暗闇より


















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800字こぼれ話 1〜10
8.古い日記
 ナギサジムの奥、ジムリーダーの事務室にて、ホトリはげんなりと見渡した。

「どんだけ溜め込んでたんだっつーの」
「ピュウ」

 部屋中に積まれた書類に、本に、適当に放置されたアイテム類。どれもこれも埃を被っている。持ってきた掃除道具を下ろし窓を開けた。左右に開かれた窓から淀んだ空気が逃げていく。
 つい先日、ホトリはジムリーダーに就任した。前任者は長かったにも関わらず、あっさりとその座を譲った。彼は言った。(「風の向くまま、気の向くまま……そう気張り過ぎるなよ」)ふん、とホトリは鼻を鳴らした。(アンタが放浪ばっかりしてるから、あたしが名乗りを上げたんだろうが。まったく!)
 部屋は好きにして良いと言っていたので、ガンガンごみ袋に突っ込んでいく。そうしながら、目下の課題に頭を巡らせる。ナギサタウンは、ジムリーダーの権力が弱い。長くジムリーダーがほぼ不在状態で、運営を投げきっていたからだ。(まずジジイ達を攻略しないと、街を動かすどころか、運営に口を出すことさえ出来ない)拾い上げたポケモン関連の本を本棚に仕舞っていく。いくつか、タイトルに目を惹かれた。(ふーん。一応勉強はしてたんだ。これなんて定番の戦術本だし)その中にある日記を手に取る。前任の名前と日付が書いてあった。ホトリは開いた。
 就任初期の日記のようだ。戦術研究や、挑戦者の様子、街の人間とのやりとり、悩みがびっしりと書き込まれていた。

 ――どうにも上手くいかない。俺の実力が足りないんだろうか。苦言ばかりだ。なんとかやっていると自分では思うが……難しい。

 最後の日付は、20年近く前のものだった。

「……あたしは、折れないし、諦めない」

 パン、とホトリは本を閉じた。「そんなの関係ないね」

 日記を本棚にしまい、残りの本を片付けにかかる。

(「気張りすぎるなよ」)

 ふっと笑った前任者の顔を想いだした。

( 2021/06/06(日) 12:40 )