暗闇より


















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800字こぼれ話 1〜10
6.ユキノくんの旅立ち
 ――シラユキタウン。
 早朝よりしんしんと降り積もる細雪の中、少年が歩いていた。肩口で切りそろえられた黒髪を巻き込み、枯れ草色の襟巻きに顔を埋めている。防寒着に、新品のリュックサックを背負っている。
 少年が足を止めた。ポケモンセンターの前に、年老いたジョーイとラッキーが立っている。ぺこ、と少年は頭を下げた。名残惜しそうに、老ジョーイが言う。「寂しくなるわね」
 少年がにやっと笑った。

「すぐだよ。チャンピオンに勝って、この町のジムリーダーになって戻ってくる」
「ふふ」

 楽しみにしてるわ、とジョーイが言った。あまり信じてなさそうな微笑みに、少年はむっとする。「それより、なんで待ってるんだよ。いないと思ったのに」老ジョーイはふっと笑った。

「女の勘よ。ねぇ、みんな」

 ポケモンセンターから、そっくりで、少しずつ顔つきの違うジョーイ達が出てきた。あっという間に少年を取り囲む。「こっそり行くつもりだったんでしょ」「でも挨拶に来たんじゃん、えらい」「寂しいなぁ」「電話してね」背を叩き、頬にキスし、頭を撫で――「止めろ止めろ! ガキじゃねぇんだぞ!」少年が両手を振り回した。
 それを見守っていたラッキーが、少年に近づいた。

「婦長」

 少年は乱れた服や髪を手で整え、顔を引き締めた。
 このラッキーは、この町でも特に医療技術に長け、厳しくも穏やかな心で町の人々を見守ってきたポケモンである。少年も、幼い頃から世話になった。想いを込めて頭を下げる。

「行ってきます」
「らっき!」

 踵を返した小さな背中に、老ジョーイが告げた。

「行ってらっしゃい、ユキノ」

 ――数時間後。
 ジムリーダーが頭に雪を積もらせて、ポケモンセンターにやってきた。

「ユキノは?」
「今朝旅立ちましたよ」
「えっ……俺のジムは?」
「さぁ」

 最初のジムとして、華麗に無視されていた。

( 2021/05/30(日) 18:41 )