第15話 3バカ
「あ〜、最高〜」
「幸せすぎる……」
穏やかな日差しが照りつける午後、アイランドの各島を結ぶ船のデッキに2人はいた。パラソル付きのテーブル席に座り、ミックスジュースを飲みながらのんびりしている。
「こういう贅沢、一度してみたかったんだ〜」
「俺も〜」
2人は海を眺めながら談笑した。船がロホ島に到着するまではまだたっぷり時間がある。おまけにデッキにいるのは2人だけ。まさに極楽であった。
『はぁ〜生きててよかったぁ〜』
口を揃えて2人がそう言うと、あごをテーブルにつけ、昼寝を始めた。
しばらくすると、ヒトカゲとゼニガメしかいないデッキに3匹のポケモンが現れた。彼らの視線は昼寝中のヒトカゲ達に向けられていた。
「おい、見てみ。こんな船にガキ2人だけってことは……」
「間違いなさそうですね」
「これはまさしく……」
3匹のポケモンが同じ事を思ったようだ。互いに顔を合わせて口を揃え、『金持ちのポケモン♪』と笑みを浮かべて言った。
「どうします?」
「そんな事聞かなくても決まってる」
「そりゃあもちろん……」
再び顔を合わせて、3匹同時に『奪うしかない♪』と言った。息がピッタリだ。
「それじゃあお前ら、いつも通りに!」
『了解!』
どうやらこの3匹はヒトカゲ達から金を取ろうとしているらしい。もちろんそんな状況になっていることに気づかずにヒトカゲとゼニガメはぐっすり寝ている。
「じゃあまず俺が先に行くぜ!」
そう言って前に出たのが、世間では「華麗な泥棒猫」という異名を持つペルシアンだ。ペルシアンは足音を立てずにそっと2人に近づく。彼の目にはヒトカゲの荷物しか映っていない。
「フン、バカなガキだな。大人って奴はそんな甘くないんだよ。俺が見せてや……」
カッコいい台詞を言いながら歩いていた、その時だった。寝ぼけたゼニガメがこぼしたミックスジュースがデッキにこぼれていたことに全く気づかずに、ペルシアンはそこに足を置いてしまった。
「らあぁぁ――!?」
ペルシアンは足を滑らせてしまった。そしてタイミングが悪く、先程船員がデッキにワックスをかけたばかりだった。おかげで止まることなく勢いよく滑っていき、ヒトカゲ達の向こう側にある、客室につながるドアに正面から激突してしまった。
「…………」
ペルシアンはドアに貼りついたまま気絶してしまったようだ。
「バカなのはどっちだよ……」
おもわず仲間が突っ込みを入れた。
「仕方ねぇなぁ、俺がやる」
次に前に出たのは、「俊敏な狩猟蛇」と呼ばれているアーボック。2人が起きないようにある程度のところまで近づくと、自分の尾を巧みに使ってテーブルまで尾を伸ばした。
「泥棒ってもんはな、俺みたくこうやって静かにやるのが一番い……」
そう言いながらテーブルの上に尾を乗せた、その瞬間だった。おそらく食べ物を食べている夢を見ているヒトカゲが、無意識にアーボックの尾にかじりついた。
「う〜ん、バウムクーヘン食べる〜……」
「いい痛っ※〒☆%#*@!」
声にならない声でアーボックは痛みに我慢できず、思いっきり叫んだ。しかもヒトカゲはなかなか咬みついたまま放そうとしない。その間もずっと悶え苦しむアーボック。
ようやくヒトカゲが咬みつくのを止めた頃には、アーボックの尾にはくっきりと歯型がつき、内出血していた。
「て、手強いぞあいつら!」
痛みを必死にこらえながら、アーボックはもう1人の仲間のところへ戻って来た。
「なんという卑怯なマネを……」
気絶していたペルシアンも戻って来た。顔が真っ赤になっている。
「お前ら使えない奴らだねぇ! もういい! アタイが行く!」
ペルシアンとアーボックに呆れながら最後に出てきたのが、このグループのボスであり、自らを「トリッキーウーマン」と称しているメスのオオタチだ。
早速金を奪いに行こうとしたが、あまりにこの3人のやりとりがうるさすぎたせいか、ヒトカゲとゼニガメが起きてしまった。
「……どちら様?」
「……何か用でも?」
眠そうな目をした2人が3人組に向かって尋ねた。3人は驚き慌てたが、何としても金が欲しいという気持ちのせいか、自分達から名乗ることにした。
「“この世に平和がある限り、脅かすのが我らの使命”」
「“この世に金がある限り、奪うのが我らの義務”」
「“全てのものは我らの手中にあり! 勝利の二文字しか有り得ない”」
「華麗な泥棒猫・ペルシアン!」
「俊足な狩猟蛇・アーボック!」
「トリッキーウーマン・オオタチ!」
『チームロバーズ、参上!』
上から順にペルシアン・アーボック・オオタチが台詞を言い、3人同時におきまりのポーズをきめた。黙って見ていたヒトカゲとゼニガメは、口をあんぐりさせたままだ。
(……何がしたいの? この人達)
(これが“3バカ”ってやつか。しかもカッコ悪……)
ものすごくアホくさいといった表情で2人は同じ事を思った。彼らが自分達より年上なのは間違いないが、思考は自分達以下だなと結論づけるまでに時間はいらなかった。
「さっきはよくもやってくれたなぁ……セコい真似しやがって!」
『はぁ?』
当然だが、ヒトカゲ達は寝ていた間に起きたことは何も覚えていない。それ故、いくらいちゃもんをつけられても何に対してかがわからなかった。
「いいかい? おチビちゃん達。金だけ渡してくれれば、痛い思いさせるつもりはないのよ」
オオタチが子供に語りかける口調で言った。それに若干苛つく2人だったが、なんとなく大人気ない感じがしたので、冷静に答えることにした。
「え、つまりは金を奪いにきたってこと? 言っとくけど、僕達8ポケしか持ってないよ?」
ヒトカゲが正直に自分達の貧乏ぶりを伝えた。が、相手は信じていないようだ。所詮子供の嘘だと言わんばかりに脅しにかかってくる。
「はっ! 嘘つくな! だったらどうやってこの船に乗ったってんだよ?」
『もらったフリーパスで』
2人はロバーズに、ジュラからもらったフリーパスと、ついでに8ポケしか入っていない財布も見せた。これを見て、3バカはやってしまったというような顔になった。
「ま……まさか本当に金持ってないのか!?」
「あるわけないじゃん。親からもらってるわけじゃないし、その前に親いないし」
ゼニガメがそう言い放った瞬間、ロバーズの3人はその場に崩れてしまった。その表情は残念さや後悔が混じっていた。
「……ア、アタイ達とした事が。まさかただのガキだったなんて……」
「こんなに痛い思いしたっていうのに……」
「8ポケだけなんて……」
すっかり意気消沈した3バカを見て、ヒトカゲとゼニガメはどうしていいかわからず、とりあえず黙って傍観していた。すると3バカは何やら小声で話始めた。
(ど、どうするよ。金ないじゃんかぁ)
(決まってるじゃない! 今しなきゃいけないのは!)
(あの2人の……)
ヒソヒソ話の会議が終わると、険しい表情に変わった3バカがすっくと立ち、ヒトカゲ達の方を向いて『口を塞ぐ!』と先程と同じパターンで言った。
(やっぱりね……)
2人は「どうでもいいや」といった目つきで見ている。その間に3人はこちらに向かってきて攻撃しようとしてきた。
『ガキ共、覚悟しろ!』
「はぁ〜めんどくさ」
1分後、そこにはため息をついているヒトカゲとゼニガメ、そしてロープでぐるぐる巻きにされている3バカがいた。向かってきたところまではよかったのだが、ヒトカゲが“かえんほうしゃ”、ゼニガメが“ハイドロポンプ”をお見舞いしただけであえなく3バカはノックアウト。弱すぎである。
《まもなく、ベルデ島に到着します。お降りのお客様は……》
船内アナウンスが流れた。ロホ島までの中間地点に位置する“ベルデ島”に停泊するようだ。そこで警察に3バカの身柄を受け渡さなければならないので、ヒトカゲとゼニガメのテンションは一気に下降した。
程なくして船はベルデ島に着いた。そこでロープに繋がれた3バカを引っ張って船から降ろそうとした時、オオタチがもぞもぞと動きだした。
「“いあいぎり”!」
突如、オオタチが“いあいぎり”をくりだすと、ロープが切れて3バカの体が自由になった。するとすばやく身をひるがえし、ヒトカゲ達の方を向いた。
「こんくらいで捕まるアタイ達じゃないんでね! 次会った時はタダじゃすまないからね! 覚えときな!」
そう言うと、3バカは一目散にベルデ島のどこかへ逃げていってしまった。しかし2人は追おうとはしなかった。いろいろウザかったようで、興味すら持たない2人。
「なんか、付き合ってられねぇ」
「うん、めんどい」
ひとまず自由になった2人は、一旦船を降りることに。地上に足を付け背伸びをすると、今までの疲れが一気に吹っ飛んだ。体も軽くなったようだ。
「ま、それはもう忘れようぜ。ヒトカゲ、どうせロホ島に行く途中ならさ、このベルデ島に寄ってかないか?」
「そう言おうと思ってたんだ♪」
準備をすると、2人は船を降り、初めて訪れるベルデ島に足を踏み入れた。