第9話 ゴロ爺
ヒトカゲとゼニガメは街へとくりだした。アスル島と比べると街の建物などは田舎っぽく見えるが、年中市場が開かれていることもあり、活気づいている。
「わぁ見てよゼニガメ! いろんな種類のきのみがたくさんあるよ!」
いつも食べるきのみからあまり目にしないきのみまで、露店の品揃えは客引きには十分すぎるものだ。食欲旺盛なヒトカゲはそのきのみの山に目移りしていた。
「あのなぁ……お前のこと調べに来たんだろ? だったら……」
「さぁいらっしゃい! カメノコタワシが大安売りだよ〜!」
きのみに目を輝かせていたヒトカゲを見てゼニガメは少々呆れていたが、露店でカメノコタワシの安売りをしていることに気づくと、いてもたってもいられなくなった。
「ヒトカゲ! カメノコタワシだってよ! しかも最高級のやつだぜ!」
実は、ゼニガメはカメノコタワシで自分の甲羅を洗うのがたまらなく好きなのだ。こだわりもあり、安物は絶対に使わないというほど束子に入れ込んでいる。
(さっきの発言は!?)
ヒトカゲはゼニガメの言った台詞をそっくりそのまま言い返そうとしたが、あまりに楽しそうだったのでつられて行くことにした。
かれこれ2時間くらい経っただろうか、2人はまだ露店を巡っていた。そんな2人をあるポケモンが見つけ、声をかけた。昨日森で会ったゴローンとイーブイだ。
「お前達、あのバンギラスを止めたんだって? 凄いな!」
「はぁ、まぁ……(実際ただの勘違いだけだったんだけど……)」
ゴローンが拍手しながら2人を誉めたが、実は羽の生え変わりを勘違いしていただけだったなどと言うのは悪い気がしたので、ヒトカゲは苦笑いしながら相槌した。
「そういえば名前言ってなかったな。俺はゴローンのゴロー」
「私はイーブイのブイ。よろしく♪」
「僕、ヒトカゲ!」
「俺はゼニガメ!」
互いの自己紹介を済ませると、4人は握手を交わした。それからしばし立ち話をしたが、仲良くなるまでにそれほど時間はかからなかった。
「ところで、なんで森になんかいたんだ?」
「あ〜それはね〜、話せば長くなるんだけど……」
思い出したかのようにゴローが言った。ヒトカゲとゼニガメは今までのことを説明した。旅の理由、出会った経緯――それらをゴローとブイは真剣にその話を聞いた。
「そうなのか、大変だな。立派な行動力だなー」
「ねぇ、ひょっとしたらゴローちゃんのおじい様なら何かわかるんじゃないかしら?」
ふと、ブイがあることを思いついた。ゴローの祖父はブイとも交流が深く、いつも雑学を教えてくれるという。もちろん会った事のないポケモンにヒトカゲ達の興味が湧く。
「おじい様?」
「あぁ! うちの爺さんけっこう物知りなんだよ。聞きに行って見るか?」
これは頼りになりそうだと思い、2人は連れて行ってもらうことにした。
「お〜い! ゴロ爺!」
ゴローの祖父であるゴロの家まではそれほど時間はかからなかった。玄関先で大きな声でゴローは祖父の名を呼んだ。すると自分達の後ろから年老いたゴローンが現れた。
「なんじゃ?」
ちょっと薄気味悪く聞こえた声を聞いた4人の背筋に寒気が走った。顔が引き攣(つ)り、背中に冷や汗が一気に吹き出すような感触を味わった。
『うわっ!』
「なにが『うわっ!』じゃ! 幽霊みたいに言うなっ!」
幽霊のような扱いを受けたゴロ爺は少し機嫌をそこねてしまった。このままではまともに会話できないと悟ったゴローが、小声でご機嫌取りを始める。
「なぁゴロ爺。ちょっとこいつの相談にのってやってほしいんだ。後でゴロ爺の好きな果実フードあげるからさ」
「……仕方ないのぉ、ワシが相談相手になってやるか!」
絶対エサで釣られたな、とヒトカゲ達は思ったが、相談にのってくれると言ってくれたことに喜んだ。それからすぐに家の中に入り、居間に全員座ったところでゴロ爺が改めて相談について聞いてきた。
「それで、ワシに相談って、何じゃ?」
「あぁ、こいつヒトカゲって言うんだけど、自分の命を救ってくれたポケモンを捜してるんだとさ。ただ手がかりが、“しんぴのまもり”を使ったってことだけなんだ。ゴロ爺何か知らない?」
ゴローがヒトカゲの代わりに説明をした。一通りの話を聞いてゴロ爺は瞳を閉じて、黙って何かを考え始めた。その様子を見ながらヒトカゲは正座をしてゴロ爺の方を緊張しながら見ている。
しばらくして、ゴロ爺の体が小刻みに揺れ始めた。これは何か神のお告げみたいなものでも受けているのかと期待していたが、よくよく見るとそうではなかった。
「……zzz……」
何と居眠りを始めたのだ。こっちは真剣なんだぞと、イラついたゼニガメは思わず“みずでっぽう”をゴロ爺の顔にかけた。たちまち息のできなくなったゴロ爺が目を覚ました。
「あぁ、すまんすまん。えーと…………あぁ、そうじゃった。ヒトカゲ、お前さんを助けてくれたのは、おそらく“海の神様”じゃよ」
『う、“海の神様”!?』
一気に眠気が吹っ飛んだゴロ爺が答えたのは“海の神様”という単語。聞くからに高尚な存在に誰もが驚いた。そんな中、ヒトカゲは頭の中である事を何度も確認していた。
(やっぱり間違いじゃなかった。“海の神様”が僕を助けてくれたんだ! こないだの予想はあってたんだ!)
この間の予想、それはバンギラスの話の中から“水柱”という単語が出てきたときに考えついたものだった。ヒトカゲの中では、海の神様=水を操る、といった恒等式が成り立ったのだろう。
「ゴロお爺さん、“海の神様”について何か知りませんか? なんでもいいので教えてください!」
ヒトカゲはゴロ爺に懇願した。ふむ、と顎に手を当てたゴロ爺は自分の知っていることをゆっくりと思い出していく。そして口にしたのは、“海の神様”に関する言い伝えだった。
「こんな話がある。本来“海の神様”は、何か重大な出来事がないと自ら姿を現さないんじゃ。その時は必ずと言っていいほど天気が悪い。そして“しんぴのまもり”は状態異常と混乱状態にならないようにする技じゃが、海の神様が使うものは強力なバリアにもなり、攻撃を受けない性質もあるようじゃ。……すまんが、ワシの知っていることはこれだけじゃ」
これだけと言っていたが、ヒトカゲにとっては大きな収穫になった。ヒトカゲがお礼をすると、それに付け加えるようにゴロ爺は真剣な面持ちで忠告した。
「ヒトカゲじゃったな。旅を続けるなら、十分に注意しなされ。何だか嫌な予感がする……」
「おじい様、それってどういう意味ですか?」
ブイが心配そうに尋ねた。しかしゴロ爺はそれとは反対に明るい表情で答えた。
「なぁに、年寄りの勘ってやつじゃ!」
聞いたことがない。
日が沈みかけた頃、ヒトカゲとゼニガメはゴロー、ゴロ爺、イーブイに別れを告げて宿泊先に帰った。そこではバンギラスとポッポが料理をしながら待っていた。
「おぅ、お帰り!」
「お帰りなさい!」
(……これじゃカップル同然だろ……)
ゼニガメが見たのは、お互いに自分の料理を同時に相手に味見させている2人の姿だった。そしてゼニガメは何を思ったか、とっさに両手でヒトカゲの目を隠した。
「子供は見ちゃダメ!」
「えっ、何なに!?」
こう言ったものの、実はゼニガメよりもヒトカゲの方が年上なのだ。ゼニガメが想像しているほど子供でもない。ヒトカゲも特に年齢について聞かれていないので一切答えてない。
「ヒトカゲ、何かわかったか?」
「……まぁね♪」
味見が終わって皿に盛りつけた料理を運ぼうとしているバンギラスが言った。超ご機嫌スマイルでヒトカゲが答えたのを他の3人は嬉しそうに見ていた。
「それじゃ、夕食にしましょ!」
ポッポの合図とともに、楽しい食事の時間が始まった。あれこれくだらない話をしただけだが、4人にとってはとても満足するひと時となった。
次の日、とうとうお別れの時間になった。ヒトカゲとゼニガメは最初に訪れた砂浜にやってきた。2人を見送るために、バンギラスとポッポをはじめ、ゴローとブイ、そしてゴロ爺までもがわざわざ来てくれた。
「なんか、あっという間だったな」
「そうねぇ。バンちゃんが暴れてなかったら、もっと楽しかっただろうにねぇ」
「はい……申し訳ございません」
恥ずかしくなって下を向いているバンギラスを見て、みんなが笑った。小さくなっている自分を可笑しく思ったのか、バンギラス自身も笑い始める。
「あっ、そうだ! ほい、これ」
思い出したかのように、ゴローが何やら1枚の紙切れを2人に渡した。ヒトカゲはそれを受け取ると、何やら数字がたくさん書かれていた。
「これは?」
「ここにいるみんなの電話番号だよ。一緒に旅には行ってやれないけど、何かあった時に電話くれればみんなすぐ駆けつけてやるよ!」
「そうよ! この前のは別として……みんな弱いわけじゃないのよ!」
ここまでしてくれるとは――みんなの優しさに感動して、ヒトカゲとゼニガメは今にも泣き出しそうにしている。それをぐっと堪えて、笑顔を作る。
「ありがとう……頑張るから!」
ヒトカゲが励ましに答えるように、元気に言った。荷物を抱えて次の島へと移動するために、ゼニガメと歩き始めようとした、その時だった。
「そういや、どうやって移動するんだ?」
『あっ……』
ゴローの質問に2人は、ゴムボートが使えなくなったことを思い出した。一気に絶望に陥った、まさにその瞬間、空から陽気な感じの声が聞こえた。
「その心配はいらないよ〜ん!」
みんなはその声のする方を見上げた。するとそこに現れたのは、以前ヒトカゲをアスル島まで乗せてくれたプテラだった。突然のことに全員驚いている。
「おいーっす! ボウズ、元気か?」
「あれ、プテラ? 何でここに?」
「またお前さんが困ってるみたいだったからよ、ちっとばかし手ぇ貸してやろっかなってな!」
相変わらずの口調でプテラが話している。そんなプテラの様子を、何やら怒っている表情で見ているポケモンがいた。バンギラスだ。
「おい、プテラ……」
低い声でバンギラスが言うと、プテラがそちらを振り向いた。すると彼はわざと驚いたような表情で、さも友人同士と思える言い方で話しかけた。
「あれぇ〜!? バンギラスの兄貴じゃないっすか〜!」
「てめぇなんかに兄貴なんて言われる筋合いはねぇ!」
プテラを睨みながらバンギラスが怒鳴った。機嫌はそんなによくなさそうだ。一方のプテラは怒鳴られても一切表情を変えず、楽しそうにしている。
「てめぇ、一体どういうつもりだ?」
「どういうつもりも何も、困ってるポケモンを助けようとしてるだけっすよ? やだなぁ!」
にこやかな表情でプテラが言った。バンギラスがそんなプテラの態度が気に食わないようである。彼の息が段々と荒くなっていくのを周りは感じていた。
「あの、バンギラスとプテラって、知り合いだったの?」
恐る恐るヒトカゲが2人に訊ねた。バンギラスは答えようとせずただプテラを睨んでいる。だったらと質問に答えたのはプテラの方だった。
「知り合いなんだけどね〜、何か嫌われてるみたいでさぁ〜。っていうのも……」
「それ以上喋んじゃねぇ!」
バンギラスが大声で言うと、プテラに攻撃しようと走って近づいた。だがプテラは空に飛んでそれを難なくかわした。そして翼をはためかせながら、足でヒトカゲとゼニガメをつかんだ。
「そ・れ・で・は〜、俺が安全にセレステ島まで送って行きますから♪」
「おい、待てこらぁ! ……くそっ!」
プテラは2人をつかんだまま飛び去ってしまった。ものすごく悔しそうにバンギラスがプテラの去っていった方向を見ながら地団駄を踏んだ。
「ちょっとバンちゃん、一体どうしたのよ?」
落ち着きのないバンギラスを見て、ポッポが心配そうに声をかけた。すると怒りの表情から一変、若干パニックに近い表情でみんなに迫った。
「おい、急いでポケモン警察に連絡しろ! 下手したらあいつら殺されるぞ!」
『なにぃ――!?』
バンギラスの一言でその場にいた全員が驚き、慌てだした。とりあえず電話を使うため、みんなはここから一番近くにあるバンギラスの家に走っていった。