暗闇より


















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800字こぼれ話 1〜10
9.海中
 ミナモシティの子供にとって海で泳ぐことは当然の遊びの1つであった。だからリクが海中に飛び込み「お前も来いよ!」と言ったとき、アチャモにとっては当然でないことを初めて意識したのである。浜辺から海まで一直線にアチャモは飛び込み、水を被ると泡を食って逃げだした。リクが見つけたとき、アチャモは岩陰で震えていた。

「……あー、お前、ほのおタイプだもんな」

 これが水タイプならたくさん遊べたのに、と渋い顔をする。「怖くないよ。ほら、オレも一緒に行くから」促すと、アチャモはぷるぷるしながらついてきた。初手として波打ち際に立ってみた。アチャモは寄せた波が足にかかると飛び上がり、さっきの岩場まで猛ダッシュで逃げていってしまった。

「怖くないんだってば」
「ちゃもちゃもちゃもちゃもー!」

 全身を震わせ、涙目の猛抗議が返ってきた。
 その後数日かけて、アチャモを海に慣れさせようとしたが、これがなかなか困難を極めた。アチャモにとって、海自体が未知の存在だったのだ。散々悩んだあげく、最初はボールの中から慣らすことにした。
 波に攫われないようにボールに安全紐をつけ、泳ぎ出る。見慣れたミナモシティの海中だ。少し遠く、少し深く潜れば、メノクラゲやコイキング、そして運が良ければヒトデマンに会える。どのポケモンも見飽きた顔だし、何が怖いのかさっぱりだ。
 ボールを爪弾く。怖々とアチャモは目を開き、そして見開いた。(……お)きょときょと周囲を見渡し、あっちあっち、と興奮気味に示し始める。泳いでやると、アチャモが目をキラキラさせた。喜んでいるようだ。

(……変なやつ)

 さっきまであんなに怯えていたのに。あっちこっち泳いでやる。そのたびに喜ぶ。だんだんとリクにも、見飽きた海中が色鮮やかに見えてきた。意識しないうちにリクは、笑みを浮かべて泳いでいた。

(一緒には泳げないけど、こいつが楽しそうだから――今はそれでいいや)

( 2021/06/06(日) 12:41 )