暗闇より


















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800字こぼれ話 1〜10
5.アロマキャンドル
 暗幕を揺らすように火が踊る。じっと見つめると、まるで生きているみたいだな、とウミは思った。見目にも華やかなアロマキャンドルの香りは複雑に絡み合っていて、これ、とは上手く言えない。リーシャンも顔を寄せ、小首を傾げた。

「オレンと、クラボと、なんの花かな……」
「リリ?」

 円筒形のガラスケースに沈んでいる花びらは、オレンの花とも、クラボの花とも似つかない。手元の図鑑の上で頬杖をつく。
 ここ、ミナモシティに来てしばらく経った。父と宿泊しているホテルだったが、用事があり今夜は帰らないと言っていた。アロマキャンドルは、知り合った船乗りにもらったものだ。遠い地方のもらい物だが、リーシャンがお香が好きだと聞くと、もらってくれ、と渡された。ものは使われるためにある。俺はきっと、必要な奴のところへ、そいつを運ぶために受け取ったのさ、と。
 遠い地で誰かが作ったものが、船乗りを通して旅してきて、自分たちと同じように、見知らぬ土地にいる。リーシャンと一緒に小さな火を眺め、香りに包まれてそのようなことを考えた。それは、夜間のしんとした心細さの中、誰かの、親しみ深い声を聞いたような感覚であった。
 ちらちらとした光の切れ目に、図鑑の写真が覗く。これ、と断言出来る花は見つからなかった。熱心にリーシャンも見比べていたが、ウミが本を閉じた。

「また今度、一緒に考えよう。今日はもう寝ようか」
「リ」

 溶けた蝋が水面のように火を映している。その下のきのみと花びらが外に出るには、まだまだ時間がかかりそうだ。付属の蓋を被せると火が消え、香りだけが残った。リーシャンとベッドに潜り、間接照明を消す。

「おやすみ、シャン太」
「リ」

 どこかの誰かの作った香りは、遠い地の、また誰か慰める。(僕のやったことも、誰かに残るだろうか)不意に思った。
 それとも、いずれ消えてしまうのかもしれない――残り香のように。

( 2021/05/30(日) 18:40 )