第14話 次の行き先
結局あれから注射を受けたゼニガメは、その痛みと、ヒトカゲに殴られたショックを受けたせいで病室の隅っこで泣き伏していた。
「うっ、うっ……酷ぇよヒトカゲ、いきなりグーだなんて」
「だからゴメンねって何回も言ったじゃない。もう泣かないでよ」
ヒトカゲは優しくゼニガメをなだめたつもりであったが、ゼニガメの耳には感情の一切こもっていない棒読みに聞こえたのは気のせいだろうか。
「でも……ありがとな」
「えっ、何が?」
突如、ゼニガメがヒトカゲにお礼を言った。だがヒトカゲは何に対してお礼を言われたがわからず、きょとんとしている。
「とぼけるなよ。お前が俺を助けてくれたんだろ?」
そういえば、誰が自分達を病院へ運んだのだろうかとヒトカゲは考えた。しかし、何故かしらゼニガメが倒れてから先の記憶がない。必死に思い出そうとしたが、どうしても思い出せない。
「僕じゃないよ?」
「嘘つかなくていいって。カイリュー追い払ったのもお前だろ?」
「それが……わからないんだ。ゼニガメが倒れてからの記憶が思い出せないんだよ」
「マジですか? したら誰が運んだんだ?」
その時、誰かが病室に入ってきた。ジュラとデリバードだ。
「ちょっとぉ、大丈夫?」
「お兄ちゃん達どうしたの?」
デリバードは心配そうに2人のところへ歩み寄った。しかし大きな怪我も特にないため、2人で体を動かして元気さをアピールする。お見舞いありがとうと返事をした。
「まったく、いきなり飛び出していなくなったと思ったら、病院に運ばれたって聞いたもんだからすぐさま駆けつけたのよ?」
ジュラはやれやれといった様子だ。ずっと心配で仕方なかったようだ。彼女の手には数本の華が握られていて、窓際にあった花瓶にそっと入れている。
「ごめんなさ……? ってことは、僕達を病院まで運んでくれたのはジュラじゃないってこと?」
「アタシじゃないわよ。アタシはついさっきこの事を知ったばかりなんだから」
(じゃあ誰なんだ? あんな誰も通らなさそうな道で僕達を見つけて病院まで運んでくれたのって……)
ヒトカゲの頭の中はわからないことだらけになった。ゼニガメが倒れた後に何があったのか、カイリューはどうなったのか、そして誰が病院へ運んでくれたのか。全く想像がつかなかった。
「ヒトカゲのお兄ちゃん、ゼニガメのお兄ちゃん、はい!」
真剣に考えているとき、デリバードがきれいに包装されている箱を1つずつ、ヒトカゲ達に渡した。
「お見舞いの“プレゼント”だよ!」
「ありが……って、もしかして……」
“プレゼント”をもらった瞬間、2人は「嫌な予感がする」と思ったが、それは現実となった。手に取った瞬間にその箱は音を立てて爆発した。
『うわ――――!』
「コラッ! まだ“プレゼント”使っちゃダメって言ったじゃない!」
「ごめんなさーい!」
ヒトカゲとゼニガメの顔は煤で真っ黒になるわ、ジュラは怒鳴るわ、デリバードは泣き出すわで病院は一時騒然となった。
その頃、とある場所の洞窟の中で1匹のポケモンが寝ていた。よほど疲れているのか、熟睡している。そこに別のポケモンが現れ、寝ているポケモンを起こそうと声をかけた。
「お〜い、起きろよ」
「……zzz……」
声をかけるだけでは起きてくれなかったので、体を揺らして起こそうとした。それだけでも少々不安だったため、声を大きめにして語りかける。
「起きてくれよ〜、カイリュー」
「……う〜ん、プテラ?」
洞窟の中にいたのは、数時間前までヒトカゲ達と戦っていたカイリューと、何でも屋のプテラだった。どうやら互いに知り合いのようである。
「僕まだ2時間しか寝てないんだよ〜、もうちょっと寝かせてよ」
「まぁ、そう言うなよ。話したら寝ていいからさぁ〜」
カイリューは眠そうな目をこすって、顔だけプテラの方を向けた。目を半開きにし、頭をカクカクさせながらカイリューはプテラと話を始めた。
「それで、話ってなあに?」
「俺が情報与えた後、どうしたんだ?」
「もちろん殺しにいったよ。でも失敗した〜」
「へぇ〜……って、失敗? お前さんが?」
どうやら、カイリューをセレステ島に向かわせたのはプテラのようだ。だがカイリューが失敗するとは思ってもいなかったようで、非常に驚いた。
「だって相手は進化もしてねぇガキでっせ? なんでまた?」
「それが、ゼニガメの方は問題なかったんだけど……ヒトカゲの方がかなり強くてさ。おまけに魔法みたいな技使うし」
「魔法?」
「なんか詠唱みたいなのをしたと思ったら技の威力が上がってさ、しかも“ブラストバーン”くりだしてきたんだ」
初めて聞く現象にプテラも驚かずにはいられなかった。しかし不安がのしかかったのかと思いきや、逆に興味津々な様子。身体がうずうずしている。
「あのボウズ、そんなスゲー事できんだ! 俺も戦ってみてぇな〜!」
「ダメだよ。少なくとも正体バレてからにしないと」
穏やかな口調であはるが、カイリューはヒトカゲに手を出すなといった意味合いで言った。自分のやっている事に対して手出しされるのが嫌らしい。
「そう言うと思ったぜ。で、これからどうすんだ?」
「ん〜まだ考えてないけど、どうせならもう1回くらい“ブラストバーン”使うとこ見てみたい気はするな」
果たしてあれは魔法だったのか、それとももっと別の何かであるのか。カイリューは一晩中そればかり考えていた。睡眠不足はここからきている。
「すみません、カイリュー様」
カイリューとプテラが話をしている時に、もう1匹ポケモンがやって来た。「カイリュー様」と呼んでいることから、おそらくカイリューの部下だろう。
「どうしたの? こんな朝っぱらから」
「ご報告のために参りました。先程確認を取りましたが、ヒトカゲとゼニガメは生きているそうです」
2人が残念そうな顔をしている中、そのポケモンは淡々と報告事項を伝えた。詳細を話してくれてはいるが、2人の耳には入っていない。
「あ〜あ、ゼニガメも生きてたの? 甘く見すぎたかなぁ?」
「もしかして良心ってヤツじゃないんすか〜?」
ニタリ顔でプテラがカイリューをからかった。その言い方が気に入らず苛立ったのか、カイリューは近くにあった小石をプテラに投げつけた。
「うるさい。そんなものあるわけないでしょ。あ、君はもう戻っていいよ」
「それでは、失礼します」
そう言うと、部下らしきポケモンは帰っていった。2人は特に見届けることもなく、しばし会話を続けていた。
「それじゃ、話がないなら寝ていいかな?」
「お前さんホントよく寝るよなぁ。じゃあまた何かあったら来るぜぃ〜」
さっきのポケモンの後に続くようにプテラは飛び去っていった。それを見届けると、大きな欠伸をしてカイリューは再び眠りについた。
翌日、ヒトカゲとゼニガメはどこも異常なしと認められて退院することができた。2人とも外に出ることができたせいか、元気いっぱいだ。
「さて、ヒトカゲ。これからどうする?」
「……ゼニガメ、大事な話があるんだ」
突然、真剣な顔つきでヒトカゲは言った。こいつにしては珍しい表情だな、くらいにしか思ってないゼニガメは軽い気持ちで耳を傾ける。
「あのさ、これからは別行動とらないかな?」
「はっ? 何で!?」
いきなりの提案にゼニガメは驚かずにはいられなかった。気まずそうに下を向き、ヒトカゲはその理由を話し始めた。
「これから先も一緒に旅をすることになったら、またカイリューが僕の命を狙って追ってくる。そしたらゼニガメまで僕の巻き添えくらっちゃうから。そんな危険な目に合わせたくないし……」
「お前……」
「それにさ、僕がいてもゼニガメのお兄さん探しの足手まといにしかならないし、それならいっそのこと……」
ヒトカゲがそう言いかけた時にゼニガメの方を見ると、下を向いてわなわな震えている。そして次の瞬間、ゼニガメは“みずでっぽう”をヒトカゲの顔にかけた。水圧に押されてヒトカゲはその場に倒れてしまった。
「何言ってんだよ!」
「何って……」
「俺達ってそんな弱い関係だったのかよ!? 俺、どんな時でも一緒に行くって約束したよな1? だって友達じゃねぇか!」
友達――その言葉を改めてゼニガメの口から聞いたヒトカゲは、はっと気づかされた。うまく言えないけど、友達って、こういうものなのか……と教えられたようだ。思わずヒトカゲは一粒の涙をこぼした。それを手でぬぐうと、いつもの笑顔に戻っていた。
「……ゴメン、そうだよね。友達だもんね。何か変な事言っちゃったね」
「もうこんな事言わないって約束できるよな?」
「もちろん!」
ヒトカゲが勢いある返事をすると、ゼニガメが手を差しのべてくれた。その手につかまって起き上がると、互いの目を見つめ合って気持ちを確認しあった。
「それじゃ、どこに行く?」
先程までのやりとりがなかったようにすっかり気持ちを元に戻し、ゼニガメがいつものようにヒトカゲに訊いた。
「それじゃあ、一旦ロホ島に戻りたいな。ちょっと確かめたいことがあるんだ」
「わかった! ならボートを用意して……」
そう言いかけた時、ゼニガメの視界に2つの影が入ってきた。しばらくしてはっきり見えたその影の正体は、ジュラとデリバードだ。2人がこちらに向かって走ってきた。
「はぁ〜間に合ってよかったわ。これを渡そうと思ったのよ」
2人の目の前に来るや否や、少し息を切らしたジュラは手に持っていた2枚のカードのようなものを差し出した。ヒトカゲ達は初めて目にしたようで、不思議そうに見ている。
「これ何?」
「船のフリーパスよ。これさえ持っていればアイランドどこでも行けるわよ。感謝しなさいよ、それ手に入れるの大変だったんだからね」
ジュラがちょっと自慢気に言った。まるで母親のように世話をしてくれた優しさに、フリーパスをしっかりと握り締めた2人は大喜びだ。
『いいの!? ホントにありがとう!』
そこに、悲しそうな目でデリバードが2人に歩み寄ってきた。子供ゆえ、誰かがいなくなってしまうのが寂しいのだろう。それは2人にもよくわかっていた。
「また来てくれるよね?」
「また来るよ。約束する」
ヒトカゲはデリバードと指切りした。次いでゼニガメも指切り。デリバードは嬉しそうな顔をして、ゆっくりとジュラのもとへと戻っていく。
「さ、早く行かないと船出るわよ。港はあっちにあるわ。気をつけて旅をしてね!」
『ありがとう! またね〜!』
2人は走りながらジュラ達に向かって手を振った。まだまだ謎が多いが、徐々に明らかになっていくヒトカゲを助けたポケモンの情報。この旅は順調に……
「ちょっと! そっちじゃなくこっちだって!」
……いかなさそうだ。