第5話 島巡り
「う、嘘でしょ――!」
ヒトカゲの目の前にいたのは、ヒトカゲの父親・ウインディだった。ウインディはこちらをにらみながら不敵な笑みを浮かべている。ビックリ仰天したヒトカゲは思わずその場で飛び跳ねた。ゼニガメは「何をそんな驚いているの?」といった顔をしている。
「ヒトカゲ、知り合いなの?」
何も知らないゼニガメが質問した。だがヒトカゲは慌てふためいて質問に答えるどころではなさそうだ。彼に代わってウインディが答えた。
「はじめまして。ヒトカゲの父のウインディだ。よろしく」
ウインディとゼニガメが互いに軽く挨拶を交わす。その横では、まさかの展開にヒトカゲは大量の冷や汗をかいている。言葉も出てこない。
「さてと……ヒトカゲ」
「は、はいっ!」
ウインディに呼ばれたヒトカゲは、ものすごく緊張した様子で返事をした。声がひっくり返り、背筋がピンと真っすぐになっている。
(ど、どうしよう……絶対怒られるだけじゃすまない! セメントで固められて海に沈められる!? それとも麻酔なしで指を詰められる!? や――ごめんなさいっ!)
ヒトカゲはかなり最悪の展開を考えていた。極道モノのテレビの見すぎである。そんな絶望の淵に立たされたヒトカゲに、ウインディは真剣な表情で質問をした。
「お前、何故父さんに黙っていた?」
ヒトカゲは俯いたまま、しばし沈黙していた。しかし黙っていても解決するわけでもなく、さらに嘘をつけないヒトカゲは、正直にその理由を話すことにした。
「だって、僕が旅をするって言ったら、お父さん絶対反対するでしょ? でも自分でしなきゃ意味がないって思ったから……」
ぼそぼそと小さな声しか出せずにいる。きっと怒鳴られて無理やり連れてかれるんだと思っている。だがウインディは説教をするかと思いきや、喝を入れた。
「バカ言うな! これはお前の事なんだ! お前がやらなくて誰がやるんだ!? ……確かに親としては心配するが、お前の本当の事がわかるなら話は別だ。親に反対されようが何しようが突き進むもんだ! でないと一生後悔することになるぞ!」
「お父さん……」
「ヒトカゲのお父さん……」
ウインディは熱弁する。ここまで想っていてくれたなんて――ヒトカゲはウインディの優しさに目を潤わせ、ゼニガメはそれを見てもらい泣きしている。
「それに、エンテイ様が言っていたぞ。『ヒトカゲなら心配ない』って」
「じゃあ、お父さん……」
「あぁ、行ってこい。そして必ず実現させろ!」
「……わかった!」
ヒトカゲの返事を聞くと、ウインディはゼニガメの方を向いた。まだもらい泣きが続いていたため、慌てて目元に溜まった涙を拭きとり、ウインディをしっかと見つめる。
「そして、ゼニガメ。ヒトカゲを頼んだぞ」
「わかりました!」
ヒトカゲとゼニガメは、ウインディと固い約束を交わした。そして、ヒトカゲはウインディに抱きついた。便乗してゼニガメも抱きついた。これを現代の言葉でたとえるなら、KYだろう。
「結局、ヒトカゲの父さんは何しにきたんだ?」
「僕の事が心配になっただけだと思うよ。いつものことだから」
しばらくしてウインディが帰ってから、道を歩きながら会話するゼニガメとヒトカゲ。あれほど心に染みるやりとりだったはずなのだが、いざ本人がいなくなるといつもの調子に戻っていた。
「でも置手紙だけして家出するなんて、ヒトカゲ、カッコイイじゃんか!」
「って言っても、すぐにバレちゃったし。ここにいるのもどっから情報得たんだか……」
あれだけ勇気出して家出したのに……と思いつつ、ヒトカゲは肩を落とし、それを見たゼニガメはハハハと笑い飛ばした。そうこうしているうちに、街の中心にやって来た。
「ここがアスル島の中心だよ!」
そこはヒトカゲにとっては都会に見えた。岩だらけの海岸とは異なり、目の前に広がるのは建物だらけ。その1つ1つをゼニガメが説明し始めた。
「ここが、我が島自慢のアスル水族館!」
「水族館? この島に水族館必要?」
アスル島は、基本的にみずタイプのポケモンが多い。であるにも関わらず水族館があることが不思議なようだ。この質問により、ヒトカゲはある事実を知ることになる。
「だって、ここ他の島から来たポケモンの観光名所だぜ?」
「えっ、他の島ってみんな自由にここに来れるの? 僕の島はすっごい厳しくて、他の島で観光なんてできないよ?」
当たり前のように言ったゼニガメの言葉が信じられなくて、ヒトカゲは思わず質問した。これについてゼニガメは理由を知っているようだ。
「あぁ、ロホ島の掟ね。……その理由は今度教えてやるよ。さ、次行くよ♪」
ヒトカゲの疑問をよそに、ゼニガメは淡々と街の案内を続けた。最初は気になっていたが、徐々に街の魅力に感動して、ヒトカゲはそれに夢中になっていた。そしてあっという間に最後の建物になった。
「ここで最後だな。これは昔からある神殿なんだ」
ヒトカゲが最後に連れて行かれた場所、それは少し高い丘の上にある神殿だった。柱が5本立っている五角形型で、周りは壁で仕切られている。
「ここは昔『海の神様』に会える場所だったみたいで、災害とかが起こった時に多くのポケモンがお願いをしに来たんだとさ。今は番人のスイクンが住んでるんだけど、いない事がほとんどだな」
「へぇ〜すごいな! 海の神様かぁ……見てみたいなぁ」
ヒトカゲはゼニガメのした昔話に興味津々だ。特に“海の神様”に興味を持ったようだ。何でもいいから知りたいと思い、ゼニガメに色々質問をし始めた。
「ねえゼニガメ。海の神様って、やっぱりポケモンなの?」
「ポケモンだよ。でもその姿をはっきりと見たポケモンはほとんどいないらしいぜ」
海の神様を見たポケモンが皆無だと知り、ヒトカゲはますます興味深くなった。そんな貴重な存在とわかれば、せめてその姿だけでもおさめてみたいと思っている。
「どっかに資料とかないの?」
「残念だけど、ないんだ。あるとしたら言い伝えだけだな」
「言い伝え?」
「う〜ん、俺がおじいちゃんから聞いた話だと、嵐で荒れ狂った海を一瞬にして沈めた、これくらいかな?」
その話を聞いたヒトカゲは、目を輝かせている。どうやらそのポケモンに惚れたらしい。ヒトカゲの想像では、その海の神様はまるで女神のような存在が杖を振るとすべてが吹っ飛ばすことができるようだ。
「カ、カッコイイ……僕もそんなポケモンになりたいな〜」
「ヒトカゲ、目がいっちゃってるぞ……おーい、ヒトカゲー?」
完全にヒトカゲは別の世界へ行ってしまっていた。普通の状態に戻ったのは、それから30分後だったという。
一通り観光を終え、2人は砂浜に来ていた。空はすっかり夕焼け色に染まっていた。街もだんだん賑わいが落ち着き始め、みんなは夜を迎えようとしていた。
「この島には手がかりなかったな〜」
「よく言うよ、観光で大はしゃぎしてたくせに」
ゼニガメの一言でヒトカゲの心に何かがグサッと刺さったが、恥ずかしくて照れ笑いした。もちろん、旅の目的そっちのけで大はしゃぎしていたのは事実であるが。
「それで、これからどうするんだ?」
「ここから一番近い島に行こうかなって思って。でも移動手段がないから、どうしようかなと」
ヒトカゲが困ったようにそう言うと、ゼニガメがその場に立ち上がって、「俺がいるじゃんか!」と自分を指さした。ゼニガメが何故そんなに堂々としている様子なのか、ヒトカゲには意味がわからなかった。
「え? だって甲羅の上になんか乗れないよ?」
「バカだなぁ、そんな事するかよ! あれだよ、あれ!」
ゼニガメが遠くの方を指差した。ヒトカゲがその方向を見ると、そこには誰も使ってなさげなゴム製のボートが置いてあった。
「もしかして、引っ張っていってくれるの?」
「もちろん! 俺にかかればこんなの朝メシ前だ!」
ゼニガメが胸を張って言った。これはありがたいと、ヒトカゲは嬉しそうな表情をする。尊敬の眼差しでゼニガメは見られていることに気付き、少し照れる。
「じゃあ、行くか!」
「やだ」
突然の一言。しかも即答。ここは展開的にも「うん!」と言っておくべきではないかと作者も思うほどだ。ヒトカゲのやだ発言は、ゼニガメの熱い思いを一気に冷めさせた。
「……えっ、やだ?」
「だってもうすぐ暗くなるし、夕飯だって食べてないし。それにこの旅は焦る必要ないからさ、ゆっくり行こうよ」
ちょっとガッカリしたゼニガメであったが、ヒトカゲの言うことも一理あると思い、すぐに気持ちを切り替えた。
「そうだね、じゃあ夕飯食べにいこう! おいしいお店に案内するよ!」
「やった! 行こう!」
夜、満腹になった2人は砂浜でぐっすり寝ていた。夜空は星がはっきり見えて綺麗である。その夜空に、とてつもないスピードで飛行しているポケモンがいた。
そのポケモンは、朝方ヒトカゲをアスル島まで運んでくれたプテラだった。砂浜で寝ているヒトカゲを見つけると、飛行を止めてその場でヒトカゲの方を見た。
「あれ、1人じゃなかったか。めんどくさいな〜。まっ、いっか」
しばらく黙ってヒトカゲを見た後、また飛行を始め、どこかへ行ってしまった。