第21話 アスレチックバトル
次の連絡船が来るまであと1日。ロホ島から動くことのできないヒトカゲ達は、最後になるであろう休暇を満喫することにした。ウインディとドダイトス以外のみんなは集まって何やら話をしていた。
「で、何して遊ぼっか?」
バクフーンがみんなに対して訊ねた。話し合いの結果、最後の1日は日が暮れるまで思い切り遊ぶことにしたようだ。
「ヒトカゲは普段何して遊んでたんだ?」
「いつもは鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり、あとは……」
ゼニガメの質問にヒトカゲが答えていた時、ヒトカゲの背後に怪しい影が1体、岩場から顔を覗かせていた。
「…………」
そのポケモンはヒトカゲの方を見ていて、狙いをヒトカゲに定めて突如走り出した。向かってくる存在にいち早く気づいたのはゼニガメだった。
「ヒトカゲ、後ろ!」
その声に反応してヒトカゲが後ろを向くと、そのポケモンは宙高くジャンプしていて、ヒトカゲが逃げようとする間もなく覆いかぶさるように突撃してきた。その勢いでヒトカゲとそのポケモンは地面をゴロゴロ転がっていった。
「た、大変ですわ!」
チコリータとゼニガメは急いでヒトカゲの元へ向かっていったが、バクフーンは何故かその場から動こうとしない。それどころか、表情1つ変えないでいる。
『ヒトカゲ! だいじょー……?』
2人はヒトカゲの元へ着いたとき、奇妙な光景を目の当たりにした。ヒトカゲを襲ってきたはずのポケモンが、自分の舌でヒトカゲの顔をペロペロなめていたのだ。
「キャハハハ♪ くすぐったいって♪」
「だって久々だからさ〜♪」
よく見ると、ヒトカゲは嬉しそうに1匹のポケモンと戯れていた。そのポケモンは黒い犬型で、頭に髑髏のようなものがあるのが特徴の、デルビルだった。
「ヒ、ヒトカゲ、大丈夫?」
「うん! あ、ゴメンね。このデルビルは僕の友達なんだ。いっつもああやって飛び掛ってくるんだ」
「はじめまして〜♪ デルビルでっす♪」
デルビルはヒトカゲから降り、右前足を上げながらゼニガメとチコリータに挨拶した。その顔は以前戦ったカイリューのようにニコニコしていた。もちろん彼と違って心から楽しそうな笑みである。デルビルがヒトカゲの友達だとわかると、2人は気軽になった。
「俺、ゼニガメ!」
「私、チコリータと申します」
2人も挨拶を返す。見た目から判断するに、デルビルはゼニガメとチコリータより少し年下のようだ。尻尾を振ってはしゃいでいる。
「ねぇ、デルビルを仲間に入れて遊んでもいいよね?」
ヒトカゲが少しだけ申し訳なさそうに訊ねたが、2人はもちろん快くOKした。はいしゃいでいるデルビルを見て、3人はほんわかと和んでいる。
「早くこっち来いよー!」
遠くからバクフーンがこちらに向かって叫んでいる。4人はバクフーンの元へ競争しながら行った。もちろん最後尾は安定のゼニガメである。
「よーし、集まったな。そしたら“アスレチックバトル”でもするか!」
ゼニガメとチコリータは初めてその名前を聞いた。アスレチックバトルとは何だろうと不思議に思っている2人のために、バクフーンが説明を始めた。
「“アスレチックバトル”っつーのは、簡単に言えば障害物競走みたいな感じだ。ちょっと普通の障害物競走と違うところがあって、それはお互いに相手の足元を自分の技で崩すことだな。ちなみに地面に足がついたら負けだけど、足場の残骸に足がのってるならOK」
「足元を崩す?」
「そっ♪ 例えば木の杭があるコースだったら、相手がのってる木の杭に“かえんほうしゃ”とか“はっぱカッター”とかをくりだして、相手の足場を崩してゴールできないようにすることだよ」
2人はそれぞれ場面を頭で想像し、ルールを理解することができた。初めて聞いた遊び方に興味を示し、目を輝かせている。
「じゃあ今日は……あっ、あそこをゴールにすっか」
バクフーンが指をさした方向をみんなが見ると、そこは岩山の頂上だった。その頂上までの道のりにはうまい具合にポケモンが乗れるくらいの小さな岩が点在していた。その岩を渡ってゴールを目指すらしい。
「やるぞー。みんな、位置についてー」
みんなが横一列に並んだ。その様子は運動会を彷彿させるもので、表情は真剣そのものだった。
「よ〜い、スタート!」
掛け声と共にみんなは一斉に走り出した。次々と岩に乗っかって我先にと岩を渡っていく。そんな中、先制攻撃を仕掛けたのはデルビルだ。
「“いわくだき”!」
デルビルは“いわくだき”をゼニガメの立っている岩に向かってくりだした。前足で強く蹴りにかかってきている。
「うわっとお! “まもる”!」
ゼニガメはとっさに岩にしがみつき、“まもる”を使った。そのおかげでゼニガメと岩は攻撃から守られ、“いわくだき”を受けずに済んだ。
「すかさず“シャドーボール”!」
「危ねっ!? “ハイドロポンプ”!」
デルビルが放った“シャドーボール”をゼニガメは“ハイドロポンプ”で押し返した。“シャドーボール”は軌道を変え、デルビルの乗っている岩に当たった。だが寸前のところでデルビルは別の岩に移っていた。
「なかなかやるなぁ!」
「そっちこそ!」
2人は楽しそうに、というよりは闘志むき出しでお互いを見ている。そんな熾烈な競争をしている頃ヒトカゲ達の方は、もといヒトカゲはえらい目にあっていた。
「何で何でなんでぇ――!?」
ヒトカゲは必死で逃げていた。何故なら「女性を守るのは当たり前」という理由でバクフーンとチコリータがタッグを組んで、ヒトカゲを追い詰めているからだ。おかげでとんでもない合わせ技を受けている。
「“はっぱカッター”!」
まずはチコリータが“はっぱカッター”でヒトカゲの乗っている岩を切り刻む。すぐに岩はボロボロに砕けるので、ヒトカゲは慌てて次の岩へとジャンプする。
「“かえんほうしゃ”!」
次にバクフーンが“かえんほうしゃ”を、地面に落ちた“はっぱカッター”の葉っぱに向けて放射。ヒトカゲがジャンプしているまさにその時、ヒトカゲの下で葉っぱが燃えて、その炎がまるでハードルのようになっている。
「危なっ! 急いで次に……」
「“ソーラービーム”!」
ヒトカゲは間一髪のところで逃げ切り、次の岩へ足をかけようとした。しかしチコリータの“ソーラービーム”で岩は砕けてしまった。
「えぇっ!?」
ヒトカゲが移ろうと思っていた岩は残骸となっていた。だが他に足をかけるような岩もなかったため、その残骸の一部に足をかけて再び次の岩へ移ることができた。
「これフェアじゃないでしょー!」
「いんや、こんなか弱い女性とヒトカゲを対等に戦わせるわけにはいかないじゃないか♪」
「そうですわ♪」
(どこが!?)
ヒトカゲはこの時、チコリータの事を「お嬢様はキャラに違いない」と思ったらしい。
「平和ですねぇ」
「そうですなぁ」
ヒトカゲ達が遊んでいる姿を、ウインディとドダイトスは遠くから見ている。草原の上に座り込み、心地よい風と太陽の暖かさを感じながらほのぼのと会話を楽しんでいた。
「いつから警備員を?」
「4年前です。宛てもなく放浪していたところを今仕えているご主人様に助けられまして」
「そうですか……それは幸運でしたねぇ」
しばしの沈黙。
「ガーディの頃からこの島に?」
「えぇ、生まれも育ちもここです。昔からこの島はちっとも変わりませんわ」
「それがこの島のいい所だと思いますよ」
再び沈黙。
『……昼寝しますかぁ』
声を揃えて言うと、2人はその場で昼寝を始めてしまった。2人とも隠していたが、会話し始めた時から眠かったようだ。
「“かみつく”!」
「“こうそくスピン”!」
「“かえんほうしゃ”!」
「“つるのムチ”!」
こちらは死闘を繰り広げていた。デルビルとゼニガメはどちらも一歩も引かないといった状況。ヒトカゲはチコリータとバクフーン対策を一生懸命考えながら逃げていた。
(このままじゃ2人に勝てない! どうすれば……)
ヒトカゲの頭の中ではいろいろなシミュレーションが行われていたが、一向に名案が浮かばない。その間にもチコリータとバクフーンは合わせ技で攻めてくる。
「逃げてばかりじゃ勝てないぞーヒトカゲ!」
「私達が勝利を収めちゃいますよ!」
最強、いや、この場合は最凶ペアがヒトカゲを煽(あお)る。策略が浮かばず、ヒトカゲも徐々に焦り始めている。
(2人が交代で攻撃してくるから、1人のときより攻撃回数が多くて、しかも素早い。動けなくなれば多少は……ん? あっ、そうか!)
よい作戦が思いついたのか、ヒトカゲはできるだけ素早く移動し、チコリータ達との距離を少し広げたところで立ち止まった。
「チコリータ、ちょっと待った! あいつ何を……?」
ヒトカゲの行動に気づいたバクフーンがチコリータを止めた。2人がヒトカゲの方を見ると、彼はまるで勝利を確信したかのように笑みを浮かべて岩の上に立っていた。
「悪いけど、この勝負、僕が勝たせてもらうからね!」
ヒトカゲが声高らかに叫んだ。その声はまだ後ろの方にいたゼニガメ達にも聞こえていたようで、ヒトカゲを除く全員がその場に立ち止まった。ヒトカゲは全員の位置を正確に把握すると、ある技をくりだした。
「“えんまく”!」