第6話 大暴れ
次の日、2人は海の上を移動していた。ゼニガメが自分の胴体にロープを巻きつけ、それをヒトカゲが乗ったボートにくくりつけてある。思った以上に速く進むため、ヒトカゲは驚いている。
「ハハッ、すごいよゼニガメ!」
「任せとけって……!?」
それは、ゼニガメがよそ見した一瞬の出来事だった。ゼニガメが前を振り向くと、目の前にはマンタインが急接近していた。顔と顔の距離が1cmもないほどだった。もちろん止まれるわけもなく、そのまま顔と顔がゴッツンコ。
『うわあぁ――!』
真正面からぶつかった反動で大きな波ができ、それにのまれてゼニガメとヒトカゲは軽々と空中に放り出された。その様はビーチボールさながらであった。
「あ〜……行っちゃった」
2人が飛ばされている様子をのんびりと見ながら、マンタインが人事のように呟いた。特に心配もせずに、また海中へ潜っていった。
「ちょっと、このままどこに飛ばされるの!?」
「俺に聞くなよー!」
慌て騒ぎながらも、空中に身を任せて飛んでいるヒトカゲとゼニガメ。しかし数秒も経たないうちに、ヒトカゲはある事に気づき、顔が青ざめていく。
「ねぇ、ゼニガメ。僕達……飛んでるんじゃなく、落ちてない?」
「……っぽいな」
一瞬間をおいた後、
『落ちてるの――!?』
2人がようやく頭の中で状況を理解したときには、もうすでにどこかの島の砂浜が見えていた。しかもその砂浜がどんどん近づいている。
『ぶつかるうぅ――!』
空中でもがく2人。だが悲しいことにもがいたところで何の意味もなく、頭から砂浜に突っ込んでしまった。2人は砂浜に“刺さった”。
『…………』
気を失ってしまったのか、しばらく2人はその姿勢を保ったままでいた。先にもがき出したのはヒトカゲだった。両手で地面を一生懸命押して、何とか出ることができた。
「……ぶはぁっ! ゲホゲホッ! うえ〜砂が口に入ったー、ペッ!」
ヒトカゲは何とか無事だった。口の中の砂を出すと、ゼニガメの方を見た。ゼニガメは砂浜に刺さる直前に甲羅の中に隠れていたようだ。
「今抜いてあげるから待ってて!」
ヒトカゲはゼニガメの甲羅を両手でしっかり持つと、ありったけの力を込めて引き抜いた。その反動でヒトカゲは後ろに倒れてしまった。ゼニガメはと言うと、砂浜から抜け出せたとわかると、一気に頭と手足を出した。
「げぇ〜甲羅の中にまで砂が入っちゃってるよ〜……ゲヘッ!」
ゼニガメも無事だった。海水でうがいを10回くらいして口の中の砂を出した。それにしても相当高い位置から落ちてきたにもかかわらず無傷とは、2人ともタフである。
「はぁ、災難だった……」
ヒトカゲが頭を抱えながら言った。尻尾の火を消されそうになったり、砂浜に突き刺さったりと、この短期間に自分にとって災難と思えることがいくつあっただろうか。
「ボートもなくなっちゃったし……あっ、荷物どこ!?」
ゼニガメが自分達の荷物がないことに気づいた。慌てて2人で辺りを探した。すると偶然にも、砂浜から少し離れたところにある木でできた看板らしきものに荷物が引っかかっていた。
「ゼニガメ! あったよ!」
ヒトカゲがそれを見つけ、2人は荷物へ駆け寄った。荷物の中身を確認したが、どうやらなくなったものはなかったようだ。安堵のため息を漏らす。
「勾玉もあった! よかった〜」
「勾玉? 何それ?」
ゼニガメがヒトカゲの荷物を覗きながら訊ねた。どうやら彼は勾玉を見るのが初めてなようで、その綺麗な見た目に興味を示している。
「お守りみたいなものかな。エンテイが持って行けってくれたんだ」
「えっ、それなくしたら大変だったじゃん! よかったな」
ヒトカゲは勾玉を大切にしまうと、荷物が引っかかっていた看板に目をやった。木で出来た看板ではあるが、最近作られたのではと思うほど新しい。
「えっと、『ようこそ、ナランハ島へ』……うそ!? ゼニガメ、ここ僕達が行こうとしてた島だよ!」
「マジで!?」
再び偶然が起こった。今2人がいる島は、アスル島から一番近くにある、ヒトカゲ達が行こうとしていた『ナランハ島』であった。これはラッキーとばかりに喜び、街を目指して行こうと荷物を整理していたその時、突如地面が揺れ始めた。
「うわっ!?」
「な……何? 地震?」
しかし、地震だと思ったらすぐに揺れが治まった。そして揺れなくなったと思ったらまた揺れ始めた。それが数回繰り返され、明らかに自然に起こるものではないと悟った。
「これ地震じゃないよね!?」
「みたいだな! たぶん誰かが故意に揺らしてるんだ! ヒトカゲ、行ってみよう!」
「うん!」
2人は急いで砂浜のすぐ近くにある森の中へと入って行った。
森の中は鬱蒼(うっそう)と草木が生えていて、それを掻き分けながら2人は進んでいる。結構進んだようだが、森が深くなるだけで、何も変化はない。
それでも揺れは先ほどと同様、短時間で揺れたり止まったりを繰り返している。それだけでなく、森を進んでいくにつれて揺れが大きくなっていく。
「何なんだろう、一体……」
「気になるな……」
ヒトカゲはちょっと怖がっているが、そんな事お構いなしにゼニガメは先頭に立って進んでいる。それから直に、2人はポケモンを見つけた。
「あれ、イーブイだよな?」
「でも様子が変だよ? 僕話してくる!」
この不規則な地震に怯えている、というよりは、何かを心配そうにしている表情のイーブイがヒトカゲ達の目の前にいた。何か知っているかもしれないと2人はイーブイに近づいてみる。
「君、イーブイだよね?」
「あ、あなたは?」
「僕はヒトカゲ。何かあったの?」
「そ、それが……」
イーブイは困ったような顔をしている。おどおどしている彼女を少し落ち着かせ、事情を聞いてみることにした。
「昨日からあの奥の方で、何でかはわからないんだけど、バンギラスが暴れまくってるのよ。みんな止めようとしたんだけど、“すなあらし”で飛ばされるどころか、近くにさえ寄れないでいて……」
その時、大量の砂が勢いよく3人のいる方に押し寄せてきた。どうやらこれが話に出てきたバンギラスによる“すなあらし”のようだ。
「あっ、伏せて!」
3人は慌てて地面に伏せた。そして砂と一緒に別のポケモンが流れてきた。体が丸く、岩でできているボールに手が生えたような姿をしている、ゴローンというポケモンだ。
「ぐはっ! 痛ててて……」
「ゴローちゃん、大丈夫!?」
(俺達、今日砂まみれの1日になりそうだな……)
ゼニガメとヒトカゲが砂をはらいながら同じことを考えていた。「今日は自分たちにとってのサンドストーム記念日と名づけてもいいだろう」と。
「ダメだ、全然おさまらねぇ。どうすれば……」
「それなら、僕達が行ってみるよ」
突然、ヒトカゲが真剣な表情で言った。原因を突き止めたいという思いと、バンギラスの知り合いでない者ならば事情を聴きやすいのではないかと思ったからだ。
「止めとけ! お前らが敵うような相手じゃねぇから!」
「やってみなきゃわかんねーだろ。なぁヒトカゲ?」
ゼニガメの言葉にヒトカゲは黙って頷いて、2人は走ってバンギラスのいる方へ向かって行った。ゴローンとイーブイは何も言えず、2人の姿を見たまま立ちすくんでいた。
「うらぁっ!」
その頃、この地震と砂嵐を起こしている張本人・バンギラスはまるで森を破壊するかのように暴れていた。2mある巨体から繰り出される技は、その威力を全く衰えさせていない。
「おい、止めろよ!」
暴れ狂うバンギラスの前に、ゼニガメとヒトカゲがやって来た。声で2人の存在に気づいたバンギラスは、一旦暴れるのを止めて2人の方を睨んだ。
「……見かけない顔だな。さては外者だな?」
「だったら何だって言うんだ? お前が暴れてるからみんな困ってるだろ!」
2人がこの島以外のポケモンだとわかると、バンギラスはいきなり2人に向かって攻撃を始めた。巨大な尻尾を地面に叩きつけ、砂塵を宙へ舞い上がらせる。
「“すなあらし”!」
バンギラスの攻撃と同時に、宙に舞っていた砂が波しぶきの如く一気に2人に向かってきた。抵抗できずに砂に埋もれながらも、近くの木に掴まって流されずに済んだ。
「いきなり何するんだよ!?」
「てめぇらが犯人なんだろ! だったら俺は許さねぇ!」
どうやら話がかみ合っていない、というよりは会話が成立していない様子。しかもどういうわけか犯人と言われる始末。とにかくその理由をヒトカゲが質問した。
「ま、待って! 犯人って何のさ!?」
「自分の胸に手をあてて聞いてみな! “じしん”!」
突然、強い地震が起きた。さらに地面に割れ目ができ始め、その割れ目が2人のいる木の根元にやって来た。すると木がいきなり真っ二つに割れ、2人を乗せたまま倒れた。
「痛ってぇ……この野郎、話を聞けよ! 何があったんだよ!?」
ゼニガメが必死に暴れる理由を聞こうとした。すると“すなあらし”で攻撃しながらではあるが、バンギラスが話し始めた。
「てめぇらが俺の友人を殺したんだろ!? ふざけやがって!」
するとバンギラスは、口にエネルギーを溜め始めた。“はかいこうせん”を放つ気だ。目標はもちろん2人。今まさに“はかいこうせん”が放たれようとしたとき、ヒトカゲが大声で叫んだ。
「僕らは昨日ずっとアスル島にいたんだ! アリバイなんていくらでもあるよ!」
それを聞いた途端、バンギラスは“はかいこうせん”を放つのをやめた。それまでは聞く耳持たずだった彼が、初めて2人の言うことに耳を傾けたのだ。
「……それは本当か?」
「本当だ。なぁバンギラス、友人が殺されたって言ったけど、どういう事なんだ?」
ゼニガメが落ち着いた表情で質問した。事が事だけに互いに理解することが必要だと感じている。それを少し察したのか、バンギラスは少し興奮したではあるが話し始めた。
「昨日、俺は友達のポッポに会いにここへ来たんだ」
(バンギラスとポッポが友達……マジですか……)
2人は同じことを思った。
「そしたら、俺の足元にあいつの羽が数枚落ちていたんだ。何かあったと思って家に行ったがいねぇし、近くを探したけど見つからなかったんだ!」
話を進めていくうちに、バンギラスの怒りのボルテージが少しずつ上がってきたようだ。段々と粗い口調へと変化していく。目つきも鋭くなっていく。
「ポッポが一度も俺の前から黙っていなくなることはなかった! だから何者かに殺されたと俺は確信した! 俺はそいつを捜してたんだ!」
怒りが再び頂点に達しかけたのか、今にも攻撃を仕掛けてきそうな体勢だ。また“すなあらし”を受けてはたまらないと、慌てて2人がバンギラスを止める。
「待てよ! それだけで殺されたなんて決めるのは早いって!」
「そうだよ! ポッポは絶対生きてるって! きっと何か事情があったんだって!」
“生きてる”という言葉に反応し、バンギラスは大人しくなった。死んだとばかり思っていた彼にとっては本当であれば好都合な話だ。再びヒトカゲ達の言うことに耳を傾ける。
「事情だと……?」
まさか嘘をついているのではないだろうな、と言わんばかりの凄みをきかせた目で2人を睨みながらバンギラスが言った。
「ああ、そうさ! 殺されたなんて事はないと思うぜ? この島でそんな犯罪あった事あるか?」
「犯罪なんかねぇが……殺されてないって可能性もあるわけじゃねぇんだぞ?」
「じゃあさ、僕達がポッポを捜して連れてくる。これでどう?」
突如、ヒトカゲが思い切った提案をした。予想だにしてないヒトカゲの発言にゼニガメはおどおどしている。だがヒトカゲはどういうわけか自信に溢れている顔をしている。
生きていればそれに越したことはない。自分でも暴れたところで解決にはならないと悟ったようだ。その場でバンギラスは少し考え込み、答えを出した。
「……いいだろう。だが、俺はてめぇらを信用なんかしてねぇ。犯人かもしれねぇからな。期限は夕日が沈むまで。もしポッポを連れて来れなかった、もしくは本当に殺されていたとしたら、俺はこの島を潰すと同時に、てめぇらを殺すからな! わかったな!?」
ものすごい迫力でバンギラスが言い放った。しかしそれに屈することなく、ヒトカゲは自信に満ちた顔で答えた。絶対に生きているんだと目で訴えてるかのようだった。
「絶対連れて来るから! 任せといて!」
そう言うと、ヒトカゲはゼニガメの手を引っ張ってその場を後にした。