第4話 初めての仲間
(う……ん、これは、夢……? なんか、すごく暖かい……暖かい? いや、むしろ暑くないか?)
どうやらヒトカゲは生きているようで、夢を見ている。しかしどういうわけか暑がっている。一方現実世界では、ゼニガメが心配そうにずっとヒトカゲのそばについている。
(……うん、暑い。というか、ものすごく暑くない!? 暑いよこれ! どうなってるの!?)
熱さに耐えきれなくなり、ガバッとヒトカゲは体を起こした。腕や背中、さらには頭からものすごい量の汗をかいている。手のひらもべたついている。
「はっ、気がついた! 大丈夫か!?」
ゼニガメがそれに気づくや否や、ヒトカゲの体調を尋ねた。数時間前の悪ぶった態度はどこへやら、表情だけ見ればいじめられっこのように不安気な顔である。
「うん、だいじょー……」
「よかったあぁ〜っ!」
「ぐえっ!?」
ヒトカゲの無事を確認するや否や、ゼニガメは大泣きしながらヒトカゲに抱きついた。ヒトカゲは苦しそうにしながらも周りを見てみた。ここはどうやらゼニガメの家のようだ。さらにヒトカゲの周りにはストーブ5つ、湯たんぽ7つ、そして毛布には大量のほっかいろが貼ってあった。
(どうりで暑かったわけだ……)
炎タイプといえど、これだけ蒸し暑い物で囲われたらさすがに不快になる。だが今はそれ以上にゼニガメによる締め付けが苦しくなってきたようで、甲羅をバシバシ叩き始めた。
「ごめん、俺そんなつもりじゃなかったのに……」
「わ、わかったから……早く……苦しっ……」
まだ泣きながらきつく抱きしめているゼニガメのせいで、ヒトカゲは本当に死にそうだ。それに気づいたようにゼニガメはパッと手を離し、ようやく解放されたヒトカゲはゼェゼェと息を荒げた。
「腹減ってるだろ!? お詫びにならないけど、何か作るよ! 何食べたい!?」
「えっ? はぁ……」
「は? ハンバーグか? ハンバーグが食べたいのか!? よしっ、待ってろ!」
ヒトカゲの発言を聞いたか聞いてないくらいの速さで勝手な解釈をすると、ゼニガメは大急ぎで台所に向かい、料理を始めた。ヒトカゲは先ほどとは性格も行動も正反対のゼニガメを見て、きょとんとした。
(『はぁ』って言っただけなのに……)
料理がひと段落したところで、ゼニガメが戻ってきた。部屋には料理の匂いがまわってきていて、ヒトカゲのお腹が自然と栄養不足のサインを鳴らす。
「本っっっ当に悪かった! 何と言っていいやら……」
ゼニガメは両手を合わせながら必死にヒトカゲに謝罪した。だがそのことに対してあまり気にしていないようで、ヒトカゲは軽く返した。
「わざと狙ったわけじゃないんでしょ? 気にしなくていいって」
「……ヒトカゲ……(狙ったなんて言ったら殺されるっ……!)」
ヒトカゲの優しさに嬉しくなったからなのか、それとも本当の事を言って何をされるかわからなくて怯えているのかはわからないが、ゼニガメは目に涙を浮かべた。
「ところで、さっきは何で俺に攻撃をしてこなかった?」
ゼニガメが気になっていた事をヒトカゲに聞いた。いくらでも攻撃できる隙はあったが、ヒトカゲは一切反撃することはなかった。それについてヒトカゲはゆっくりと話した。
「……僕は、本当は戦うことがあまり好きじゃない。みんなが無駄に傷つくことが嫌いなんだ。さっきのも、ワニノコが無事ならそれでいいって思ったからだね」
ヒトカゲの真意を聞いたゼニガメが、大きくため息を一つついて、話し始めた。
「俺、いつからあんな事するようになったかな……最初は兄さんと一緒にポケ助けしてたのに」
「兄さん?」
「そっ。俺のカメール兄さん。ある日にいきなり行方不明になっちゃって。いまは俺独りなんだ」
「そうだったんだ」
ゼニガメの表情はいたって普通であったが、初対面で複雑な事情について聞くのはさすがによろしくないと思い、ヒトカゲは簡単に返事をするしかしなかった。
「そういやお前、ヒトカゲってことは、ロホ島のポケモンだよな? どうしてこの島に?」
思い出したかのようにゼニガメが聞いた。自分のことなら話してもいいかと、ヒトカゲはこの島に来るまでの経緯――自分が記憶喪失であることと、この旅の目的について話した。
「へぇ〜そういうことだったのか。なんか……カッコイイな!」
ゼニガメに褒められて、思わずヒトカゲは顔を赤くした。カッコイイと言われたのはこれが初めてなのだ。そんなヒトカゲを見ながら、ゼニガメは続けた。
「あのさ、もしよかったら、その旅に俺も連れてってくれないか?」
「えっ?」
意外な発言だった。しかも突然だ。ヒトカゲは戸惑いながらも、その理由を訊いてみることにした。
「このままここにいてもまたいたずらするだけだろうし、罪滅ぼしのつもりで少しでもヒトカゲの役に立てればいいと思ったからさ。それに、もしかしたら兄さんに会えるかもしれないから……どうかな?」
今のヒトカゲにとって仲間が増えることはとても嬉しいことだ。答えを待っているゼニガメを見ながら考える素振りを見せるが、もちろん答えは決まっていた。
「じゃあ僕からお願いするよ。一緒に行こう!」
「……ヒトカゲー!」
ゼニガメはまたまた泣き出してヒトカゲに抱きついた。案外涙もろいようだ。背中の甲羅を軽くたたきながらなだめている。
「ははっ、番長がこんなに泣いて……あれ?」
ふと、ヒトカゲは何かに気づいたようだ。どうも変な臭いが鼻に入ってきたらしく、ゼニガメから離れて鼻に指を当てる。
「変な臭い? ……あっ!」
何かを思い出したゼニガメが急いで台所へ向かった。そこでは焼きっぱなしにしてあったきのみハンバーグが黒煙を上げて炎上していた。
『も、燃えてるぅ――!?』
キッチンを2人で消火してからしばらくして、ヒトカゲは部屋を引っかき回しているゼニガメに訊ねた。すでに荷物の量はヒトカゲの2倍はある。
「ゼニガメ、準備できた?」
「あとちょっと待って。えーっとこれはいる、これはいらない……」
ゼニガメが旅のために持って行くものをいろいろ分けていると、1枚の写真が棚の上の方からひらひらと落ちてきた。それをヒトカゲが拾い上げた。
「これは?」
「……行方不明になる少し前に撮った、兄さんと俺の写真だ。こんなところにあったんだ」
そこには、肩を組んだゼニガメとカメールが仲良さそうに写っていた。写真は少し古いのか、日焼けしているように見える。ヒトカゲは少しうらやましそうにその写真を見た。
「大丈夫、きっと無事だから。絶対会えるって!」
ヒトカゲがゼニガメを励ました。その言葉に、ゼニガメは笑顔で振り向いて答えた。今までも同じように励ましの言葉をもらったことがあるが、今回は一際嬉しかったようだ。
「だよな! きっとどこかにいるさ!」
ゼニガメはその写真を大切にしまい、持っていくことにした。これで準備は整ったようで、荷物を詰めたカバンを背負う。重くて若干後退したが、なんとか持ちこたえた。
「よしっ、準備できたぜ!」
「それじゃ、出発!」
ヒトカゲとゼニガメが勢いよく外へ飛び出した。これから2人の旅が始まる――と期待に胸を膨らましていた。が、少し進んだところで2人はいきなり立ち止まった。
「ってか、ヒトカゲ。どこ行くの?」
「えっ? あっ、決めてない……」
「へ? じゃあこの島に来た理由は何?」
「……ロホ島から一番近かったから……」
(何するために旅してんだよ!?)
ヒトカゲの無計画さに思わずゼニガメは頭を抱えた。ヒトカゲもとりあえずロホ島から離れたい一心だったため、宛は特になかったのだ。
「じゃあさ、せっかくだからこの島をまわってみるかい?」
(そうだ、この島来たばっかなのに、何もしないまま出て行くとこだった……)
今頃になってヒトカゲが気づいた。抜け抜けである。ヒトカゲにとってアスル島は初めての場所だ。興味と期待を抱きながら2人が島巡りをしようと決めた、その時だった。
「ヒートーカーゲー……」
何やら聞き覚えのある声がヒトカゲの後ろから聞こえた。そして悪い予感がしたようで、一瞬身震いをした。
(この低〜い声、もしかして……)
ヒトカゲは恐る恐るゆっくりと後ろを振り向いた。そこには、ヒトカゲが今1番会いたくないポケモンが座っていた。