第7話 勘違い
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
ふらつきながら歩くゼニガメと、ゼニガメの手をぐいぐい引っ張りながら森の奥へ突き進むヒトカゲ。その姿はまるで遊びに行く子供達のようであった。
「どうしたの?」
「バンギラスにあんな事言ったけどよ、ホントにポッポは生きてるのか?」
心配そうにゼニガメが言った。彼は先ほどからヒトカゲの発言を信じることができないでいた。何を根拠にポッポが生きていると確信を持った目で言えるのかと。
「……ゼニガメ、ポッポの羽見た?」
「見たよ。確かにあれはポッポの羽だった」
実はバンギラスと対面するほんの少し前、砂に紛れてポッポの羽が落ちていたのをヒトカゲは見つけたのだ。ゼニガメも同じものを見ていたらしい。ヒトカゲは続けた。
「あの羽を見たから、僕はポッポが生きてるって思ったんだ」
「えっ、どういう事?」
抜けた羽を見ただけで、生きているとわかったというヒトカゲ。どうしてそれが理由になるのかわからないでいるゼニガメのために、ヒトカゲは軽い推理ショーを始めた。
「もし誰かに襲われたりしたら、羽はあんなに綺麗な形をしたまま残ってないよ。途中から折れてたり、毛羽立ってたり……あんな風に残るとしたら、自分で羽を抜いたか、もしくは自然と抜けたかのどっちかだよ」
ヒトカゲが羽を見たとき、羽は相当綺麗な状態だった。そこから判断したとのこと。もちろん正しいとは言い切れないが、ゼニガメはヒトカゲの推理に驚き、口が開いたままになっている。
「すげぇ……一瞬見ただけでそんなことがわかるなんて!」
「えへへ、恥ずかしいよ。……ほ、ほら、行くよ!」
普段褒められることのないヒトカゲは顔を赤らめた。褒められたことによる恥ずかしさを紛らわすため、ゼニガメの手を引っ張って再び歩き始めた。
「……あれだな」
「……あれだよね」
程なくして、2人はあっという間にポッポを見つけてしまった。というのも、木にできた穴からポッポの尾羽が出ていたので、とても目立っていたからだ。ゼニガメはポッポに向かって大きな声で呼んだ。
「おーい、ポッポ〜?」
だがポッポは振り返ろうとしない。聞こえていないのだろうかと思い、ゼニガメは木に登った。そして穴の近くによると、今度は語りかけるように呼んだ。
「君、ポッポだよね?」
「そうですけど……何か?」
すると今度は反応した。ほっと一安心するゼニガメであったが、ポッポは後ろを向いたままどこかよそよそしい態度をとる。まるで構わないでくださいと言っているかのよう。
「よかったー。バンギラスが君を捜していたよ。行こう」
「……行けません」
さらりと断られたゼニガメ。これで万事解決だなと思っていただけに、拒否されたことに少々不安がのしかかった。ひとまず理由を尋ねることにした。
「どうしてさ? 君がいないせいで、バンギラスの奴大暴れしてるぜ?」
「それは知ってます……でも、ここから出たくないのです」
「病気なのかい?」
「違います」
「じゃあどっかケガしてるとか?」
「違います」
頑なに拒み続けるポッポ。いつものゼニガメなら苛立ってキレているところだが、今回は自分達の命がかかっているせいか、冷静になろうとしている。ゼニガメは何かいい案はないかと考えた。すると、1つの案が浮かんだ。
「じゃあここに連れてくるよ。ヒトカゲ、バンギラスをここまで連れてきて!」
「わかった〜!」
ヒトカゲはバンギラスのいるところへ向かって走っていった。ゼニガメは万が一のことを考え、ポッポが逃げ出さないように穴の前で見張っている。
「それにしても、何で後ろ向いたまま穴から出てこないんだ? こっち向いて話そうぜ」
ゼニガメが気になっている事を聞いた。ここに来てから、ゼニガメは穴から少し出ているポッポの尾羽しか見ていない。そんなポッポが返したのは、意外な答えだった。
「それができないから、ここにいるんです」
「へ? 一体何だっていうのさ?」
「……真面目に聞いてくれます?」
ポッポが何か話そうとしている。声色からして、とても深刻そうな悩みを抱えているのが窺える。ゼニガメは真剣に話を聞くことを約束した。
「実はですね……」
その頃、ヒトカゲはまだ走っていた。バンギラスのいた場所まではそれほど離れていないのだが、少し方向音痴の気があるようで、若干迂回しすぎたようだ。
「まるであの話にそっくりだ〜」
あの話というのは、無実を晴らすために一人の男が日没までに所定の場所に行き、もし辿り着けなければ友人が処刑されるという、超有名なお話のことである。その話を想像しているうちに、バンギラスが見えた。
「バンギラス! ポッポがいたよ!」
「本当か? どこだ!?」
「そ、それが……ちょっと訳ありみたいなんだよね。とにかく無事だから、ポッポのところまで案内するからついて来て!」
そう言うと、ヒトカゲとバンギラスはポッポのいるところへ向かって歩き始めた。その間、バンギラスはただひたすらポッポのことしか考えていなかった。
しばらくして、2人はポッポのいる木に辿り着いた。そこにはゼニガメと、木の穴から尾羽を出したままのポッポがいた。それを見て、バンギラスは間違いなくあれはポッポだと確信した。
「ポッポ! 大丈夫か!?」
「大丈夫だけど、今は会いたくないの……」
この言葉にバンギラスはかなりショックを受けた。それは雷が自分に直撃するほどの衝撃と同じくらいだったと後にバンギラスは語る。
「な……何でだよ!? どうしたんだよ!?」
「……言いたくないの」
バンギラスとポッポがこんなやりとりをしている間に、木の上にいたゼニガメが降りてきて、ヒトカゲのところへ行った。どことなく気まずそうな顔をしている。
「ゼニガメ、何があったの?」
「それがさ、ちょっと深刻でさ……」
2人はポッポの事についてヒソヒソ話をした。しかし、バンギラスが一瞬目線を2人の方へ向けたとき、そのやりとりの様子を見て、とんでもない勘違いをしてしまった。
「……てめぇら、まさかわざとこんな事を……」
ものすごい気迫を感じた2人が目線を上げると、バンギラスが激怒していた。先程以上に殺気を感じる。恐る恐る、ヒトカゲはどういう事かと訊ねてみた。
「……俺の唯一の友達であるこいつをわざと俺と引き離して、俺が悲しがる姿を見たかったんだろ! なめやがって!」
『そんなの思い込みだって――!!』
被害妄想が甚だしいバンギラスに、2人は必死に否定した。だが聞く耳持たず、バンギラスの怒りのボルテージは最高潮に達したようだ。
「今すぐてめぇらの息の根を止めてやる! 覚悟しろ!」
次の瞬間、バンギラスは2人に襲い掛かった。2人は“ひのこ”や“みずでっぽう”で抵抗するがビクともせず、あっという間にバンギラスは両手で2人の首をつかみ、絞めながら2人を持ち上げた。
「うっ……ぐっ!」
息が出来ずに苦しむ2人。一向に弱まることのない力。どうにかしてこの状況を打破しなければと思い始めたその時、それまで黙っていたポッポが叫んだ。
「バンちゃん! そのポケモン達は何も関係ないのよ!」
その声に反応し、とっさにバンギラスは両手を離した。それと同時に2人は地面に叩きつけられた。2人はよほど苦しかったらしく、首をおさえ、大きく呼吸をしながらむせている。
「……関係ないのか?」
「関係ないわ。……隠しててもしょうがないから、正直に話すわ」
とうとう覚悟を決めたのか、ポッポは姿を見せることにした。木の穴からゆっくりと出てきたポッポを見て、バンギラスは固まってしまった。
(あ〜あ……)
苦しみが少しとれたヒトカゲとゼニガメは少し残念そうに2人の方を見た。バンギラスが見たもの、それは10円玉くらいの大きさで、羽が生えていない部分があったポッポの頭だった。
「お、お前、その頭……」
「……『円形脱毛症』みたい。だから誰にも見られたくなかったのよ……」
ポッポが暗い顔をして言った。彼女曰く、突然抜けてしまったのだという。愕然としていたバンギラスであったが、ふと我に返りポッポに語りかけた。
「そうだったか……気にするな、とは言わねぇけど、俺はお前がどんな姿であれ、ずっと一緒にいてほしいぜ……」
「バンちゃん……」
ポッポが涙を流している。バンギラスは少し哀れんだ目でポッポを見ている。お互いの友情を確かめ合っている感動的な場面に水をさしたのは、ヒトカゲだった。
「もしかしてそれって、羽が生えかわってるだけじゃない?」
ここ『ナランハ島』は季節で言えば夏を迎えようとしていた。ポケモンの毛や羽の生え変わりにはピッタリの時期であった。ゼニガメ・バンギラス・そして当の本人のポッポまでもが、ヒトカゲの一言でようやく気がついた。
『……あっ……』
「悪かった! 本当にすまない! 許してくれ!」
「私からも謝るわ、本当にごめんなさい」
森を抜けたところにある、ポケモン達が住んでいる町の広場で、バンギラスとポッポが土下座してみんなに謝っている。しかしみんなは怒るどころか、大笑いしている。
「え、円形脱毛症と生え変わりを勘違いするなんて……おかしい、おかしすぎるっ!」
「羽が落ちてただけで殺されたと思ってたとか、被害妄想激しいな」
「あんなに暴れといて結果がこれか、ハハハ!」
そんな雰囲気でも、ただひたすらバンギラスとポッポは謝るしかなかった。あれだけ巨大な怪物に見えたバンギラスも、今となっては怯えてる小熊くらい小さく見えている。
「ったく、俺らは殺されかけたってのによ、なぁヒトカゲ?」
「まあ、いいじゃない♪」
周りの様子を見て、ヒトカゲもどうでもよくなったらしい。ゼニガメはどこか浮かない顔をしていた。すると、目の前にバンギラスとポッポがやって来た。
「何て言っていいやら……疑ったりして本当に悪かった!」
「別に気にしてないよ。ただ……いきなり殺すとか言わないでね。恐いから……」
ヒトカゲは笑顔でバンギラスを許した。この時、バンギラスには彼がまるで天使のように見えたとか、見えてなかったとか。
「……申し訳ない。お前らには感謝しなきゃな。お前らが俺の所に来なかったら、俺はずっと暴れていたかもしれない。……ありがとう」
これにはヒトカゲとゼニガメは顔を赤くして照れた。改めて、感謝されるっていい気持ちだなと、2人は感じることができた。
「お詫びにはならないけど、今夜バンちゃんの家に泊まっていってよ。私がおもてなしするから」
「えっ、ホントに!? やった!」
「バンちゃんは反省として、いっぱい仕事してもらうからね」
「……はい……って、今のはお前だな!?」
ゼニガメがイタズラしてポッポの声色を真似して言った。それにバンギラスが引っかかり、みんなはドッと笑った。何はともあれ、この一件はこれで一段落したようだ。