第20話 神との交信
その日の夜、ヒトカゲの家に来た全員が泊まることになった。ヒトカゲの部屋にはゼニガメ、来客用の部屋にチコリータ、その扉の前にドダイトス、居間ではウインディとバクフーンが寝ている。特にヒトカゲに至っては昼間の特訓のせいもあり、爆睡している。
「……zzz……」
ヒトカゲは安心しきっている表情で寝ているようだ。口から涎が少し垂れ、夢も見ないほど深い眠りについている。
《……ヒトカゲ……》
《……聞こえるか? 返事をしてくれ……》
突如、ヒトカゲの頭の中に声が響いているような感じがした。だがヒトカゲにしてみれば夢を見ている感覚だったので、気づかない。
《……起きてくれ……》
《……頼む、ヒトカゲ。気づいてくれ……》
なんとなく胸騒ぎがしてきたようで、ヒトカゲはハッと目が覚めた。そして誰かから声をかけられた気がしていた。ヒトカゲは辺りを見回すが、横で眠っているゼニガメしかいない。
(気のせい?)
きっと悪い夢でも見ていたのだろう、そう思ったヒトカゲは再び眠りにつこうとした。しかし、すぐにそれは夢でない事に気づかされた。
《……ヒトカゲ、返事をしてくれ……》
(……えっ?)
今度ははっきりとヒトカゲの耳に聞こえたようだ。間違いなく、誰かが自分の事を呼んでいるのがわかった。言われるがままにヒトカゲは返事をしてみた。
「だ、誰?」
ヒトカゲが小さな声でそう言うと、わりとすぐに答えが返ってきた。相手は落ち着いた、男性的な声をしている。
《気づいたか。私は、君らの言う『海の神』だ》
何と声の主は、ヒトカゲが今最も会いたがっている存在である『海の神様』だという。当然だがヒトカゲは驚いて一気に目が覚めた。
「えっ!? ど、どうやって!? というより何で海の神様が!?」
《……テレパシーで交信しているだけだ。詳しく説明している時間はない。ヒトカゲ、一度しか言わないからよく聞いてくれ》
海の神様はヒトカゲの「うん」という返事を聞くと、声色を変えずに語り始めた。
《ヒトカゲ、お前に頼みがある……私を助けてくれ》
「た、助ける?」
《そうだ。私はある事情から外に出られない状況下にある。それを解決するにはお前にある事をやってもらいたい》
「……何でしょうか?」
ヒトカゲは動揺していて、頭の中でごっちゃにならないよう今の説明を必死に理解しようとしている。海の神様はゆっくりと、確実に伝わるように説明した。
《この7つの島の集まり、ポケモンアイランドには、各島に勾玉が存在する。『水の勾玉』『草の勾玉』『炎の勾玉』『雷の勾玉』『霊の勾玉』『氷の勾玉』『地の勾玉』がそれだ。これらを全て集めて、アスル島の神殿に持ってきてもらいたい》
「それでいいんですか?」
《いや、まだだ。勾玉を持っていくと、私と対等な関係にある者がそこ現れる。彼らにこの事――私の置かれている状況を説明してほしい》
どうやら簡単には海の神様のいるところまでは行けないらしい。それぞれの勾玉の名前と、それを持っていくべき場所をヒトカゲは1つ1つをしっかり整理して覚えた。
「そうすれば、助かるんですね?」
《……おそらくな……》
海の神様は少し言葉を濁した。その言葉が何を意味しているかはわからなかったが、ヒトカゲは敢えて聞かないことにした。
「わかりました。必ず助けますから、待っててください!」
はきはきとしたヒトカゲの返事を聞いた海の神様は、さらに伝えたい事があるらしく、続けて話を進めた。
《それでだ、お前に質問がある。“詠唱技”を使ったことがあるか?》
この時、ヒトカゲは“詠唱技”という単語を初めて聞き、首を傾げる。実際にはカイリューに対して使った事があるが、無意識状態であったため覚えていないのだ。
いいえ、その言葉は初耳ですと答えたヒトカゲ。詠唱技を一切知らない彼のために、海の神様は丁寧に説明を始めた。
《……これは重要な事だから、よく覚えておいてくれ。“詠唱技”というのは、ポケモンの持っている能力を最大限にまで上げることができる、呪文のようなものだ。そして、お前はこの“詠唱技”を使える限られたポケモンのうちの1人だ》
「……僕が“詠唱技”を使える、限られたポケモン?」
《あぁ、そうだ。これを唱えると、お前は覚えている技の全て――特にほのおタイプの技の威力が相当なものになる。“ふんか”“オーバーヒート”“フレアドライブ”“ブラストバーン”がいい例だ》
この時、疑問が生じた。何故ヒトカゲは自分が覚えていないはずの技が使えるのだろうか、そしてそれを彼が使えることを何故海の神様は知っているのだろうかと。
「ま、待ってください。“詠唱技”は能力を上げるものなのに、何で僕が習得していない技が使えるんですか?」
《……お前は元から覚えているのだ。その事を忘れているだけだ》
「えっ?」
海の神様はさらりと理由を述べたが、この時のヒトカゲには意味不明なものだった。
《それは時が解決してくれるはずだ。……話を元に戻すと、その詠唱すべき言葉を今から言う。1文字でも間違えては意味がない。しっかり覚えてくれ》
そう言うと、ヒトカゲと海の神様は一緒に詠唱すべき言葉をゆっくり唱え始めた。
【紅蓮の炎を操る神よ 我ここに誓う 我と汝の力ここに集結し時 我の前に現る悪を持つものに 粛正の咆哮を与えん】
ヒトカゲは忘れまいとして頭の中で何回も繰り返し唱えた。完全に頭に入ったと確信すると、顔を上げてもう1度復唱した。
「はい、覚えました」
《忘れることのないようにな。……この技はかなりの体力を消耗する。今のお前の体ならなおさらだ。注意しろ》
この注意を聞いて、ヒトカゲは頭の中で繰り返し言ったことで体力がかなり削られたと勘違いして、慌てだした。
《本気で念じて口に出さないと意味がない》
(あぁ、よかった……)
その様子を悟ったかのように、海の神様がフォローしてくれた。恥ずかしい思いをしたヒトカゲの顔はほんのり赤くなる。
《……それでは、頼んだぞ。あまり長く交信していては、何者かに気づかれかねない。事態は急を要する。ヒトカゲ、この世界の運命はお前が握っていると言っても過言ではない。頼む、私を救ってくれ……》
「ま、待って! どういう事なの!?」
ヒトカゲが疑問をぶつけたが、その時にはテレパシーは途絶えていた。再び静まり返った夜に戻り、ヒトカゲただ1人が起きているだけだ。
「僕が、世界の運命を握っている……? それに、技を習得したのを忘れている……?」
今聞いたことは全てが謎だらけであった。
ヒトカゲが世界の運命を握っているということは、どういう事なのか。ただ言えるのが、記憶喪失になる前に何か重大な出来事が自分にあったに違いないということだ。
そして、技について。ヒトカゲが1番疑問に思っているのが“ブラストバーン”だ。本来、御三家と呼ばれるポケモンの最終形態しか習得できないはずの技の1つである“ブラストバーン”を、何故ヒトカゲが覚えているのか。それを考えているうちに、空は明るくなっていた。
「……っていうことがあったんだ」
昼間、昨日特訓していた場所でヒトカゲがみんなに説明した。全員が仰天しながらその話を聞いていた。情報量も多く、把握するのに少し時間を要した。
「だったら、百聞は一見にしかずってことでさ、“ブラストバーン”やってみるか!」
そう提案したのはバクフーンだった。その言葉にヒトカゲが黙って頷き、早速戦闘態勢にはいった。海の神様から教えてもらった詠唱を唱えているときにはヒトカゲの周りで渦ができていた。それを見たみんなは初めてみる光景に興味津々だ。
「これが、詠唱の効果なの?」
「すげっ……」
ゼニガメ達が傍から見ていても、ヒトカゲが放っているオーラが明らかに違うと理解できるほどだ。まるで体中に炎を纏っているように見えている。
「準備できたよ」
「おーし、それじゃいくぞ。俺も久々に出すぜ〜! せーのっ!」
『“ブラストバーン”!』
次の瞬間、2人から勢いよく炎が放たれ、それは互いに衝突した。そして衝突した炎はそこで大爆発を起こした。
『ぐわぁっ!』
その場にいたほぼ全員がその爆風によって吹き飛ばされてしまった。ドダイトスだけは必死に地面に立っていることができたが、それでも爆風で押されて後退していた。
「はぁっ……つ、強ぇ。俺の“ブラストバーン”と互角だなんて……」
上半身を起こしたバクフーンがとても驚いていた。もちろん技を放ったヒトカゲや、それを見ていたみんなが我が目を疑っていた。
「ヒトカゲ、凄ぇ!」
「あ、あり得ん……」
「す、凄いですわ!」
「私より強いのでは……?」
ゼニガメやウインディ、チコリータやドダイトスまで驚きと賞賛の声を挙げた。誰もが、ヒトカゲの小さい体からこれほどの威力の炎が放てるとは想像もしてなかった。
「何事だ!?」
その時、そう言いながら1匹のポケモンが駆け足でヒトカゲ達のところへやってきた。アイランドの番人のエンテイだ。
「こ、こいつと“ブラストバーン”をぶつけただけさ……」
近くにいたバクフーンが指をさしながら説明した。エンテイが指さされた方向を見ると、そこにはヒトカゲがいた。
「バ、バカな!? ヒトカゲが“ブラストバーン”を使っただと!?」
さすがのエンテイも驚かずにはいられなかった。彼もまた混乱しかねないため、ヒトカゲはもう1度昨日の出来事を説明した。
「……という訳なんです。自分でもよくわからないけど、とりあえず使えるようになりました」
一通りの説明をしてもらったエンテイは、納得したようだ。そして心なしか、安堵した表情を浮かべていた。
「そうか……お前にその勾玉を渡しておいて正解だったかもな」
「あの、何で僕にこの勾玉を渡してくれたのですか?」
ヒトカゲはずっと気になっていた事を質問した。お守りとはいえ、海の神様の説明によればこの勾玉は重要なもの。それをどうしてヒトカゲに託したのだろうか。
「その『炎の勾玉』は、ほのおタイプのポケモンの基礎体力を上げる力があるのだ。まだ力量が足りなかったお前に持たせておけば役に立つと思って渡したが、まさかこんな形で役に立つとはな……」
エンテイはまだ驚きを隠せないままでいた。おそらくエンテイにとっても、この詠唱技を見るのは初めての事なのだろう。
「ヒトカゲ、お前に任せたぞ。頑張るのだ」
そう言うと、エンテイは再び駆け足でどこかへ行ってしまった。みんなはその様子を黙って見ていた。その一言でヒトカゲは事の重大さを再認識し、軽い放心状態にあるのか、ぼーっとしていた。
「ヒトカゲ、もちろんやるよな?」
ゼニガメが近寄って声をかけてくれた。
「私も一緒です。ヒトカゲの味方です」
「お嬢がそう言うなら、私も同じです」
チコリータ、ドダイトスもヒトカゲに笑顔で声をかけてくれた。
「私は、お前のことを信じてるからな」
「俺だって、いくらでもフォローしてやるよ♪」
ウインディもバクフーンも、ヒトカゲの事を応援してくれている。ヒトカゲにとってこんなに嬉しいことはない。みんなの方を見渡すと、気持ちを切り替えて答えた。
「僕、やるよ。絶対に……やり遂げる!」