暗闇より


















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地下の街
ボっくr.44 よ>ヘおいデ コチらへ6イで
 見た目だけは様変わりしたものだなと這い出たものは思った。押し込められた当時より街は大きくなり、通路は拡充されている。棲まう気配も多い。だが漂う雰囲気はじっとりとしており、どれだけの時間を重ねようとも本性は簡単には変わらないらしいと悟った。
 当代の墓守はこちらをじっと見据えていた。わーわーと騒ぎ立てるゴースト達に慕われているところを見るに、頼りにされているようだ。キプカキプカ大変だよ本体(?)がこっちにくるなんて思ってもみなかったんだよとうるさい。煩わしい。ちょっと黙っててくれないかとざわざわ蠢くと、いっせいにちび共はキプカと呼んだ墓守の後ろに飛び込んだ。ふん、ざっとこんなものだ。
 こちらを見据える墓守は背中が大きく曲がっており、木々の間隙から覗き込むような目をしている。――おい墓守、開いたということは全て終わったのだろう。それか始まろうとしているのか? どちらでもいいが、地上への道が見つからない。役目が終わったのならばもういいだろう。真面目くさった連中はまだあの地底湖でいちびっているが、おれ達はそうではない。この街で生まれ、この街で一生を終える。いくら罪人が押し込められて始まった場所だからといって、子孫まで暗い地下で一生を終えるなんてあんまりじゃないか? なぁおい。あの地下湖に葬られた時だって、本当は外に出たかった。要石を守るだなんて馬鹿馬鹿しい。頭に苔むした連中の考えることだ。
 すると墓守の抱いているぬいぐるみが口を開いた。

『ケケケケ。どっちにしたってお前らだって、結局は街に引きこもってたんだゾ。どっちもどっちじゃねぇか』

 ――なんだと、この野郎! 墨を流したような体から同意の声が唱和した。落書きみたいな顔しやがって、ピカチュウの中でも不細工ランキング一位の面構えに違いない! 罵倒に対し、汚いぬいぐるみは男の腕の中でゆたゆたと体を揺らした。

『オレサマのハンサムボーイっぷりが分からないとは、とんだ節穴野郎だ。お前らジメついた奴らと違って、オレサマは天下に名高いピカチュウ様だゼ! 女子人気ナンバーワン! キプカ、ちょっと言ってやれよ!』
「……だったら、さっさと出て行けばいい……どうして俺に言う必要がある……」

 墓守が胡乱な目を向けた。肩口に浮かんだ機械も同意する。こちらは見慣れない機械に取り憑いたロトムだ。
 おれ達は何も分かっていない連中に嘆息した。――出られないのだ。ゴーストが随分と数を増やしたらしいな。数限りなくあるはずの地上への道を全て目眩ましされている。奴らは死と生の境界線にいる。お前も墓守ならば知っているだろう。彼方で暮らし、彼方のものを口にしたものは、結局は此方のものには適わない。せいぜい出来るのは足を引っ張るくらいさ。さて、お前がやるべきことだが、簡単なことだ。ゴースト共を一喝し、さっさと道を開けてくれ。

「……無理だな」

 ――どうして。

「……それをやったのは俺ではない……そのうちに諦めれば退くだろう。大人しく待て」
『そうだゼ早漏野郎!』

 ケケケケ! と落書きピカチュウが哄笑する。――いい加減そいつを黙らせろ! ムカムカする! 「図星か?」――おれ達は塊だ。性別なんてあるわけないだろう!「塊なら……当てはまる奴も中にいたという訳か……ククク……」
 ぐわっと体を大きくして、のしかかるように見下ろした。これには流石の落書きピカチュウと墓守も驚いたと見え、かすかな動揺が見てとれた。
 ――いいか、出せ≠ニ言ったのだ。これはお願いじゃない。命令だ。生あるお前は油断してるのかもしれないが、おれ達と会話出来るということは、より強く存在を彼方へひけるということでもある。相互干渉の力は比例する。お前からの働きかけが強いほど、おれ達からの働きかけも強くできる。役目が終わるときが来たというのなら、2つの要石は壊れるのだろう。そうすればオキイシ山も壊れ、この地下の街は消え去る。だから出せと言っている。

「……ククク」

 ――何がおかしい。

「……この街が消えるか……地上を嫌い、縋りついていた街の奴らの……行き場所が……本当の意味で消えるとなれば……フフ……愉快だな……」

 ――おお話が分かるじゃないか。そうか墓守、お前の役目も終わるものな。いやはや、物わかりが良いな。

「……が」

 墓守はギラリと目を光らせた。口元に底意地の悪い笑みが広がっていく。

「……少なくとも一人、それを嫌がる奴がいる……理由はイマイチ分からんがな。……俺がいなくなった後、賢い子だ……すぐに街を見限ると思ったが……どうしていまだに留まるのか分からん……。俺としては街が消えようが……お前達が外で暴れようが、一向に構わんが……あの子が嫌がるのならば……愉快ではない……」

 ――は?

「……そもそも……今回のことは無理矢理に誰か≠ェ時期を早めたのだろう……お前らの役目はまだ終わっとらん……戻ってもらおう……」

 墓守が懐を探り、取り出したものを見てぎくりとした。――おまっそれは……っ慌てて身を小さくするが、馬鹿笑いと共に汚いぬいぐるみ野郎の下腹部から影が広がった。グバッと襲いかかる巨大な爪と呼吸を合わせ、墓守が素早くしめ縄を投げる。げげっ! 水が飛び散るように四方八方へと身を逃がしたが、大半は逃げ切れなかった。苦々しい顔で墓守が言う。「……取り逃がしたか」
 ――よく言うもんだ! ほうぼうに散っていくおれ達の一部が、必死こいて影に逃げ込む。さっきまであんなに怯えていたゴースト達が喜々として追いかけやがる。
 ――おいてめぇ! 裏切りやがったな!

「……糞餓鬼は嫌いだ。小利口ぶった糞餓鬼もな……あの餓鬼の言うとおり、ギリギリまであの子が街に残るつもりなら……守らんわけにはいくまい……糞が……。まぁいい。大半は捕まえた……帰るぞ……あの場所ももう一度……閉じさせてもらう……」

 ――馬鹿め。おれ達がお前のところだけに来たと思ったか。
 墓守が不愉快そうに片眉を上げた。
 ――そうそう、その顔が見たかった。おれ達は一番古い場所のものたちだ。年季が違う。規模が違う。執念の深さが違う。一枚岩だとでも思っていたか? おれ達は塊ではあるが、共同体ではない。 地下通路は、地下水路は毛細血管のごとく、どこへだって行ける。お前以外が道を閉じているというのならば、生あるものども全てを彼方に引き摺り込むまでよ。足を引こう。腕を引こう。意思を惹こう。くけけケケ!! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿め!!
 しめ縄が一際強く引き締められ、ぶつりとそこの場所おれ達の意識が途切れる。逃げ出したおれ達は土壁を這い回り、閉じた街を探索する。あばよ墓守。役立たず。お前は最後にぶち殺してやる。


.11 リク死す


 闇の中を蠢くおれ/私達の意識は常に滲みあっている。分裂した中でも恨み妬み後悔の念が強い子らは別の場所へ引っ張り込まれていく。強い生への渇望を感じる死霊が一匹、翻って諦念と共に死を望む生命が一匹、今にも消えそうなか細い人の子が一人。追いかけて1つ2つ3つ。淀んだ水の流れへ落ちていった黒髪の子供に絡みつく細いヴェールは、プルリル達だ。丸い頭が寄せ集まり、落下してきた獲物の体を絡みとる。

『りっきゅん!』

 丸っこい子供の声が着水した。しかしその声は水の上を滑るばかりだ。『あれあれあれあれ?』じたばたと小さな手足を動かして水の動きに遊ばれている。あれはタマザラシの子供か。体にたっぷりとため込んだ厚い脂肪は、潜水に向かない。浮く方が得意だ。どうも黒髪の子供を追いかけて来たらしいが、水中深くへと引き摺り込まれていく子供とは距離が離れるばかりだ。ぶち殺してやると息巻いていた私たちの一部の意識が滲んでくるが、こちらは何も手を下さずとも――いや……死にそう、というかこれは……?
 私たちは彼らを見ていた。プルリル達はこちらに気がついているようだったが、既に死したるものに興味はなさそうだ。追加で2匹が着水した。
 
『リク!』
『レディ!』

 前者はすぐに念力で空中へと浮かび上がったが、後者は水中に沈んだ。エイパムは泳げないらしく、ガボガボしている。漂ってきたタマザラシになんとか掴まった。なんで飛び込んだの?

『リク! リク!』

 リリンと鈴の身を鳴らし、リーシャンが誰かを捜し求めている。この流れからすると、タマザラシが呼んだ相手と同一人物かな。人の子よりもずっと鋭敏な感覚をもってして彼女は探し人を見つけると、水中へ飛び込んだ。
 
『レディ!』

 タマザラシに掴まったエイパムが警告するが、その暇があるのか? 『わぁっ! ひやりするー!』タマザラシが声を上げると、エイパムの姿が水中へと没した。足にヴェールが絡みついている。タマザラシの体にもだ。エイパムの尻尾からスピードスターが飛び出し、ヴェールが怯んだ。その隙に水上へと顔を出す。『なんなんだ!』エイパムはむせながら悪態をついた。水温が急落し、タマザラシの引き込まれた水中も瞬く間に凍りつく。複数のプルリルを凍りつかせたタマザラシもまた水上へと顔を出した。『びっくりしたー』タマザラシの方へ泳ぐと、エイパムはもう一度掴まった。冷凍ビームに警戒を抱いたようで、プルリル達はすぐには襲いかかってこなかった。
 矛先はもう一方も向かっていた。念力で無理矢理に水中へ突入したリーシャンへヴェールが襲いかかる。今まさに獲物を横取りしようとする彼女に容赦はしなかった。子供の体に無数のヴェールが絡みついている。
 
『離して! リクを返して!』

 リーシャンが念力で子供を引っ張るが、引き留めるだけで精一杯だった。『はなせー!』タマザラシが援護の冷凍ビームを放った。プルリル達も次は不意を打たれたりしない。シャドーボールが複数返ってきて衝突する。『わー!』『レディッ!』エイパムと一緒に反対方向へと流されていった。子供を引っ張るリーシャンの顔に苦悶の色が浮かぶ。
 ――あの子達を助けてやろうかしら。私たちの一部が主張した。あんなにも必死なんだもの。助けてやりましょうよ。
 ――でも、もう遅い≠だし、あんなにも必死なら逆に一緒にしてあげた方が優しさというものなんじゃないかしら。
 ――ナにガおそイの?
 ――だってあの子……え? 今、誰が訊いたの?
 混じった気配は覚えのないものだった。プルリル達はリーシャンとの綱引きに夢中でこちらを見ていなかったはずだが、真っ白な視線がひたりと見返していることに気がついた。それは子供のリュックサックの中からだ。絡みつくプルリル達と同様に手を伸ばす負の想いを飲み込み、ゴポゴポとリュックサックから不定形が溢れ始めていた。不定形は子供の体を包み始め、するとヴェールが緩やかに離れていく。――はなシナさイ、とノイズ混じりの声が響き渡ると、プルリル達はぶるりと身震いし、丸い頭は静かに水中の暗闇へと沈んでいった。

『リク!』

 リュックサックのベルトがひとりでに切れ、念力によって引き上げられた子供とは逆に水中へと沈んでいく。子供とタマザラシ達と陸を目指すリーシャンの背後で、不定形はどんどん形を大きく膨らませていった。中心はリュックサックの奥深く、2つのモンスターボールの片方、生を望む死したるもの。
 これは生きていると言っていいのか? 死んでいると言っていいのか? 生と死の曖昧な境界線上を歩き始めたそれを見守るかたわら、陸に横たえられた子供を囲む3匹のポケモンを見やった。タマザラシが子供の顔を舐めるが、一向に目を覚ます気配はない。リーシャンが癒やしの鈴を鳴らすが、ぴくりともしない。エイパムは子供の口元に尻尾をかざし、次に胸に大きな耳を当て、頬に触れた。最後に沈痛な表情で告げる。『上へ戻ろう』リーシャンが戸惑った。

『でも、リクをどうやって運べば……目が覚めるまで待ちましょう』
『ここに置いていく。誰か呼んでくるんだ』
『そんなこと出来る訳ないでしょう!』

 エイパムが舐め続けるタマザラシを止めた。『りっきゅん起きないー』『起きないよ』『えー?』『レディ・コーラルと同じことだよ、タマちゃん。レディ、君も本当は、気がついているんだろう』リーシャンの顔色が悪くなった。

『彼は、もう死んでいる』

( 2021/05/16(日) 08:57 )