第17話 ぶっ壊し
無事にチコリータの部屋まで辿り着くことができた3人。その部屋を見渡すと、お嬢様らしく豪華なものがたくさんあるかと思いきや、意外にもゼニガメの部屋とあまり変わりなく、一般的な家具や家電、そして寝床用の草が敷いてあるという至ってシンプルなものだった。
「へぇ〜普通の部屋なんだ」
「私、豪華なものとかそんなに好きじゃないのです。普通が1番だと思っているもので」
これを聞いて、2人はチコリータの事を「庶民派お嬢様」と思った。やはり初対面のイメージ同様、親しみやすさを感じることができて気が緩む。
「それで早速本題に入るけど、何があったの?」
ヒトカゲはチコリータの方を見ながら質問した。チコリータが出してくれたお菓子を食べながら言ったので、真剣さはまるで感じられない。
「実はですね、この島にもう1つお金持ちの家があるのです。名前は『フシ』家。セレステ島の飲み屋街のオーナーです」
2人はセレステ島の飲み屋街の事を頭に浮かべながら話を聞いた。言われてみれば、飲み屋の看板に“フシ”という文字をよく見たなと思い返す。
「それで、そのオーナーのフシさんと私の父が、勝手に私とフシ家のご子息を結婚させようと決めたのです!」
「なんだって!?」
いわゆる、許嫁というものである。それは酷い話だとゼニガメは驚いているが、ヒトカゲはそうでもないようだ。
(あぁ、昼ドラでよくあるパターンか)
そういう理由らしい。
「理由はわかっています。おそらくフシさんは我が家の財産が目的なのでしょう。そんな結婚あってはなりませんし、それに……」
そこまで言うと、チコリータは言葉を詰まらせた。どうしたのかと心配そうにゼニガメがチコリータの顔を覗いたが、何故か彼女の顔は赤らんでいた。
「……キャハ♪ 恥ずかしい〜」
チコリータはいきなり1人で照れ始めた。頭の葉っぱで顔を覆ったりしている。彼女のただならぬ様子に戸惑いつつも、2人は成り行きをそっと見てあげることにした。
「私、心に決めた人がいるのです」
チコリータが2人に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。ここまで聞くと興味が一気に薄れ、脱力感が体を支配する。
「はぁ、警備員のドダイトス様……あなたは何で私をこんなにも苦しめるのですか。恋という名の病で」
完全に妄想の世界に入ってしまったチコリータ。2人は声をかけるが、まるで反応がない。そのままチコリータは窓の方へ行き、そこから外を見た。目線の先には、庭を警備しているドダイトスがいた。
ドダイトスというのは、大きな陸亀のようなポケモンで、最も特徴的なのが背中にある広葉樹だ。数年前からこのメガ家で警備員として働いている。
「おおドダイトス様。あなたはどうしてドダイトス様なの……?」
もうこの状態のチコリータを止めることはできないようだ。2人はチコリータの気が済むまでお菓子を食べて待っていることにした。
「で、私どうすれば……」
妄想の世界から帰ってきたチコリータが真剣に悩み始めた。その頃には、2人は用意してくれたお菓子の9割を消費していた。
「って言ってもなぁ。親にこの事言ったのか?」
「はい。言いましたが、全く真に受けてくれないのです」
ゼニガメは頭を抱えて一生懸命対策を練った。しかしゼニガメの頭は決して良いものではない。考えることが苦手で、時間を費やすほど頭痛が増してくるようだ。
「う〜ん、難しいなぁ。どうやったらうまく破談にもちかけることができるんだ」
そう簡単に解決法が見つかるはずもなく、ひたすら策を練り続けようとするゼニガメ。だが、それを遮断して入ってきたのは、ヒトカゲだ。
「簡単だよ。顔合わせする時にさ、ぶっ壊しちゃおう♪」
突拍子もなく、何とも単純で豪快な提案に2人は驚かざるを得なかった。そんなことを笑顔で言い放ったヒトカゲを、若干恐ろしく感じている。
「ぶ、ぶっ壊しちゃおうって、お前……」
「どうすればよいのですか?」
「じゃあ、今から作戦会議ね!」
ヒトカゲを中心として、破談のための作戦会議が開かれた。そこでは2人にとってはお遊びのように聞こえても、ヒトカゲにとっては真剣な提案が多く披露された。
とうとうメガ一家とフシ一家の顔合わせの日がやって来た。大部屋にはすでにメガ一家の主・メガニウムと、フシ一家の主・フシギバナとその息子・フシギダネが席に座っていた。その様子を隣の部屋の隙間からヒトカゲとゼニガメが見ている。
「そろそろだね。いやぁ〜ハラハラする〜♪」
「ヒトカゲ、絶対楽しみで仕方ないだろ」
不安と楽しみが混じりながら待っていると、大部屋にチコリータがやって来たようだ。一応親のいる手前、首には高そうな宝石がついた飾りをつけている。
「お待たせ致しました」
扉の前でお辞儀をすると、チコリータがヒトカゲ達に気づいたようだ。そっちを見ながら他のみんなにバレないように不敵な笑みを浮かべ、勝負に出るという意思を伝えた。そしてすぐに落ち着きのある表情へ戻した。
「早く席につきなさい」
「はい、お父様」
メガニウムに促されたチコリータはその場から急ぎ足で席に向かおうとした。だが、残り1mくらいのところでカーペットに足をひっかけ、前のめりになった。
チコリータはとっさに“つるのムチ”で何かにつかまろうとしたのはよいが、何と“つるのムチ”はフシギバナの首にからまった。
「ぐ、苦しっ……」
「あら、申し訳ございません」
慌てて蔓を放し、フシギバナに謝った。実はもうすでに作戦は始まっていたのだ。ヒトカゲ達が考えた作戦、それはフシギバナにあれこれ仕掛け、怒らせて本音を吐かせるというものだ。
「こらチコリータ! フシギバナさんに何をやっているんだ!」
「申し訳ございません、フシギバナ様」
「いや、いいんだよ」
顔は笑いながら許してくれたフシギバナだが、目が何かを必死にこらえているように見えた。おそらく我慢しているのだろうと窺える。
次に行動を起こしたのは、チコリータが席についてからだ。お手伝いのベイリーフが紅茶とお菓子をテーブルに並べ終わったときに、席についている全員が紅茶に口をつけた時だった。
チコリータはこっそり“はっぱカッター”をテーブルの下に放ち、それをフシギバナの座っているイスの足にヒットさせた。
「……熱いぃ!」
“はっぱカッター”はイスの足をカットし、それによりバランスを崩したイスがガタッと音を立てると同時に紅茶を持ったままのフシギバナの体勢も崩れ、カップの中の紅茶のほとんどが頭にかかってしまったのだ。その場にいた全員が驚き、慌てふためいている。
「ははっ、いい気味だな」
影から見ていたゼニガメもこれには面白く感じた。ちょっとだけ自分もあの場に入ってイタズラをしてみたいと思うほどだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……」
メガニウムが心配して声をかけたが、フシギバナは大丈夫としか言わない。先程と違うことがあると言えば、もう彼の顔は笑顔をつくれなくなっていることだ。
(このチコリータめ、何を考えている?)
フシギバナはチコリータが犯人だと知っていた。だがせっかくのチャンスを逃すわけにはいかなく、何とかして話を進めることに重点を置くことにした。
「私の事はいいので、話を進めましょう」
(そう言うと思いましたわ! ならば……)
チコリータは次の作戦にいくことにした。すでに準備はできていて、待ってましたと言わんばかりに行動に移す。
「ねぇフシギダネさん。私のこと、どうお思いになられているのかしら?」
突然の質問にフシギダネは緊張している。フシギダネ自身は、チコリータに良い印象を抱いているため、声をかけられただけで顔を真っ赤にしている。
「は、はい! ぼ、僕は、チコリータ様が、す……す……」
「言いづらいのでしたら、態度で示してもらいましょうか」
「えっ?」
そう言うと、チコリータはテーブル越しにフシギダネに顔を近づけている。これはまさしく、キスしようとしているところだ。フシギダネは失神しかけている。
『や、やめなさい!』
メガニウムとフシギバナが慌てて止めようとした。その時、ゴツッという鈍い音が聞こえた。その音のした方を見ると、フシギバナの顔面が赤くなっていた。
「ぐへっ!」
実はチコリータは太陽の逆光を利用した、見えない“ひかりのかべ”をつくり、その壁にフシギバナが突っ込むように仕向けた罠だった。
ここまでコケにされたフシギバナは怒りを抑えられなくなっていた。理性より先に口から言葉が出てしまったのだ。
「おいお前っ! 何で私の邪魔をするのだ! これでは手に入るものも入らなくなってしまうだろうが!」
ついにフシギバナは本音を口に出してしまった。我に返ったフシギバナは一瞬にして気まずそうな表情に変わった。少しの沈黙の後、メガニウムが口を開いた。
「手に入る……とは、何のことですか?」
「あっ、だからそれはその……」
「メガ家の財産だよね?」
フシギバナの代弁をするかのようにヒトカゲとゼニガメが隣の部屋から出てきた。大部屋にいたチコリータ以外の全員は驚いたが、冷静になったメガニウムがフシギバナを問いただした。
「この子達の言っていることは本当ですか?」
フシギバナは完全に追い詰められていた。目に入ってくるのはメガニウムのにこやかながらも冷たい視線と、チコリータ達の怒りの眼差し。それに負けてしまい、正直に「はい」と答えた。
「そうでしたか。それでは仕方ありませんね」
微笑んだメガニウムがそう言うと、何故か少し後ろに下がった。その場にいた全員がその不可解な行動に首をかしげた。次の瞬間、メガニウムの表情が一変、険しいものへと変わった。
「“ハードプラント”!」
何とメガニウムはフシギバナに向かって「草」の究極技である“ハードプラント”を放った。無数の茨(いばら)つきの植物が床下から勢いよく出てきて、それら全てがフシギバナに当たった。技をくらったフシギバナは一瞬にして気を失ってしまった。
「もう二度と私達メガ家に近づかないでくださいね」
優しい表情に戻ったメガニウムはそのまま部屋を後にした。その場に残ったのは、失神したフシ家2人と、“ハードプラント”によって破壊された残骸だった。
「き、君のお父さん、怖いね……」
「そ、そうですね……」
ヒトカゲ・ゼニガメ・チコリータ、そしてお手伝いさん等その場にいた全員は、全てが片付いた後もしばらく呆然と立ちすくんでいた。