暗闇より


















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地下の街
ぼっクす4ろh.つuガるイとkサき
 ――見ている。見ている見ている見ている見られている。
 子供の声が言った。

「見てるよ」

 ……見ている?
 四つ目は強制的に開いた。子供の顔が二つ。内はね気味の黒髪の子供、ショートカットに蒼白の子供。錆びた思考が、ぎ、ぎ、ぎと緩やかに稼働し、はて、どうしたのだっけ。自問する。バシャーモを腹に収め、あまりの熱さに一部は耐えきれず離れていった。残りは抑え込むために別の奴らと合流しに行った。水を求めて。四つ目の自分たちは、ここに来た。墓守の子を飲み込んでやろうとここまで……煌々と光る、P≠フマークのある建物へ。
 そこでようよう、全身にしめ縄が呪印の如くあざなえることに気がついた。ぬとりと意識に混濁する子らが密やかな笑い声を立てる。<来たんじゃないよ。僕らが連れていってあげたんだ>黒髪の子供は冷めた目で、しめ縄を握っていた。

「這い出たものたち≠フ居場所はだいたい確認出来た。――さよなら」

 ぎゅっと締め上げる。煌々たるポケモンセンターを、世にも醜い絶叫が貫いた。
 ――ぶつん。





 ポケモンセンターの中に、二人の子供がいた。ひとりは内はね気味の黒髪――リマルカが、締め上げた這い出た者達に、更に厳重にしめ縄を巻いていく。締め上げる前に飛び出した複数のゴーストポケモン達がそれを眺めた。特にこの場への誘導に貢献したポケモンへ、リマルカが微笑む。「ありがとう、サマヨール」「ビブヴヴァ」ノイズのような声音が答えた。
 這い出た者達は一抱えくらいにまで小さくなった。ぽいっとサマヨールの口中に放り込む。咀嚼音すらなく飲み込まれた。興味津々で見つめるコダチに、サマヨールが再度口を開く。何もない。「お腹壊さない?」サマヨールは無表情に首を横に振った。その間にリマルカは街の地図をテーブルに広げ、ペンでマークをつけ始める。

「父さんがここ、リク君がここ、侵入者がここか。父さんはもう移動しただろうし、リク君の方に向かわせて正解だった」
「リクちゃん大丈夫かなぁ」
「どうかな。ここは、僕も立ち入らない区域だ」

 リマルカが把握出来たことは、三つ。
 一つ目は、キプカが這い出た者達の駆除に回っていること。これについては伝言まで来た。早めに街を出るように。サニーゴは気にしなくてよろしい
 二つ目は、リク達が危険区域へ墜ちたこと。本来キプカは、サニーゴのみを連れていくように命じられたらしい。しかし、キプカを攻撃した罰として、ついでに穴に堕としてやったのだとゴーストポケモン達が自慢げに報告してきた。リマルカは頭が痛かった。落下後にどうなったのかの報告は、まだ上がっていない。
 三つ目は、兆域を破った侵入者。這い出た者達に襲われ反撃、相打ちになったようだ。ゴーストポケモン達が主張した。――酷い火傷で、今から助けにいっても助からないよジュニア。それよりずっと、気にすべきことを気にしよう。
 助ける義理はないが、見殺しにする道理もない。だが、街の地理に明るくないコダチは助けにやれない。ソラはリクの方へ向かっている。ゴーストポケモンにもキプカにも、その気がない。どうするか。
 リマルカが考え始めた時、複数のゴーストポケモンがポケモンセンターへ転がり込んだ。――ジュニア、ジュニア、ジュニア! 慌てすぎてひとかたまりとなっている彼らに、リマルカが顔を上げる。
 
「どうしたの」
 
 ひとかたまりの彼らは、互いに身を震わせて叫んだ。
 ――良くないものが生まれるよ。手当たり次第に飲み込んで、何かが、……ポケモンのような、化け物のようなものが、街を彷徨い始めてる。





 火傷の熱が思考を縫い止めていた。大した痛みではない、と繰り返し脳内でホムラは唱えた。再び顔を上げるまで、気が遠くなるほど時間を長く感じた。実際に何度か気を失いかけた。

(ここで倒れても、誰かが助けてくれる訳じゃない。……シャモはいま、いないんだ)

 水が欲しかった。腕の内部から、蠢く熱が水、水、とひたすらに乞うてくる。朱色の外套を着るようになってから忘れていた火傷の感覚が、自身が焼き払っていった者達の痛みを叫ぶ。朱色の外套には耐火性能のあるポケモンの羽根が織り込まれている。周囲を焼き尽くしても、自身は決して傷つかない。レインコートは雨滴は防いでくれるが、炎は防がないことを咄嗟のことで忘れていた。

「シャモを、たすけない、と」

 呟き、よろよろとホムラは立ち上がった。接触灯が点灯し、照らし出された顔にはびっしりと汗が噴き出している。周囲を見渡した。地面が、壁が、ぐにゃりと曲がって見えた。「くっ……」顔を抑える。バシャーモを飲み込んだ影は、前へ逃げたのか、後ろへ逃げたのか。それとも壁をすり抜けたのか。(どっちだ……間違えてる時間はない……早く、)壁に手をつき、浅い呼吸を繰り返す。足下の地面が波打っている。

 ――リン、と鈴の音が聞こえた。

 吸い寄せられるように、そちらを向いた。
 暗闇の先から聞こえた音は、幽かで、随分と懐かしい響きをしていた。再び、リン、と鈴が鳴る。一歩踏み出すと、ぐらりぐらりと土壁が、臓腑の中のように脈打つ。自身の動悸と共鳴する。リン、リン、と鈴の音がする方へ、這いずるようにホムラは歩いた。時折、ずるずると、痛みにその場に這いつくばりながらも、ぼんやりとした目でまた歩き出す。

(酷く、懐かしい)

 ここにいるはずがない。リクはゴートでポケモンセンターへ間違いなく送ったし、彼女も一緒にいるはずだ。いたとして、なんと言うつもりなのかと自問する。約束ひとつ守れず、迎えにも行けなかった。アチャモを助けると言った癖に、友から奪ってしまった。とっくに見限っているに違いない。もはや自分など、待っていないに違いない。
 それでも縋るように、鈴の音の方へ、歩いていた。

 ――リン、と竪穴から音がした。

 ホムラは跪いた。火傷していない方の腕を差し込む。探ると、耳のようなものが手に触れた。竪穴の途中で引っかかっている。たわむ世界で、濃密な暗闇を掻き分けるように、掴んだそれを引っ張りあげた。

 ――リン、と懐かしい音が耳を打った。

「シャン、太」

 震える両手に抱いたポケモンの名前を呼んだ。小さな瞳は閉じられていた。リーシャンは、ふつりと途切れてしまいそうな意識の中、誰のためかも分からない癒やしの鈴を鳴らしていた。鈴の音が火傷の腕に染みこんでいくほどに、熱が退き、ねじ曲がった世界の輪郭がくっきりと現れる。リーシャンをそっと撫でた。(怪我……いや、かなり消耗している。ボールに戻して、ポケモンセンターに……)腰元を探ったが、ボールはなかった。なくさないように隠れ家に置いてきたのだと思い出した。だったら回復を、と自身のボディバッグを漁り、元気の欠片を取り出す。リーシャンの口に押し込み、無理矢理含ませた。だが、癒やしの鈴が止まらない。ホムラは必死に話しかけた。

「シャン太、鳴らすのをやめるんだ。このままでは君が危ない」

 リーシャンがかすかに目を開いた。夢を見ているような瞳だった。癒やしの鈴が小さく収まっていく。反比例して、火傷の熱が喚き出す。話しかけるホムラの顔に、脂汗が滲んでくる。緩やかに坂を上るように呼吸が浅くなってきて、動悸が大きくなっていく。けれど癒やしの鈴が止まりかけていることに、ホムラは安堵を覚えた。

「もう良いんだよ、もう良い。――眠って良いんだ」

 癒やしの鈴の音が止まった。リーシャンが目を閉じる。整った呼吸音を確認した瞬間、リーシャンを抱いたまま、ホムラはその場に倒れ込んだ。燃えるような熱が腕から全身へ飛び火していくようだ。(……安心するな。まだ、シャモを、助けて……)ぷつぷつと切れ切れの思考が、なんとか繋ぎ合わさろうとしては、崩れ去っていく。(でも、シャン太を、ポケモンセンター、に……連れて……たた、なく、ちゃ……)
 ――そこで意識は、暗闇の底へ落ちた。





 近づく人影に、接触灯が点いた。倒れ込んだホムラの真上でクロバットが円を描く。藍色の髪を三つ編みにした少年――ソラは近づき、しゃがみ込んだ。怪訝そうに眉を寄せ、まずリーシャンの無事を確認する。次にホムラの顎を持ち上げ、その顔をじっと観察した。侵入者、と確認するように呟き、顔を戻した。ホムラの腕に触れる。濡れた感触に顔をしかめた。指に血と漿液が付着していた。
 見渡す。他にポケモンも、人もいない。あるのは竪穴だけ。「クロ」クロバットが竪穴に降下しようとする。だがすぐに戻ってきた。体が大きすぎたようだ。ソラの影からにゅっとゲンガーが顔を出した。半分野次馬でついてきたゲンガーが、くいくいと自身を指さす。「……見てきてくれ。黒髪の子供と、ポケモンが二匹いるはずだ」にたーと笑みを深くし、素早く竪穴に飛び込んでいった。
 ソラは少し迷い、キルリアを出した。カザアナタウンは死んだ者の怨念や恨み辛み、悲しみ、後悔、それらが普通の人間やポケモンにも感じられるほどに濃い。感情をキャッチする能力に長けたキルリアにとって、無理は出来ない場所だ。「リア、大丈夫そうか?」「……フィ」コク、と頷く。ソラはホムラの火傷を示した。

「癒やしの波動をかけてくれ。ただし、最低限だ。痛みを完全に感じなくなったり、完治するほどかけなくていい」

 キルリアは火傷の程度を見て、ソラへと非難気な眼差しを向けた。

「言いたいことは分かる。けど、こいつは敵かもしれない」
「フィ」

 キルリアはホムラに触れ、赤い角を光らせた。赤い角の中で薄い青色が仄かに、優しく揺らぐように輝いた。ソラは一瞬驚いたが、すぐに首を左右に振る。
 
「こいつが純粋に、リーシャンを心から心配しているって、だから敵じゃないって言いたいんだろう。でも、駄目だ。明らかに街の人間じゃないし、侵入者は俺達と同じくらいの年齢だとリマルカが言っていた。怪しすぎる」

 ぷい、とキルリアは顔を背け、ホムラへと癒やしの波動をかけ始めた。(どこかのタイミングで、キルリアを強制的にボールに戻すしかないな)ソラは内心で頭を痛めた。

(リーシャンを心から心配している、か)

 どこか引っかかった。バシャーモも連れているとも言っていた。ホムラのボディバックを見留める。少し逡巡し、悪い、と気絶したホムラに一言断ってボディバックを開いた。火傷した手で引っかき回したと見え、べたべたと血と漿液がバックの内外にまとわりついている。回復アイテムがたくさん。何故かミックスオレが一缶。携帯用ポケモンフーズなどがいくらか。そして底の方に、目的のものを探し当てた。トレーナーカードだ。真ん中に強く折り曲げた跡があり、端っこは煤けていた。けれど顔写真と名前は読み取ることが出来る。ソラが息を呑んだ。

「……なんでだよ」

 ――ウミ、と記載された名前の横に、あどけない顔の少年の写真があった。
 ソラは額を抑えた。竪穴からゲンガーが戻ってきた。瞼の上に手を当てたまま、疲れた声で尋ねる。「リク達は?」

「けけー!」

 ゲンガーが、両手で大きく×を作った。

( 2021/05/30(日) 11:44 )