメ達に向けて言いたいことがあるようだ。
「ゼニガメ、チコリータ、ドダイトス。ヒトカゲの事をよろしく頼む。コイツは本当に私に心配をかけさせるほど……」
この発言はヒトカゲの事を心配するあまりのことではあるが、ウインディが列挙したヒトカゲの欠点が多すぎて、それを言っている間に船が来てしまった。
「あ、船来ちゃった。じゃあ行ってくる!」
ヒトカゲは元気に手を振りながら、ゼニガメ達と船へ乗り込んだ。船が出港するまで、デルビル、バクフーン、そしてウインディはずっと港にいてくれていた。ヒトカゲ達は彼らに大きく手を振って、ロホ島に別れを告げた。
「あいつら乗った?」
「はい。しかし、仲間が増えているようで……」
その頃、船の上ではあの3人が小声で話をしていた。小さい影、中位の影、そして大きな影。3人ともヒトカゲ達のことを見ているようだ。
「何人だろうと関係ないよ。前は失敗したけど、今度こそあいつらから何か奪ってやるわよ!」
『了解!』
3人は一致団結して、どこかに向かうために船の上を移動し始めた。この3人が船に乗っていることを、ヒトカゲ達はまだ知らずにいた。