第19話 特訓
船に乗って数時間後、4人はヒトカゲの住んでいる島、ロホ島に到着した。ゼニガメ達は初めて見る景色に目を奪われているが、ヒトカゲには懐かしくてたまらなかった。
「ほぇ〜すげーな、あれ!」
ゼニガメが見たもの、それは他の島にはない活火山だった。山頂からは煙が出ている。ゼニガメと同じように、チコリータとドダイトスもその火山に見とれていた。
「でしょ? あっ、まずは家に行かなくちゃ。ついてきて!」
ヒトカゲ曰く、真っ先に父親に顔を見せなければと思ったのだとか。挨拶ついでに、他の3人もヒトカゲの家へ向かって歩き始めた。
「ん〜昼はやっぱりこれだな」
その頃、ヒトカゲの家では、ウインディが他の島から買ってきた「モーモーミルク」を火にかけて温めたものを器に入れていた。これを飲むのがウインディの日課でもあり、楽しみでもあった。
「いただきまー……」
「ただいま!」
今まさにそのミルクを飲もうとした、その時だった。突如、バンッという音がして扉が開いた。そしてその先には旅に出ているはずのヒトカゲがいた。
扉の音とヒトカゲがいることに驚いたウインディは、思わず足元に置いていたミルクの入れ物に足を引っ掛けてしまった。
「があぁあっちいぃ――っ!」
熱々のミルクが宙を舞い、全てウインディにかかってしまった。あまりの熱さにウインディは部屋中を右往左往し、何が起こったのかがわからないヒトカゲ達はただその様子を見ているしかなかった。
数十分後、チーゴの実を食べてやけどを治したウインディは、みんなの目の前でヒトカゲを説教していた。ヒトカゲは下を向いたまま正座をしている。
「いくら自分の家だからってああいう入り方はないだろ!」
「ごめんなさい……」
ゼニガメ達はその様子をただ黙って見ているしかなかった。ヒトカゲを憐れむというよりは、ウインディの父親としての姿(もっと言えば怒鳴っている姿)に恐ろしさを抱いたせいだろう。
「お前はいつも気を使うということをだな……」
「あの、そろそろ許してあげては?」
見るに見かねたドダイトスが助け舟を出した。ヒトカゲにとっては説教が中断される大チャンスだったが、その期待は叶わぬものとなった。
「すみません。これが私の方針なもので」
「あっ、そうでしたか……」
(あっさり納得しすぎ――!)
ウインディの目つきが相当怖かったのだろうか、ドダイトスは簡単に折れてしまった。そこからまたお説教タイムが始まろうとしていた、その時、誰かが扉をノックしてきた。
「お〜っす!」
扉が開き、聞こえてきたその声にヒトカゲは聞き覚えがあった。目線を来客の方に向けると、ヒトカゲにとっては懐かしい姿があった。
「……バクフーン兄ちゃん!」
そこにいたのは、ヒトカゲの遊び相手になってくれている、近所に住むポケモン――黄色と深緑の毛が特徴的な種族であるバクフーンだ。
「いや〜、ついさっき、旅に出たはずのお前を見かけたからさ、ちょっと寄ってみたんだ! あっ、ウインディのおじさん、ども!」
陽気な性格のバクフーンは持ち前の明るさで、先程までの重い空気を一瞬にして変えてしまった。ただいきなり空気が変わったためか、彼以外固まってしまっている。
「そういや、こっちにいるのって誰?」
そんな空気はお構いなしに、少し失礼な言い方でバクフーンが訊ねた。みんなはまだ頭がフリーズ状態だったため、ヒトカゲが代わりに紹介し始める。
「こっちからゼニガメ、チコリータ、ドダイトス。旅の途中で知り合って、みんな僕と一緒に旅するって言ってついて来てくれてるの!」
「ほぉ〜。みんなよろしくな!」
バクフーンが軽く挨拶をし終わると、ようやくみんなの気持ちが和やかになった。その場で少し談笑していた時、ヒトカゲがあることを思いついた。
「あのさ、バクフーン兄ちゃん。もし忙しくなかったら、僕と特訓してくれない?」
ヒトカゲからの突然の提案にバクフーンは首をかしげた。というのも、バクフーンはヒトカゲから「特訓」という言葉を聞いたことがなかったからだ。
「へっ、特訓?」
「このままじゃもし敵が現れたりしたら、勝てないもの。だから特訓して強くなりたいんだ。そうすれば安心かなって」
やはりみんなに心配をかけさせたくないのか、強くなりたいと思うようになっていた。しかしこの時、ヒトカゲは敢えて自分の命を狙う者の存在を明らかにはしなかった。
「あ〜全然いいぜ! 早速明日から始めるか!」
「ホントに!? ありがと〜!」
バクフーンの返事を聞いた途端、ヒトカゲは嬉しさのあまりバクフーンに抱きついた。バクフーンはこんなヒトカゲの事を自分の弟のように可愛がっているのだ。バクフーンがヒトカゲの頭を撫でている姿をゼニガメは懐かしそうに見ていた。
(そういや昔、よく兄さんにああやってもらったな……)
ゼニガメは心の中で、早くカメール兄さんが見つからないかな、と呟いた。
次の日、がっつり昼まで寝ていたヒトカゲとバクフーンは、火山近くの岩場に来ていた。ゼニガメ達はウインディのお手伝いをさせられているため、ここには2人しかいない。互いに向き合うと、バクフーンが説明を始めた。
「ルールは簡単。俺が技の名前を言ったら、お互いその技をぶつける。んで、俺が少しずつ威力を上げていくから、限界だなって思うギリギリのところまでふんばる。オーケー?」
「うん、わかった!」
ヒトカゲがそう言うと、2人とも姿勢を少し低くして、攻撃態勢にはいった。特訓とはいえ、2人の顔つきは真剣そのものだ。バクフーンに至ってはまるで怒っているかのような目つきでヒトカゲを睨んでいる。
「それじゃあまずは……“かえんほうしゃ”だ!」
『せーのっ!』
2人が声を揃えると、勢いよく“かえんほうしゃ”が放たれた。その炎はヒトカゲとバクフーンの中間地点で壁となっていた。
(おーなかなか強くなってるじゃん!)
バクフーンは率直な感想を思い浮かべながら、その威力を徐々に上げていった。すると中間にあったはずの炎の壁が、どんどんヒトカゲ側に押し寄せられていた。
(わわっ、迫ってくるっ!)
だんだん威力が強くなってきているバクフーンの“かえんほうしゃ”に圧倒され、ヒトカゲは頑張って足の爪をたててふんばっているが、ガリガリ音を立てながら地面が削られていき、体が後退している。
「あーダメだ!」
限界に達したのか、ヒトカゲは“でんこうせっか”でその場から退いた。そしてヒトカゲがいた場所には、バクフーンの“かえんほうしゃ”が一気に流れてきた。それにより、周りにあった岩が砕けてしまった。
「つ、強っ……」
その光景を見て、ヒトカゲが改めてバクフーンの強さに驚いた。ここまで強いと思っていなかったらしく、口を開けたまま砕けた岩の残骸を眺めている。
「ヒトカゲ、思ったより強くなってたぞ? 旅の途中でいっぱいバトルしたんだろうな」
「あ、いや……」
実際にヒトカゲがバトルしたのは、島から出るときにエンテイと、セレステ島でカイリューと、船の上で3バカとの3回である。とはいえ、カイリューとの時はヒトカゲの記憶にないし、3バカとの場合はバトルというよりは一発かました程度である。
「そんじゃ、次は……“だいもんじ”で!」
『せーのっ!』
次は2人から“だいもんじ”が放たれた。“かえんほうしゃ”の時のように、今度は「大」の字の壁ができた。だがこれも先程と同様に、バクフーンの圧倒的な威力によりヒトカゲは回避してしまう。
「はぁ、はぁ、バクフーン兄ちゃん、強いって……」
「そうか? まだ半分も力出してねぇぜ? じゃ〜次いくぞ〜!」
この後も“かえんぐるま”などで2人は同じ事を繰り返した。ヒトカゲは必死に食いつこうと頑張るが、バクフーンの技の威力には耐えられなかった。バクフーン曰く、これを繰り返すことで強くなっていくらしい。
日がすっかり落ちた頃、2人の特訓はようやく終わった。何回技を放ったかわからないほど特訓に時間をかけ、その結果周りの岩は半分以上が粉々になっている。
「は〜久々にやったな〜♪」
「そ、そう……」
とっても満足気に感じているバクフーンと、もう一歩も歩けないほどへとへとに疲れたヒトカゲは、その場に座って話を始めた。
「何でバクフーン兄ちゃん、こんなに強いの?」
いつもは陽気に振舞っているだけなのに、この強さはどこから来ているのだろうか。前から気になっていたことをヒトカゲは言ってみた。
「俺か? 昔……ってもそんな前じゃないけど、俺がバクフーンになったばっかりの頃に旅に出たからかなぁ。それに、バトル大好きだからよ♪」
「えっ、旅に出たの?」
「あぁ。外の世界を見たくなってよ。このアイランドだけじゃなく、他のところも仲間と一緒に行ったさ。懐かしいな〜」
ふとした昔話をきっかけに、バクフーンはしみじみと旅をしていた頃のことを懐かしんだ。頭の中には、色々な想い出が噴水のように吹き出してくる。
「あいつら、何してるかなぁ……」
「あいつらって、バクフーン兄ちゃんの仲間?」
「そっ。旅が終わってから、まだ誰とも再会してないからさ。旅が終われば、みんなそれぞれ別の道を歩む。永遠の別れじゃないってわかってても、自然と悲しくなるもんさ」
この時、ヒトカゲはバクフーンの顔が少しだけ寂しさを帯びているように見えた。ちょうどその時、遠くからゼニガメがやって来た。
「夕飯できてるぞ〜!」
“夕飯”という言葉にいち早く反応したのは、今の今までちょっと寂しさに浸っていたバクフーンだった。目に力が入り、体が瞬時にゼニガメの方を向く。
「夕飯!? 俺の分あるのか!?」
「あるよ〜!」
ゼニガメの返事を聞いた途端、疲れを一切感じさせないものすごい速さでヒトカゲの家に向かって走っていった。
「うおー待ってろ俺のメシ〜!」
『…………』
この時ヒトカゲとゼニガメは、食べ物が絡むと極端に変わるポケモンを初めて見たという。