10.とある会社員の憂鬱
あっちを見ればアイドル、こっちを見ればアイドル。出張で嫌々来ることになったこの街を見ると、大ファンだという同僚のマシンガントークが甦った。この子可愛いだろう、こっちの子は凄く良いバトルするんだ――うるさい。所詮は流行りのお遊びバトル。俺もトレーナーを目指した頃があったが、あの頃に比べて今のガキは小綺麗でお利口さんのバトルばっかりだ。バトルアイドル大会なんて最たるもの。反吐が出る。
くさくさしながら取引先の会社に着くと、俺は隙の無い営業スマイルに切り替えた。相手も隙の無い笑顔で応じる。ビジネスの世界の方がよっぽど緊張感がある。俺達は固い握手を交わし、交渉に入った。あの手この手で攻めるが、あと一押しが足りない。そう思ったその時、思いがけない言葉が相手から飛び出した。
「君、アイドルは好きですか?」
俺は気がつくと、バトルアイドル大会の会場にいた。隣では取引相手がニコニコしており、俺の手には満足いく結果の契約書が握られている。「いやぁ君も好きだとは嬉しいよ」「ハハハ」デキるビジネスマンたるもの、嘘の100や200は涼しい顔でつくものだ。最終試合の観戦のお供に誘われ、俺はもちろん快諾した。
いやぁ運が良いねと取引先が繰り返す。今日は大会最終日で、アイドルキングのステージが最後に見られるらしい。正直、へぇ、としか思わないが、笑顔で楽しみですねと返した。誰が好き好んで筋骨隆々のおっさんが踊って歌うのを見るというのだ?
場内が暗くなり、司会者がマイクで口上を叫ぶ。仕事の時間の都合上、最終試合とアイドルキングのステージだけ見れば良いのはありがたい。最終試合にはミナモシティ出身という真っ白なドレスの子と、シラユキタウン出身という着物風ドレスの子が現れた。あと少しで俺の仕事も終わりだ。
――そしてライトアップ、最終戦が始まった。