第11話 飲み屋街
「うっ、まだ気持ち悪いよ〜」
「ホントだぜ、プテラ乱暴すぎ……うぇっ」
あれからしばらくしてヒトカゲとゼニガメはようやく体を起こすことができた。しかし酔いはまだ覚めず今にも吐きそうだ。2人は治まるまで砂浜で休憩をとることにした。
「プテラって、何者なんだろうな。ヒトカゲはどう思う?」
「う〜ん、まだよくわからない。バンギラスと何かあったみたいだけど、何も話してくれないし……そんなに悪いポケモンには見えないってのもあるし……」
「そうなんだよな。まぁいいや、そのうちわかるだろ!」
改めて、2人はプテラについて考えてみる。とはいえ、それほど関わりを持ったこともないため詳しいことがわかるはずもなく、すぐに考えるのをやめた。
「ゼニガメ、行こうか!」
「んじゃ、競争だ!」
酔いが覚めると、ヒトカゲは島の中心へ向かって走り出した。ゼニガメもヒトカゲを走って追いかけ始めた。だが。
「ま、待ってよ……早いって……」
とっても足が遅いため、すぐにヒトカゲを見失ってしまった。なぜ彼は競争しようなどと言ってしまったのだろうか。そんな様子を上空から1匹のポケモンが見ていた。ピジョット警部だ。
「2匹のポケモンの無事を確認。これから戻る」
無線で本部に連絡を入れると、本部のあるナランハ島まで戻っていった。
ほぼ同時刻、あの家では電話が部屋中に鳴り響いた。待ってましたと言わんばかりに、そこの住人は慌ててその電話をとった。とったのはいいが、住人は相手に対して相槌するだけで、他に何も言おうとはしなかった。
その電話はほんの30秒足らずで切れてしまい、住人は静かに「わかりました」と言うと、そっと受話器を置いた。すっと一呼吸おき、住人は後ろを振り向いた。
「あいつら無事だってよ!」
家の住人・バンギラスが歓喜の声を上げた。それを聞いた仲間達は安心すると同時に喜びの表情を浮かべた。ゴローやポッポ、ブイにゴロ爺も気が抜けてその場に座り込んでしまった。
「だけど、これから先どうするの? またいつ狙ってくるかわからないわよ?」
ポッポがみんなに対して冷静に言った。今はまだ良いが、今後もプテラが彼らに近づく可能性はおそらく100%。このまま、というわけにはかない。
「まぁ各島に警察はいるし、アイランドの番人達も見回ってるだろうから、ある程度は心配ないとは思うが……正直なところ、あの2人だけってのは不安だな」
バンギラスが腕を組みながら言った。警察に電話するとき、いっそ「連れ去られたから保護してくれ」と言っておくべきだったかとも思ったようだ。みんなが真剣に考えている時、ゴロ爺の一言でその場の空気がガラリと変わった。
「いや、大丈夫じゃよ」
突然、ゴロ爺が確信に満ちた顔で言い放った。その自信あふれる言い方にその場にいた全員が首をかしげた。ゴローがその理由をゴロ爺に尋ねた。
「なんでそう言い切れるんだよ、ゴロ爺」
「それはな……」
一方、ヒトカゲ達は島の中心部にある街に到着したのだが、目の前の光景は2人にとってありえないものだった。ゼニガメは地図を一生懸命調べているヒトカゲに言った。
「なぁヒトカゲ。ここ本当にセレステ島か?」
「うん、間違いなくセレステ島なんだけど……」
ここセレステ島は本来、一年中氷が張っているくらい寒い島なのだが、今ヒトカゲ達が見ている景色は冬景色と真逆のもので、都会なアスル島と一年中緑あふれるナランハ島を足して2で割ったような感じである。風も心地よい温度で吹いている。
「変だなぁ。とりあえず建物あるとこまで行くか」
そう言うと、ヒトカゲとゼニガメは周りの景色を眺めながら歩き始めた。それからすぐに建物が連なるところへ着いたが、ポケモンがいる気配がない。不思議に思い、2人は近くの建物に駆け寄った。
「すみませーん」
ゼニガメが声をかけるが、シャッターがしまったままだ。誰かいないのかとシャッターをバンバン叩くが、反応は一切ない。その横で、ヒトカゲが何かに気づいた。
「えっと、何なに……『開店時間、17:00〜03:00』だってさ、ゼニガメ」
「……そういう事は早く言ってよぅ……」
ゼニガメはシャッターを叩きすぎて、手が赤くなっていた。ヒトカゲは何とも思ってないが、けっこう痛いらしい。
「まだ時間あるから、昼寝でもしてようよ! この草かなりいい感じだし♪」
ヒトカゲは店の横に生えている芝生にゴロンと横になった。よほどこの芝生の寝心地が良かったのか、すぐ寝息を立て始める。
(いつも思うけど、コイツ自由だよなぁ)
半ば呆れてもいるが、そこがヒトカゲの可愛い所だと思っているゼニガメもヒトカゲの横で昼寝を始めた。寝付けないだろうとも思ったが、意外にもすぐに眠りに落ちてしまった。
「ねぇ、ちょっと」
「……チューリップはどこ……」
「ちょっと、アンタ達」
「……お願いだから咬まないで」
何やらものすごい夢を見ている様子のゼニガメとヒトカゲ。そんな彼らに向かって、1匹のポケモンは思い切り息を吸って、叫んだ。
「起きなさい――!」
『うわっ!?』
その瞬間、2人は強烈な耳鳴りに襲われて起きた。2人は顔をあげると、そこには顔が濃い紫の、人間の女性のような姿のポケモン――ルージュラが立っていた。
「ほら、お店の邪魔になるからどいて」
そう言われて改めて辺りを見回すと、すっかり夜になっていた。さっきまで閉まっていたお店には灯りがつき、よくよく見ると、自分達以外のポケモンの半分近くがルージュラという奇妙な光景になっていた。
さらに他のポケモン達の中には顔が真っ赤になっているものや、千鳥足で歩いているものもいた。どうやらここは飲み屋街のようだ。
「うへー、飲み屋しかないや」
とりあえず2人は街中を歩くことにした。右を見ても飲み屋、左を見ても飲み屋ということで、当然ながら怪しい客引きもいくつか見受けられる。
「あ〜らぁ、僕ちゃん迷子?」
「そこのおチビちゃ〜ん、お姉さんが絵本読んであげようか?」
「んまぁ〜カワイイ! チューしたい♪」
ホステスのお姉さん(?)のルージュラ達がヒトカゲ達をかわいがったり、からかったり、かなり子供扱いした。これにはヒトカゲ達は身震いしてしまった。
(こ……怖っ! 直視できないっ!)
いろんな意味で恐怖を抱いたので、2人はそそくさと走って飲み屋街を抜けようとした。しかし走り出してからそんなに経たずして、目の前にいきなり出てきたポケモンとぶつかってしまった。
「痛たた、ごめんなさ……!?」
2人はぶつかってしまったポケモンに謝ろうとして顔を上げた瞬間、凍りついてしまった。
『で、出たぁー!』
2人が見たもの、それは自分達の3倍くらいの大きさはあろうポケモンだった。ただ、明かりがそのポケモンの背中からあたっているため、2人は影のようにしか見えず、幽霊だと思ったらしい。
「まぁ失礼ね! あたしはれっきとしたポケモンよ!」
そう言われ、2人は目を凝らしてそのポケモンをよく見た。そして彼女らの姿を目にして、ようやく幽霊でないことに気づいた。
「ん? ルージュラと……」
「デリバード?」
2人の目の前にいたのはルージュラと、何故かルージュラの頭の上にちょこんと寝そべっている子供のデリバードだった。サンタクロースを思わせる鳥ポケモンだ。
「アンタ達、この島じゃ見かけない顔だね。旅でもしてるのかい?」
「あ、はい。僕はヒトカゲ。こっちがゼニガメ。このアイランドを旅してます」
ようやく気持ちが落ち着いてきたヒトカゲは軽く自己紹介をする。どことなく母性を感じるルージュラを見たゼニガメも、安心した顔つきになる。
「アタシはジュラ・ジュラルル=ルーラルジュラ・ルージュラ。長いからジュラって呼んで」
「僕はデリバード。よろしくね」
絶対に1度聞いただけではわからなかった2人が唯一覚えていられたのが“ジュラ”だったため、すんなりと頭に入った。デリバードは種族名でよいそうだ。
「それで、何でこんな飲み屋街なんかにいるの?」
「島の中心目指して歩いてたっけ、偶然ここに辿り着いちゃって……」
その時、ぐるる、とヒトカゲのお腹が鳴った。恥ずかしそうにヒトカゲは顔を赤くして手を腹にあてた。それにつられるように、ゼニガメのお腹も鳴った。
「ヒトカゲとゼニガメのお兄ちゃん、おなか空いてるの?」
「あら、それならアタシの食堂で何か食べていきなさいよ。もう閉まってるから誰もいないし」
幸いなことに、ジュラが2人に食事をして行ってはどうかと提案した。空腹を我慢できない2人はこの誘いにのっからないはずがない。
『行きます!』
「じゃあついてきて。隣町まで」
「……へっ?」
一瞬、ヒトカゲが聞き間違いであってくれと必死で祈った。これだけお腹が減っているのに歩かなければならないのかと、気分が若干落ち込む。
「心配しなくていいわよ、すぐ近くだから」
ジュラが微笑みながら言った。ほっとした2人はジュラとデリバードに連れられて、隣町にあるジュラの食堂まで歩き始めた。