第3話 番長
「ついたぁ〜!」
あれからしばらく歩いたヒトカゲは、海にたどり着いた。朝の海なだけあって、太陽の光が反射する海はキラキラ輝き、景色はとてもよいものだった。
「でも、どうやって渡ろう……」
ここに来てまた問題が発生した。ヒトカゲには海を渡る方法がなかった。こんな朝早くでは船もないし、じっとしていたらウインディに見つかってしまう。海を見ながら困っていた時、上から声が聞こえた。
「おい、ボウズ! 何してんだ?」
その声に気づいたヒトカゲが上を見上げると、大きな翼を広げたポケモンがこちらを見ている。お互いの目が合うと、そのポケモンは空から降りてきた。
「あの、いきなりですが……どちら様?」
大きな顎に鋭い歯、長い尻尾を備えているそのポケモンを目の前にし、ヒトカゲはちょっと驚きながらも丁寧に尋ねた。
「俺ぁ、プテラ。世界をぶらりと旅してる遊び人さ」
見た目とは異なり、陽気な感じのプテラが自己紹介した。楽しそうなポケモンだなと思う反面、いきなり知らないおじさんに声をかけられたことにヒトカゲの気持ちは複雑だ。
「ボウズ、名前は?」
「僕、ヒトカゲ」
「ボウズ、こんな朝っぱらから1人で何してんだ? 迷子か?」
プテラがヒトカゲの顔を覗き込みながら、不思議そうに尋ねた。本人は全く思っていないが、端から見るとただのうざいおっさんである。ヒトカゲも少しだけそう思っている。
「この海を渡りたいんだけど、方法がなくて……」
「ははっ、それなら俺が連れてってやるよ!」
「えっ、ホント!?」
嬉しいことに、プテラが海を渡らせてくれるという。足止めされる可能性があったヒトカゲにとってはまさに棚から牡丹餅。大はしゃぎで喜んでいる。
「行き先決まってんのか?」
「いや、決めてないです」
「だったら、ここから一番近い島にすっか!」
そう言うと、プテラはヒトカゲを足でがっちりつかみ、勢いよく空へ向かって上昇した。そして、ものすごいスピードで一番近い島に向かって飛び始めた。
「あ、落ちたらゴメンな!」
「落とさないでえぇ!」
一方、ロホ島にあるヒトカゲの家では、ウインディが右に行ったり左に行ったりとおろおろしていた。どうやら起き抜けにヒトカゲの書置きを読んだようだ。
「昨日怒りすぎた事に腹を立てたのだろうか……どこ行ってしまったんだヒトカゲ……」
とりあえず外に出て探しに行こうとするウインディ。ヒトカゲをきつく叱りつけたことを後悔しているようだ。家から出ようとしたその時、どこからか声が聞こえた。
「探す必要はない」
ウインディがその声の主を探そうとキョロキョロ辺りを見回していると、目の前にその主が現れた。茶色い毛を持ち、火山を彷彿させる金属らしきものを備えた獅子のような姿だ。
「エ、エンテイ様!?」
「いかにも……」
声の主はエンテイだった。一般的な住人であるウインディからすれば、番人であるエンテイは高貴なお方。突然の遭遇にウインディは驚かずにはいられない。
「わ、私のヒトカゲは!?」
「ヒトカゲは旅に出た。自分の命を救った奴を探す旅にな」
「旅!? じゃあやっぱりあの時様子がおかしかったのは……はっ、しかしこの島の掟では……」
「私が許可した。ヒトカゲは断固たる決意の元、勇敢にも私に立ち向かってきた。あの子なら大丈夫だろうと思ったからだ」
いくらエンテイに言われても、ウインディはヒトカゲの事をとても心配そうにしている。今までずっと一緒にいたのだからなおさらであろう、離れるということが考えられないのだ。
「と、とは言ってもですよ、エンテイ様。あの子だけでは……」
一向に落ち着く気配のないそんなウインディの様子を見て、エンテイがため息をつく。そしてなだめるようにウインディに語りかけた。
「信じてやれ。あの子はお前が思っている以上に強い。どんな困難でも絶対に切り抜けられるはずだ」
その一言でウインディは黙ってエンテイが言ったことを受け止めて、頷いた。彼はただただヒトカゲが無事であることを祈るしかなかった。
(……無事に帰って来いよ、ヒトカゲ)
「んじゃ〜な〜! 気をつけろよ〜!」
「ありがと〜!」
しばらくして次の島に着いたヒトカゲ達。ここまで送ってくれたプテラはまた別な用事があるからと言って去って行った。ヒトカゲは手を振りながらお礼を言った。
「さてと、ここが『アスル島』かぁ〜」
ヒトカゲがやってきた島、そこはロホ島から一番近い『アスル島』である。一見するだけではロホ島と変わりなく、岩が多いところだ。しかし1つ違うのが、海がとても綺麗であることだ。ヒトカゲはとりあえずポケモンがいる街まで歩くことにした。
「そういえば今日寝てないけど、まずは街に行って朝ごはん食べなきゃ。何かないかな♪」
朝ごはんのことを考えると自然と足が速くなる。ヒトカゲは草むらだろうがどこだろうが構わず、とにかく島の中心の方に向かって歩いている。
しばらくして、ヒトカゲは街が見えるところまできていた。急いで向かって念願の朝食にありつこうとしたとき、どこからか叫び声が聞こえてきた。
「ワニーッ!」
(えっ、何?)
気になることがあると、足を運ばずにはいられない性格。遠くからワニのような声が聞こえたヒトカゲは、声のする方へ向っていった。
(はぁ、朝ごはんが……)
よほど朝ごはんを食べられないことにショックなのか、ヒトカゲはものすごくがっかりした顔になった。
「さあ、早くそのオレンの実を渡しな」
「やだっ! これは病気の妹にあげるやつなんだ!」
「元は俺達のシマになっていた実だろ? だったら俺達のものだ!」
何やら不良グループが子供からオレンの実を奪い取ろうとしているらしい。そのやりとりの現場を発見したヒトカゲは、近くの草むらに隠れて様子を見ることにした。
(オレンの実を持っているのはワニノコだ。相手は……う〜ん、ここからじゃ見えないや)
「木はみんなのものだもん! 誰でも取っていいんだよ!」
「ったく、わからねぇ奴だなぁ。もう一発“みずでっぽう”くらうか?」
(あっ、あの子が危ない!)
ワニノコが相手からの攻撃から身を防ごうと、頭を抱えてその場に屈んだ次の瞬間、ヒトカゲは草むらから飛び出し、ワニノコをかばうように前に出た。
「……はぇ?」
ヒトカゲは不良グループを見たとき、思わず変な声を出してしまった。ヒトカゲの目の前にいたのは、ウパー、クラブ、そしてゼニガメだ。
(えっ、これが不良グループ? もっと怖いポケモンかと思ってた……しかもゼニガメに至っては、変なサングラスかけてるし……)
勇気を出して飛び出したわりには、不良達が想像していたよりかわいいポケモンだったことに、ヒトカゲは何とも言えない気持ちになった。
「おい! そこのチビ、お前は何者だ?」
(いや君の方が小さいし!?)
ゼニガメがヒトカゲをチビ呼ばわりした。が、実際には大した変わりはない。むしろゼニガメの方が低い。気になる人はポケモン図鑑を見てみよう。
「ワニノコをいじめないでよ! かわいそうじゃない!」
「何だぁ、俺達とやろうってのか? おもしれぇ! おい、やってしまえ!」
ゼニガメが合図をすると、ウパーとクラブはヒトカゲに攻撃し始めた。ウパーは“しっぽをふる”、そしてクラブは“あわ”を繰り出した。
2匹による一斉攻撃がヒトカゲを襲った。ワニノコを安全な場所に行くよう言った後、ヒトカゲは身構えた。が、攻撃をまともに受けてしまった。
「ぐわっ!」
みずタイプの攻撃を受けたため、ダメージが大きいヒトカゲ。しかし何故か反撃しようとせず、ただひたすら攻撃を受け続けている。その攻撃はしばらく続いた。
「ん? もう限界なのかな?」
ゼニガメがふらふらになっているヒトカゲに言った。こんな状態になっても、一向に対抗しないヒトカゲ。理由でもあるのだろうか。
「それじゃ、最後に一発お見舞いするか! “みずでっぽう”!」
ゼニガメは“みずでっぽう”をくりだした。何とそのみずでっぽうの向かった先はヒトカゲの尻尾だ。ヒトカゲの尻尾の炎に直に水がかかり、間もなくヒトカゲは意識を失って倒れてしまった。
「……あっ、ば、番長! ヤバイっすよ!」
倒れたヒトカゲを見て、慌てた様子でクラブが言った。事の重大さに気づいていないゼニガメはめんどくさそうな表情で「何がだ?」と聞き返す。
「ヒトカゲの尻尾の炎が消えたら、あいつ死んじゃいますよ!」
「……なにい〜!?」
何も知らずに攻撃したゼニガメは驚き、ヒトカゲの方に目をやった。ゼニガメの目に映ったのは、尻尾の炎がほとんど消えかかっているヒトカゲの倒れた姿だった。ゼニガメの顔が真っ青になった。
「ど、どうすんすか番長? 俺、知りませんよ?」
「レスキュー呼びましょうよ!」
クラブとウパーがおどおどしながら言った。一方ゼニガメはその言葉に一切耳を傾けず、ぐったりしているヒトカゲの体を抱え上げた。
「……俺のせいだ……俺がバカだからこんな事に……責任取って俺が治す!」
『ば、番町が!?』
「とにかく体を暖めればいいはずだ! 俺がやる! 絶対こいつを死なせねぇ!」
そう言うと、ゼニガメはヒトカゲを抱えたまま一目散にどこかに走っていった。