第8話 優しい心
その晩、ヒトカゲ達はバンギラスの家に泊まることにした。ポッポはせわしなく料理を作っていて、他3人はその料理を食べながら談笑している。
「バンギラスって、思い込み激しいんだね」
「いやあ……面目ない」
きのみをほおばりながら、ヒトカゲがさらりと口にした。反論できるはずもなく、俯いてバンギラスが申し訳なさそうに言った。そこに、料理を持ってきたポッポが話に参加する。
「私が初めてバンちゃんと出逢ったときもそうだったわよ」
「そういえば、2人は何で知り合いなの? (だってこんな組み合わせって……)」
ゼニガメがポッポ自慢の料理「こおったきのみのフライ」を食べながら訊ねた。ヒトカゲも、バンギラスとポッポという美女と野獣的組み合わせが気になっていた。
「俺が、こいつがタマゴだった頃に拾ったんだ」
「食用に?」
「そうだ。やっぱ生のタマゴは……って、違ぇよ!」
ゼニガメのボケに普通につっこむバンギラス。案外ノリのよい性格なようだ。しかし、これが図星なのかどうかはバンギラス本人しか知らない。
「俺が森を散歩してるときに、偶然タマゴが落ちててよ。巣を捜したんだが見つからなくて、そのまま持って帰ったんだ」
「食用に?」
「うまいんだよなぁ〜ポケモンのタマ……って、だから違ぇっつーの!」
今度はヒトカゲのボケにつっこむバンギラス。どうやらイジられキャラになっているようだ。昼間からは想像できない一面に2人は好感を抱いている。
「……それでだ、持ち帰って日当たりのいいところに置いといたら、孵っちゃったんだ」
『……ってことは、バンギラスはポッポの父親!?』
これにはヒトカゲとゼニガメは驚かずにはいられなかった。意外な組み合わせということだけでも驚くべきことなのだが、その上仮にも親子となると、度肝を抜かれるほどだ。
「それがね、バンちゃんったら、父親になるのを拒否しちゃって」
ポッポがくすくす笑いながら料理を持って来た。習性上、生まれてすぐバンギラスのことを父親なんだと思ってそう呼んだのだが、すぐさま拒否されたのだとか。
「バンちゃん、『俺はお前の父親じゃない。友達だ』とか言い出しちゃって。でも私の世話もしてくれてたし、父親と何ら変わりなかったわよ。今考えたらこの発言面白すぎるわ」
「だってそうだろ? ポッポの親がバンギラスなわけないだろ。世話したのは……あれだ、お前があまりに弱々しくて見てられなかったからだ」
顔を赤らめて、恥ずかしそうにバンギラスが言った。ヒトカゲとゼニガメはこれに大笑いした。
「と、友達って言っちゃった……図々しいな!」
「しかも逢った瞬間に……」
「わ、悪ぃかよ!?」
興奮したバンギラスはその場に立ち上がった。まあまあとポッポになだめられると、落ち着いて再びその場に座った。このままではずっとイジられると思ったのか、バンギラスは話題を変えた。
「そういうお前らはどうなんだよ? まだ自己紹介すらしてもらってねぇぜ」
「あ……そういえばしてなかったね、ごめん。僕はヒトカゲ。こっちがゼニガメ。2人で旅をしてるんだ」
「ほぉー旅か。何か目的でもあんのか?」
まだバンギラスからしたら2人は進化もしてない子供。彼らだけで旅に出るということに興味を持ったようだ。2人に旅について訪ねてみる。
「うん。実は僕、記憶喪失なんだけど、“しんぴのまもり”で命を助けてくれた大きいポケモンがいたってことは覚えているんだ。そのポケモンを捜してお礼を言いたいんだ」
「んで俺は、行方不明になった兄さんを捜すためなんだ」
「そうだったのか……ん? ヒトカゲ。お前もしかして、ロホ島か!?」
2人の話を聞いて、バンギラスはとあることを思い出した。その記憶の確証を得るためか、ヒトカゲに出身地を訊いた。彼がロホ島出身だとわかると、“やっぱりそうか”という顔つきになった。
「バンちゃん、何か知ってるの?」
急に変化したバンギラスの表情を見て、ポッポが言った。ヒトカゲもゼニガメもバンギラスが何か知っているなら話して欲しいと言ったため、彼は静かに語り始める。
「あぁ。前に変に天気が悪い日があってな、気になって外に出てみたんだよ。したら、“しんぴのまもり”っぽいオーラを放ったものがロホ島の方に落ちていくのを見たんだよ! でもまさかお前だったとはな……」
何と、バンギラスはあの日の出来事を見ていたのだ。彼の話を聞いたみんなは驚いている。もちろんヒトカゲはこの話に食いついた。
「ねえ、他に何か覚えてない!? どんな事でもいいから知りたいんだ!」
「って言われてもなぁ。あっ! そういや、悪天候のせいかわからんが、ここから遠くの方に大きな『水柱』ができてたぜ」
(水柱? ……それと“しんぴのまもり”……いや、まさかね)
水柱、そしてしんぴのまもりという単語から、ヒトカゲは頭の中である仮説を立てたが、可能性が低いことだと思い、深く考えるのをやめた。
「このくらいしか俺は知らねぇわ、悪ぃな」
「気にしないで。ありがとう!」
少しとはいえ、情報を得られただけヒトカゲはものすごく前進した気になった。今後も徐々にこのような情報が得られれば、きっと海の神にたどり着けると思えたようだ。
「じゃあそろそろ夜も更けてきたし、寝るか!」
その後、雑談をしながら4人は片付けをした後、すぐに眠りについた。人数分の布団がないため、バンギラス用の布団をヒトカゲとゼニガメが借り、バンギラスは居間で寝っ転がることになった。
深夜、ヒトカゲは夢を見ていた。どうやらうなされているらしく、汗をかいている。夢の中ではヒトカゲ目線のため、自分が見た光景がそのまま映し出されている。その夢は、何と自分の記憶であった。
(『その中なら大丈夫だ』)
何者かが自分に向かって言った。自分の周りが何かのベールに包まれているのがわかった。その時、猛烈な突風が向かってきた気がした。夢が一旦ここで途切れた。
再び夢を見始めた。だが、ここからはヒトカゲが覚えていない出来事であった。
(『……本当にいいのか?』)
(『彼が本当に救世主だと言うのなら、連れて行って下さい』)
今度は自分以外の誰かが互いに話をしていた。周りは暗闇だったが、その誰かの近くだけ何故か少し明るく感じた。
(『……感謝する。では、やらせてもらう』)
誰かがそう言うと、目の前に巨体が2体現れた。しかし影になっていてそれが何者かを確認することはできなかった。その瞬間、とてつもなく眩しい光が襲ってきた。その光は目の前のもの全てを覆った。
「……はっ!」
そこでヒトカゲは目を覚ました。手のひらには今にも流れ出しそうなほどの汗が溜まっている。辺りを見回すが、まだ夜中。隣ではゼニガメがすやすやと眠っている。
「……夢? それとも記憶が?」
今の夢が気になって眠気が吹っ飛んでしまったため、ヒトカゲは外へ出た。すると、そこにはぼんやりと月を眺めているバンギラスがいた。バンギラスがヒトカゲに気づいた。
「……どうしたんだ?」
「変な夢見たせいで寝れなくなっちゃって。バンギラスは?」
「まぁ、同じようなもんだ」
ヒトカゲはバンギラスの横に座り、一緒に月を眺めた。空は雲ひとつなく澄み切っていて、三日月が綺麗に辺りを照らしている。風もほとんどない。
「ヒトカゲ。お前、実際のところ、記憶が元に戻ってほしいか?」
「えっ?」
バンギラスの突然の質問にヒトカゲは戸惑った。こんなことを他者から言われたのは初めてである。どうしてかをバンギラスに訊ねる。
「お前の話聞いてると、何か特別な理由で記憶喪失になったって感じがしてよ。もし、もしだぞ? 記憶が完全に戻ったとしたら、お前がお前でなくなっちゃう可能性だってあるんだぞ?」
ヒトカゲは黙ってしまった。バンギラスが今言ったことはよく自問自答した事があった。記憶が戻ったらどうなるんだろう……そればかり考えて怖くなったこともあった。
実際のところ、まだ答えは出ていない。しかしこれだけははっきり言えることが1つある。ヒトカゲはそれを言うことにした。
「確かにそうかもしれない。でもだからって言って、目を背けてこのまま生きていくのは嫌なんだ。みんなにいっぱい迷惑かけちゃうかもしれないけど、これが僕の『使命』だと思ってるから」
「そっか。強いな、お前は」
「僕なんか全然強くないよ。前に同じ事言われたよ。バンギラスだって、ホントは優しいじゃない」
「……俺が?」
「暴れちゃうのはよくないけど、それも誰かを心配するあまりしちゃった事でしょ。ポッポの事だって、今だって僕の事心配してくれたじゃない」
「よせよ、恥ずかしいじゃねぇか」
その後しばらく2人は互いのことについて話し続けた。昼間までの関係はどこへやら、すっかり意気投合した友達同士の会話になっていた。
翌朝、最初に起きたのはゼニガメだった。眠そうな目をこすって隣を見たが、そこにヒトカゲの姿はなかった。
「ふぁ〜、アイツ起きるの早いなー」
眠気を取るために朝日でも浴びよう、そう思ってゼニガメは外へ出た。だが外に出た瞬間、目の前の光景を見てゼニガメは一気に目が覚めた。
「……何やってんの!?」
そこには、草の上で熟睡しているヒトカゲとバンギラスがいた。2人とも大の字になって寝ている。しかもバンギラスに至ってはいびきをかいている。ゼニガメが驚いていると、後ろからポッポがやって来た。
「ゼニガメ君、おはよ〜……って、何これ!?」
ポッポもこの光景を目にした瞬間、眠気が吹っ飛んだ。なんというだらしない姿なんだろう、このまま放置するのは私の精神が許さないと思ったポッポは、2人を起こすことにした。
「ちょっと待っててね。“かぜおこし”!」
2人を起こすため、ポッポは“かぜおこし”を使った。するとヒトカゲはそのまま飛ばされ木に激突し、バンギラスは飛ばされないものの、物凄く寒そうにし始めた。
「ぐえっ!?」
「……はっくしょん!」
2人は同時に目が覚めたようだ。ヒトカゲは頭を木に強く打ったせいで、バンギラスはもともと寒いのが苦手ということもあり、目を覚ますのに時間はかからなかった。
「みんな、おはよ♪」
「……また“かぜおこし”かよ……」
「い、痛い……」
(大胆だな、ポッポって)
ゼニガメはこの時、この島では絶対早起きしようと決意した。
「それで、これからお前らどうするんだ?」
この島に来たのはいいが、何もしていないのではないか。ふと気になったバンギラスが2人に言った。ちょうど朝食を食べ終わったヒトカゲが答える。
「この島をふらりと歩いて何か調べてみるよ。急ぎじゃないからさ」
「なら今日も泊まってけよ。荷物見ててやるからよ」
嬉しいことに、バンギラスがまた泊めてくれるという。2人とも喜んで甘えることにした。本当にバンギラスはいい奴なんだなぁと心から思えたようだ。
「マジで!? じゃ、お言葉に甘えて♪」
「いいよな? ポッポ」
「もちろん! 街へ行くなら、ここから東に行くのが一番近いわよ」
『わかった! 行ってきまーす!』
早速、ヒトカゲとゼニガメは手ぶらでバンギラスの家を飛び出した。街へ向かって元気に走りながら……
「おい! そっちは西だぞ!」
……というわけにはいかなかった。