第13話 詠唱技
「行くぜ! “あわ”!」
ゼニガメが先手を打って口から“あわ”をくりだした。その攻撃が来る前にカイリューは対処法について冷静に考えた。
「“あわ”かぁ。じゃあこうしよう。“ふぶき”」
カイリューは“ふぶき”を放った。すると大量に放出されたはずの“あわ”が一瞬にして凍ってしまい、カイリューに一発もあたることなく地面に落ちて割れていった。
「マジですか!? なら“みずでっぽう”!」
いとも簡単に“あわ”の攻撃が遮られたゼニガメは、自分が得意としている“みずでっぽう”を放った。後ろで見ていたヒトカゲは、以前自分が受けたものより強い“みずでっぽう”だとすぐにわかった。
「そうくるなら……“すなあらし”」
今度は“すなあらし”をくりだした。大量の砂が空中に舞い上がり、それはカイリューの目の前で厚い壁となった。ゼニガメの“みずでっぽう”はその壁を突き破ることなく、砂の壁ではじき返された。
「くそっ! ダメか!」
やはりそう簡単にはいかないかと、ゼニガメは悔しがりながらも次の手を考えていた。そんな彼に対し、カイリューは笑顔で挑発をする。
「それだけ? 僕まだ何も攻撃してないけど?」
「そ・れ・だ・け・だぁ〜? な……なめてもらっちゃ〜困るぜ〜」
これにはゼニガメはイラッときたようだ。顔が引きつっている。これは一発かましてやらないと気がすまないと、ゼニガメが身構えた。
「“こうそくスピン”!」
ゼニガメは自分の頭と手足を甲羅の中に収め、ものすごい勢いで回転し始めた。そのままカイリューの方へ突っ込んでいく。ヒトカゲもこの速さなら絶対カイリューに直撃すると思っていた。だがカイリューの目の前で、ゼニガメは倒れた。
「はっ! な、何が起きたの!?」
ヒトカゲがゼニガメの方をよく見ると、ゼニガメは目を回しているようだ。一瞬の出来事だったため、何が起こったか状況を把握できないでいる。
「“こうそくスピン”で迫ってきたから、“たつまき”を放っただけ。逆回転を加えて動きを相殺したんだよ」
カイリューが楽しそうにヒトカゲに説明した。ここまで攻撃を1度も受けていないためか、余裕綽々といった表情だ。そんな彼を前に、ヒトカゲは恐怖する。
「それじゃ、遊びはこの辺にしといて、死んでもらおっかな♪」
ゼニガメの元に近づくカイリュー。自慢のツメを見せつけるように、うつ伏せに倒れているゼニガメの目の前に来た、まさにその時だった。
「……“ハイドロポンプ”!」
「うそっ!?」
突如、カイリューの下方から“ハイドロポンプ”が放たれた。これにはさすがに抵抗できず、カイリューはまともに攻撃を受けてしまった。その勢いでカイリューは飛ばされ、地面に倒れこんだ。
「やりぃ〜♪」
何と“ハイドロポンプ”を放ったのはゼニガメだった。実は攻撃をまともに受けて倒れているフリをして、攻撃するチャンスを窺っていたのだ。
「ゼニガメー!」
「なあに、これくらい朝飯前だぜ!」
一安心し、嬉しそうにヒトカゲがゼニガメの元に駆け寄った。喜びもほどほどに、2人は倒れているこの謎のカイリューの様子を見に行った。
「ふむ、気絶してるみたいだな」
「当たり所が悪かったのかな?」
「なんだよ、俺の技が弱いっていうのかよ?」
「ち、違うって」
ゼニガメは冗談半分に言ったが、ヒトカゲは少しだけ疑問を抱いていた。果たしてゼニガメの“ハイドロポンプ”一発だけでカイリューが気絶してしまうのだろうかと。
「とりあえず警察呼びに行かないと。行こう」
そう言うと2人は来た道を歩いて戻っていった。カイリューが何者なのかを考えながらしばらく歩いていると、ふとヒトカゲが後ろを振り向いた。
「ヒトカゲ、どうしたんだ?」
「いや、何か気配がしたんだけど……気のせいみたい」
ヒトカゲは何かに気になりながらも、再び歩き出した。だが変だ。まるで殺気のようなものを感じる。やはり気になってヒトカゲが後ろを向くと、猛スピードで青白い光が向かってきていた。
「危ない!」
その言葉でゼニガメが振り向いたが間に合わず、その光はゼニガメに直撃してしまった。光の勢いは凄まじく、ゼニガメはあっという間に飛ばされてしまった。
「……がはっ!」
なす術もなく、ゼニガメはそのまま倒れてしまう。慌ててヒトカゲが駆け寄るが、動く気配がない。息をしているかを確認する余裕も彼にはなかった。
「大丈夫!? ゼニガメ、返事して!」
「もしかしたら、ダメかも?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。ばっと後ろを振り返ると、先ほどまで倒れていたはずのカイリューがいた。
「カイリュー!」
「自分の策略にハマるっていうのはどうかな? その様子だと、何もしなければあと30分くらいで息絶えるよ」
どうやらカイリューはゼニガメと同じように気を失っていたフリをして、攻撃するタイミングをうかがっていたらしい。ピクリとも動かないゼニガメを見て、ヒトカゲは涙を流した。
「……どうしてこんな事するのさ?」
「邪魔だからだよ。僕の仕事は君を殺すこと。それに水をさされちゃ困るからね」
小さな声でヒトカゲが言った。相変わらず笑顔を絶やさないままカイリューが答える。
彼の無情な一言を聞いて、ヒトカゲの中で何かが音を立てて切れた。
「……るな……」
「?」
「ふざけるな――っ!!」
怒り狂って叫んだ次の瞬間、ヒトカゲが首から提げていた勾玉が光りだした。それと同時に、ヒトカゲの周りが渦を巻くような風が吹き始めた。
(ん、何だ? ヒトカゲの気迫がとてつもなく強くなってる?)
カイリューは驚きを隠せないでいる。この後、カイリューはさらに驚くことになる。ヒトカゲはカイリューの方を向くと、両手を合わせ瞳を閉じ、なにやらぶつぶつと言いはじめた。
【……紅蓮の炎を操る神よ……】
(な、何これ? 詠唱……? ポケモンが魔法でも使うっていうの!?)
それはまるで呪文のようだった。初めて見る光景にカイリューは混乱している。驚いている彼に構わずヒトカゲは詠唱を続けた。
【我ここに誓う 我と汝の力ここに集結し時 我の前に現る悪を持つものに 粛正の咆哮を与えん!】
ヒトカゲが呪文らしきもの――詠唱を言い切ると、カイリューに向かって攻撃を始めた。今のヒトカゲは明らかに先ほどとは違い、力を持つ者独特のオーラをまとっているようにカイリューには思えた。
「“かえんほうしゃ”!」
「す、“すなあらし”!」
突然の攻撃にカイリューは慌てて“すなあらし”でできる壁で対応しようとしたが、何とヒトカゲの放った“かえんほうしゃ”は砂の壁をぶち破った。炎がカイリューに当たり、ダメージを受けたようだ。
「痛いなぁ。でもこれくらいの威力ならいくらでも防げ……」
次の瞬間、カイリューは驚愕する。ヒトカゲは尻尾の炎の火力をこれでもかというくらいに上げ、一気に強烈な炎をカイリューに向けて吐き出した。
「“ブラストバーン”!」
「はっ!? ブラストバーンだって!?」
本来ヒトカゲが覚えるはずのない、「炎」の究極技である“ブラストバーン”が放たれたことで、カイリューは度肝を抜いた。それに気づいたときには目の前に炎が迫っていて、何とか避けようとしたが、若干攻撃を受けてしまった。
「ぐっ!」
直撃は避けたものの、カイリューはけっこうダメージを負ってしまったようだ。そしてヒトカゲは“ブラストバーン”を放った後、すっと気を失って地面に倒れた。それと同時に勾玉の光も消えた。
「はぁ、はぁ……もし直撃を受けていたら、僕がやられてたかも。でもこれは一体……何なんだろう?」
カイリューは息絶え絶えになりながらこの摩訶不思議な現象について考えた。未だかつて目にしたことのない、詠唱による火力増大と、それに伴う究極技の使用。昔話にもないこの現象を受け入れることすら難しい状況だ。
「仕方ない、今回は諦めるかぁ。僕もちょっと危ないし」
じわじわと先ほど攻撃を受けた部分が痛み出す。周りにポケモン達が集まられても困ると思い、カイリューは急いでその場からどこかへ飛び去っていった。
「……う、ん……どこ?」
しばらくして、気を失っていたヒトカゲが目を覚ます。しかし今自分が見ているのは空ではなかった。自分がどこにいるのかわからず、横を見ると、窓があった。窓の外は明るくなっており、赤十字が見えた。この様子からすると、ここは病院のようだ。
「そうだ、ゼニガメは!?」
ヒトカゲは辺りを見回すが、ゼニガメの姿はどこにもない。慌ててベッドから飛び降りて部屋を出ると、廊下を歩いていた看護師のラッキーに尋ねた。
「すみません! ゼニガメっていませんか!?」
自分が病院に運ばれているのなら彼も一緒に運ばれたに違いないと、ヒトカゲは必死に説明する。それを聞いたラッキーは、少々困ったような顔つきになる。
「あなた、ゼニガメ君の知り合いですか? ならこちらに来てください」
一瞬、悪い予感がヒトカゲの頭をよぎる。そもそも自分と同じ部屋にいない時点で何かあるとは思っていたようで、表情が曇り気味になっていく。
自分より深刻な状態に陥っているのか、あるいは――。そんなことを考えているうちに連れてこられたのは、叫び声の聞こえてくる部屋だった。
「ゼニガメ君、『注射が怖い』って言って病院から逃げ出そうとするくらい暴れてるの。どうにかならないかしら」
「……へ?」
ラッキーの発言を受け、ヒトカゲはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。予想すらしていなかった事態に、言葉すら出てこない。
恥ずかしさと同時に、心配していた自分が馬鹿らしく感じ、怒りがこみ上げてきた。ちょうどその時、逃げ出そうと仕切りのカーテンをこっそりめくっているゼニガメを見つけた。
「あっ、ヒトカゲか! 目覚めたか!」
ヒトカゲはひと呼吸した後、“バキッ!”と音がたつくらいの顔面パンチをゼニガメにくらわした。それをくらったゼニガメは気絶してしまった。
「心配かけさせないでよ!」
怒りを全部ゼニガメにぶつけると、ヒトカゲは自分の病室へ戻っていった。