第10話 プテラの正体
「バンギラス、どうしたんだろう……」
上空からナランハ島を心配そうに眺めながらヒトカゲが呟いた。すでに空高いところにいるため、バンギラス達の姿は全く見えていない。
「心配すんなよ、ちょ〜っと短気なだけ!」
プテラがヒトカゲを元気づけるように大きい声で言った。まだまだ空へ向かって上昇し続けている。一方ゼニガメは、黙って考え事を始めた。
(あのバンギラスの態度、プテラと何かあったに違いないな。だけど、あれはただ嫌いなだけじゃなさそうだな。恨みとか、なんかもっと大きな感じの……)
「おいカメっ子! 黙っちゃってどうしたんだ?」
一言も言葉を発していないゼニガメに対して、気になったプテラが尋ねた。一瞬ドキッとしてしまったせいか、ゼニガメは返す言葉に詰まった。不自然だなと思いつつも、プテラはそれ以上聞こうとはしなかった。
「具合でも悪くなったか? ま、いっか。それじゃ、飛ばすぜぃ〜!」
そう言うと、上昇を止めたプテラは2人をさらにがっちりつかみ、次の目的地へ向かって一気にスピードを上げた。
「これからすぐに警察官が動くそうだ」
その頃、バンギラス達は家に到着し、ゴローが警察に電話をかけ終えたところだ。その場にいた全員が心配そうな様子である。
「……ねぇ、プテラって何者なの? あなたと何かあったの?」
この中で唯一プテラの事を知っているバンギラスに向かって、ブイが質問した。それと同時に、全員がバンギラスの方を見た。一気に視線を向けられたバンギラスはたじたじだ。
「あ、いや……言いたくねぇっ」
「おい、ヒトカゲ達が殺されるかもって言ったのはお前だぜ? 何で黙ってんだよ!」
少し冷静さを欠いたゴローが言った。それでもバンギラスは頑なに答えようとしない。しかし何も言わずにいることもできず、危険であることだけはアピールする。
「とにかく、奴は危ないんだ! 野放しにしとくと厄介なことになるんだ!」
そう言い放つと、バンギラスはみんなに背を向け、黙ってしまった。この時みんなは、バンギラスにとってとても口に出して言いたくない出来事がプテラとの間にあったのだと悟った。ただ、みんなが望んでいることはバンギラスの過去を知ることではない。
「ねぇ、バンちゃんはヒトカゲの事、どう思ってる?」
そんな彼に対し、ポッポが優しく語りかけた。
「私は、大好きよ。ちょっと危なっかしいところもあるけど、とっても優しくて、自分の事より他のポケモンの事を考えてくれてる。そんな友達のために何かしてあげられることがないか、ここにいるみんなはそう思ってるから聞いてるのよ。そうよね?」
「あぁ、もちろん」
「そんなの言われなくてもねぇ」
「当たり前のことじゃ」
ゴロー、ブイ、そしてゴロ爺も同じ事を思っていた。もちろん、同じ思いなのは彼らだけではない。ゆっくり振り返りながら、バンギラスが自分の気持ちを確かめるように口を開いた。
「……俺もだ」
それが聞けて、ほっとする4人。今重要なのは、バンギラスとプテラに何があったかではない。彼が、どれだけヒトカゲ達のことを想っているかである。
「なぁ、バンギラス。嫌なこと思い出させるのは悪いと思うけど、今は友達のためなんだ。協力してくれないか?」
ゴローが穏やかな表情で頼んだ。それまで一切口を開こうとしなかったバンギラスは少し考えた後、黙って頷いてくれた。自分の中で答えが出たようだ。
「……悪かった。そうだよな、『友達』のためだもんな」
みんなは一斉に頷いた。友人の助けになりたい――互いの気持ちを確認すると、一呼吸おいて、バンギラスが話し始めた。
「……あいつ、プテラはな……」
一方、ヒトカゲ達はまだ空を飛んでいた。飛び始めの頃から比べると大分酔いが覚めて、景色を楽しむ余裕が出てきた。そんな時、彼らの前方に島が見えてきた。
「プテラ、あれが次の島なの?」
「いんや。あれは次に行くセレステ島じゃねぇぜ。あそこは『ディオス島』っていうんでっせ」
ヒトカゲとゼニガメはその島の名前を初めて聞いた。特にゼニガメはアイランド生まれということもあり、島名すら知らないここに興味を持った。
「ディオス島? どんな島なの?」
「ん〜俺もよく知らないんだけど、聞いた話、誰も住んでいないみたいだな。建物も古そうだし。おまけに何でかわからんけどバリアがかかってて、誰も入れないみたいなんだ〜」
プテラの話だけでも、このディオス島というのは他のアイランドの島と比べて異質なもののようだ。ただの無人島ならまだしも、バリアがかかっているあたり、奇妙としか思えない。
「この島って地図に載ってないよね?」
「俺もこないだ初めて知ったからな〜」
(地図に載ってない島……いつか行ってみたいなぁ)
ヒトカゲがディオス島に少し興味を持った。2人は島が見えなくなるまでずっと眺めていた。そして島が見えなくなった頃、プテラが自分の後方に何か気配を感じた。
(ん、来やがったな……)
プテラが感じた気配、それはプテラの後方1kmくらいをこちらに向かって飛んでいる、ポケモン警察のピジョット警部だった。視力の良いプテラはそれがピジョットだとわかると、思い切りスピードを上げた。2人の顔には風がビシビシあたり、寒さより痛さを感じている。
「わわっ、いきなり何!?」
「悪ぃ、ちょ〜っと急がせてもらいまっせ〜!」
プテラは警察を撒くために、ただスピードを上げただけでなく、ジグザグに走行し始めた。おかげで2人は今にも吐きそうなくらい酔っている。
「あ、酔ったらゴメンな!」
『いまさら言うな!』
「今、何て言った?」
その頃ナランハ島では、ゴローが我が耳を疑うかのように、バンギラスに訊ねた。その場にいる全員も、黙ってバンギラスの話を聞いている。
「今言ったとおりだ。金のためなら如何なる仕事もこなす、それがあのプテラだ。窃盗・詐欺・誘拐はもちろん……場合によっては暗殺もだ」
プテラの正体――それはいわゆる“何でも屋”である。しかも裏の世界における何でも屋だ。たとえ依頼が犯罪であろうと、構わず仕事をこなして報酬を得ている。
「そしてあいつは、単独で行動することはない。必ず誰かの配下についている。だからプテラがヒトカゲ達に接触したということは、誰かがヒトカゲ達のことを狙ってるということだ」
「一体誰が……?」
「それはわからん。だがおそらく、そいつの標的はヒトカゲだ。もしかしたら、ヒトカゲが記憶喪失になったのと何か関係があるのかもしれん」
バンギラスが顎に手をあてながら様々なことを考えている。たかが子供、だが本人の気づいていないところで狙われている。もしかしたら大事なのではないかと。
「もしそうなら、この先旅なんかしてたら危ないんじゃないの?」
「だけどよ、旅を止めさせる権限なんて俺らになんかねぇからな。危険だってわかっててもやろうとしてんだから、その気持ちを尊重してやらねぇと」
ブイがヒトカゲ達を心配して言った。もちろん全員心配なのには変わりないが、彼らにも彼らなりの想いがあるようだ。
「確かにそうだけど、事情が事情だから心配で仕方ないわ……」
「とりあえず警察が動いてるから、今は祈るしかないな……」
5人は家の窓から空を見ながら、同じことを思った。
(どうか、無事でいてくれ……)
それから数十分後、ヒトカゲとゼニガメはどうにかセレステ島に着くことができた。先ほど追ってきたはずのピジョットはどこにも見当たらない。プテラは上手く撒いたようだ。
「ほら、着いたぜぃ〜!」
「プ、プテラ……早すぎだって……」
「そうか? まだ全速力じゃないだけマシだって!」
プテラは2人を砂浜にそっと下ろす。2人は目を回してよろけ、まともに歩くこともできずにすぐにばたり。砂浜に倒れこんでしまった。
「あ〜あ、これくらいで目ぇ回しちゃって。まだまだお子ちゃまだな♪」
からかい口調でプテラが言った。これすらまともに聞けないくらい2人は酔っている。まるで誰かに頭をぐるぐる回されている感覚に陥っている。
「それじゃ、またそのうち俺が運んでやるよ〜ん!」
そう言うと、プテラは2人がお礼を言うか言わないかのうちに来た航路を戻っていった。それから直に、前方にプテラを追ってやって来たピジョットが見えてきた。プテラは不敵な笑みを浮かべて、ピジョットに近づいた。
「あれま、ピジョット警部じゃありませんか〜!」
いつもの陽気な口調でプテラが呼びかける。当然それでいい気分になれるはずのないピジョットは険しい表情のまま彼に近づいて問いかける。
「お前、今度は2匹のポケモンを誘拐したんだってな?」
「誘拐!? 何でそうなるんすか〜。俺ぁただセレステ島に行きたがってる2人をボランティアで運んだだけでっせ〜」
これだけなら嘘偽りはない。だがプテラに限ってそんなことはないと確信しているピジョットは厳しい目つきで再び彼に問いかけた。
「何を企んでいる?」
「えっ!? だから何で俺を犯罪者にしたがるんすか〜! 俺ぁ何も悪い事してねぇし……」
突然、プテラの表情が変わった。いかにも悪人面というような鋭く冷たい目つきだ。その変化にピジョットも少し驚き、緊張感が走った。
「仮に俺が罪を犯しても、あんたらに逮捕なんかできないっすよ?」
半笑いしながらプテラが言うと、その言葉にピジョットはムッとした。完全に馬鹿にされている。怒りを抑えて落ち着いた口調で軽く言い返す。
「お前を逮捕するのが私の役目だ。どんな手を使ってでもお前を刑務所に送り込んでやる」
「お〜怖っ! 無実のポケモンを刑務所に入れようだなんて、冤罪じゃないっすか〜。そんな事したらダメなんですよ〜ん!」
そう言い残し、プテラはその場を飛び去ろうとした。だが何かを言い忘れたのか、一旦立ち止まり、ピジョット警部に背を向けたまま一言だけ言った。
「このポケモンだけの世界に、よそ者がいるとしたらどうする……?」
ピジョット警部はその言葉の意味がわからなかった。意味深な発言を残したまま、プテラはどこかへ飛び去っていった。