暗闇より


















小説トップ
地下の街
Box.41 アいまイで そッくり
 ラチナの埋葬方法は火葬が基本だが、カザアナだけは水葬が昔からの習わしとなっている、とソラは話した。定められた地底湖に遺体を沈めて弔う。ひとつ埋まればその次へと場所を替え、古い兆域は封鎖される。しめ縄はしるしだ。

「道もそれほど踏み固められてないし、たぶん地震の崩落で、古い兆域が出てきたんだと思う。管理か埋葬かは分からないけど、一応迎えに行ってくる」
「待ってた方が良いんじゃないか?」

 弔いならば、家族以外がその場所に踏み込むことは躊躇われる。だがソラは「いや、一人で行った可能性もあるから」ときっぱり言った。

「兆域には必ず二人以上で行くって決まりがある。一人だと最悪、足をひかれる」
「足をひかれるって……誰に」
「死者にだ」

 そんな馬鹿な、と声を上げかけた時、「無視しないでよぉ!」と誰かがリクの腕をひいた。飛び上がって驚き振り向く。目をパチクリさせたコダチがいた。

「ごめんごめん、コダチちゃん。意外にリクがホラー好きでさ。さ、納得しただろ。先にポケモンセンターに行ってくれ」

 ソラはリクの背を押すと、細く暗い小道へと歩き出した。死者に足をひかれるなど、本当なのだろうか。冗談にしては笑えないが、からかったとも思えなかった。(「お前は嘘も隠しごとも嫌いだろ」)ソラの歩いて行った先、暗闇のさなかで蠢くものがいる気がして、慌てて踵を返した。
 クロバットの案内でポケモンセンターへの道を辿る。互いに心細さを感じていたのだろう、自然といかにしてソラを倒すか≠ニいう昨夜の話題へシフトした。

「この際さぁ、バトルじゃない方法で勝とうよぉ。じゃんけんとかにらめっことかー」
「昨日も言ったけど、オレが弱いと思ってるからソラは反対するんだ。オレが強いって分かってもらわないと意味ないだろ」
「えー……リクちゃん本当に弱いからそれは無理だと思うなぁ……」
「コダチはどっちの味方なんだよ!」

 こけそうになった。「だって本当のことだもん!」ぐっさりと心に突き刺さる。

「オレが弱いってのは……認める。ああそうさ、オレは弱い。だけどソラに勝たなきゃいけない!」
「バトルで?」
「バトルで!」
「ぬー……でも、今のリクちゃんはやっぱり負けると思うけどなぁ……」
「なんでだよ、分かんないだろ。確かにソラの方が強いよ。認める。けど、だからって――」
「リクちゃん、勝たなきゃ勝たなきゃっていっぱいいっぱいだから、上手く戦えないと思う。だってホラ、シャン太ちゃんが不安そうにしてるのに、全然気づかないもん」

 手元に目を落とすと、リーシャンは不安そうな顔をしていた。またこの顔をさせてしまったことに罪悪感を覚える。コダチはにこーっとリーシャンに笑いかけた。

「バトルはみんなが楽しい方が良いよ。リクちゃんもゲイシャちゃんも怖い顔ばっかりしないでさぁ。ね」
「……リ」

 リーシャンが表情を緩ませた。コダチの言いたいことも分かる。ミナモシティにいた頃は、バトルすることが楽しくて仕方がなかった。負ければ悔しいが、まだ強くなれるはずだという根拠のない自信があった。また頑張れば良いのだ、と。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではないし、そんな悠長なことを言っている時間もない。

「楽しくなんて出来ない。オレは勝ちたいんだ」
「ほらぁ、怖い顔しないでって」
「うるさいな。元からこーいう顔なんだよ」
「嘘だぁ。リアンさんだって言ってたよ。楽しんでる人は折れないから、一番強いって」
「リアンって誰」
「いつもお菓子くれる人!」

 いっぱいお菓子を持ってて、いつもニコニコしてるから大好き! と元気な返事が続く。まぁたぶん、くだんの先輩の一人だろうと勝手に納得する。「だったらついでに訊いといてくれよ。どうしたらバトルに勝てますかって」コダチがむー、と考える。

「うーんと、自分が一番得意な方法で、相手の一番嫌がることをするのがコツだって前に言ってた」
「いつ訊いたんだよ……」
「リーダーに負けた人の相談に乗ってる時」

 リアンという人物がそれを笑顔で言ったのだとすれば、かなり性格が悪い。そしてその文脈からして、その方法で被害を被るのは間違いなくカイトである。個人情報漏洩の件といい、コダチのことといい、彼の苦労を垣間見た気がした。
 あーだこーだとソラやレンジャーの話を続けるが、クロバットはさほど興味はなさそうだ。ポケモンセンターの灯りが見えた。中に入るとホッとする。いつもの場所というか、安全地帯という感じがした。受付のジョーイさん以外に人はいない。いくらジョーイとはいえ、避難しないのだろうか。

「……旅のトレーナーさん? こんな時期に?」

 それは向こうも同じだったようで、訝しげな目を向けられた。「あ、その。この街のジムリーダーに用事があって」「そうなの。確かジムリーダーは……ねぇ、知ってる?」そばのテレビに声をかけた。ザザッ。砂嵐が映り込み、パッとどこかの場所が映った。この街と外を繋ぐ通路だ。落書きに見覚えがある。

「……リクちゃん」

 つんつん、とコダチが肩をつつく。どうした、と振り向くと、彼女は真っ青な顔で示した。テレビのコードだ。その先端へと視線を滑らせる。だらりとぶら下がったコンセントは、刺さっていなかった。
 悲鳴がポケモンセンターに響き渡った。
 手に手を取り合って真っ青な顔でポケモンセンターの壁際に張りついたリクとコダチに、ジョーイさんはきょとんとしている。「ああああああそのその……」リクの指がコンセントを指してぶるぶるしているのを見て、ぷっと吹き出した。

「ごめんなさい。そっか、他の街から来たのだものね――ロッちゃん!」

 砂嵐が乱れた。パッと他の場所を映す。こちらも見覚えのある場所――ソラと別れた場所だ。人影が映ったのでソラかと思ったが、違う。二人組で、この街の住人と同じく目深にレインコートを羽織っている。一人はソラやリクと同じくらいの背丈だったが、もう一人は随分と背が高い。また別の場所が映った。次々と映像が移り変わっていく。見覚えがあるようなないような。たまに見知らぬレインコートや人影が映り込む。緑の帽子が映った。あれはノクタスだろうか。こんな地下の街に? 疑問に思うよりも先に映像は飛んでしまう。だんだんと、見覚えのある場所だな、と思う瞬間が増えた。そうしている内に、遠くに光が見える映像へと切り替わる。お馴染みの「P」の文字に背筋が総毛立った。あれは、あれは――近づいていく。ふるふると震えるコダチがムンクの叫びのような顔になった。近づく。その場所の扉が開く――!

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 耐えきれずにコダチが叫び、ぴゅいいいいいいいいいああああ! と電子音のような笑い声が鳴り響いた。「こらロッちゃん! からかわないの!」ジョーイさんの一喝にぴたりと音が止んで、元の砂嵐に戻った。

「出てきて、ちゃんとご挨拶しなさい!」
「ケッ!」

 ブツッとテレビが暗転した瞬間、ポケモンがくるくると回転しながら飛び出した。パリパリと静電気を纏っており、にんまりと得意げな表情がアンテナみたいな身体の真ん中で笑っている。「ぴきゅっ!」リクは脳内のポケモン図鑑をめくり上げ、目を瞬かせた。

「ロトム?」
「ぴゅきゃー!」

 大正解と言わんばかりにポケモン――ロトムがリク達のそばでくるくると踊った。「ふえ?」コダチが泣きべそ顔を上げる。ロトムと目が合って、へなへなと座り込んだ。「なぁんだ……ロトムかぁ……良かったぁ……」

「詳しいのね」

 ジョーイさんがにっこりした。「ロッちゃんはそんなにポピュラーなポケモンじゃないわ。こういった特殊な街や、廃墟、ホラーハウスとかになら住み着くことがあるけど、よく知っていたわね」リクが頷く。「図鑑で見たことがあったんです」

「ぴゅきゃー!」
「あっこら!」
「リッ!?」

 ずぼっとロトムがリュックサックに入り込み、嫌な予感がした瞬間、ポケナビがリュックサックから飛び出した。エイパムといいロトムといい、やたらと手慣れている。「お前こら返せ!」「ぴゅきゅあ!」ロトムが取り憑いたポケナビに、くりくりとした目が生える。正確にはこのポケナビはリクのものではなく、ヒナタのポケナビだ。不用意に出ないように電源は落としてあったが、ロトムが勝手に電源を入れた。
 瞬間、大量の着信が土石流のように流れ込む。「ぴゅあきゅえべべべべっべあああ!?」自分でやっておきながら、一体化しているロトムが発狂した。「ロトム!」きゅう、と倒れたロトムを抱き留める。受付のジョーイさんのもとへ、おろおろしながら抱きかかえたロトムを連れていく。「ロトムが!」ジョーイさんはしげしげと眺め、遅れてコダチが後ろから覗きこんだ。リーシャンもおろおろしている。

「ロッちゃん?」
「……きゅい!」

 ジョーイさんがポケナビをぺちぺちすると目を覚ました。「受信がいっぱいあったからびっくりしただけね。ちゃんとポケナビにはでないと駄目よ」めっと叱られ、リクは空笑いを浮かべた。「リクちゃんポケナビ持ってないのかと思ってた。番号交換しようよ!」「いや、これはオレのポケナビじゃないから」「そなの?」コダチが取り出したポケナビは、ポケモンのシールがベタベタ貼られていた。

「きゅぴぃ」

 ロトムが浮かび上がり、こっちこっち、と導く。「なんだよ」リクが胡乱な目を向け、ジョーイさんが補足した。「ジムリーダーのところに連れていこうとしてるのよ、たぶん」「きゅぴー!」その通りだとくるくる回転した。
 ジムリーダー、と言われても。リクは困ってしまった。ソラが迎えに行っているから、ここで待つように言われているのだ。しかしロトムがポケナビの画面で見せてきた映像は、見覚えのない場所だった。画面が街のマップに切り替わる。「わっ! すごーい!」コダチとクロバットも覗き込み、リーシャンも上の方から頭を付き合わせた。ぎゅうぎゅうに4つの頭をぶつけながら、全員で首を傾げる。ロトムが示す場所は明らかに、やってきた方向とは別の方向だ。クロバットが鋭く鳴く。ロトムが返事をする。やがて意を決したように、クロバットはポケモンセンターを飛び出した。暗がりに消えそうになるクロバットを追いかけ、リクが呼び止めた。

「どこ行くんだよ!」
「けけーっ!」

 クロバットがくるりと振り返り、そこにいるように、ついてくるな、と言わんばかりに左右に飛んだ。トレーナーそっくりの挙動に、危ないから、という言葉さえ聞こえた気がしてムッとする。「ジムリーダーを呼んできてくれるんじゃない?」ジョーイがのほほんと言った。
 無視して駆け足で近づく。クロバットはリクの背後へと近づくと、戻れ、と動作で示してきた。追いかけてきたコダチが言った。「じゃあソラ君、ジムリーダーとすれ違っちゃったのかな」
 はた、とリクは気がついた。仮にソラがすれ違っていたとすれば、あの兆域の先には誰もいなかったこととなる。(「兆域には必ず二人以上で行くって決まりがある。一人だと最悪、足をひかれる」)

「すれ違ったなら、今度はソラを誰か迎えに行かないと行けないんじゃ――」

 パタパタと中空に留まるクロバットが、困惑している気配がした。彼もそれは分かっているらしい。リクはロトムに確かめた。「本当にジムリーダーはあっちにいるんだよな?」「きゅぴ!」ロトムが強く同意した。
 だったらやっぱりソラは一人だ。兆域への道を知っているのは、この場ではクロバットとロトムだけ。もしかしたらジョーイさんは知ってるかもしれないが――いや、あの場所は外の人間に話すなと言っていた。自分やコダチが入って良い場所では、そもそもないのかもしれない。ポケモンセンターまでリクは戻り、「ジョーイさんってこの街の人ですか?」と息せき切って尋ねた。「え? ええ、そうよ」
 リクは事情をかいつまんで話した。ジムリーダーが外の人が入っていけないところにいると思ったこと。ソラという子が迎えに入ったが、すれ違ったかもしれないこと。迎えに行ってもらえないか、と説明する。事情を話すところで声を潜めたリクに、ジョーイさんが身を乗り出した。

「それってねぇ、とてもとても古い場所だった?」
「え? 古い……古いしめ縄はかかってたから、たぶん古くて……」
「いいえ、一番古い場所。大きく揺れたと思ったら、境が切れたから来たの。本当は駄目なんだけど心配になっちゃって。一番古い場所の道は、きっと開いたのね。でも、境は閉じてるはず。大丈夫だとは思うけど、子供が近づくのは危険だわ」
「境? 古い場所? ジョーイさんは、他の街から来たんですか?」
「すっごく昔は、他の街にいたのよ。お嫁に来たときは、とんでもないところに来ちゃったかしらと少し思った。心配しないで。この街はあの人の街、よく知ってるわ。……でも境が閉じてるなら、誰かに一緒に来てもらわないと」

 ジョーイさんが目を細めた。「あなたは少しだけ危ないわね」コダチへと視線を向ける。「彼女は元気だから、大丈夫ね」受付から出てコダチの手をとった。

「私は彼女とお友達を迎えに行ってくるから、あなたはロッちゃんと一緒に、ジムリーダーを迎えに行ってあげて」
「え?」
「んん?」
「クロバットちゃんはお友達のポケモン? 道案内よろしくね」

 クロバットはさっきまでと態度を一変させた。躊躇いもなくソラのいる方へ飛ぶ。ロトムがリクとリーシャンの近くへひゅんと近づき、早く行こうと周囲を飛び回った。「え? え? え?」コダチはジョーイさんに手を引かれながら疑問符を浮かべている。「えーっと、そのぉ……私よりリクちゃんの方がいいのではないかと……」「だめだめ。彼は少し危ないもの」「よく分かんないけど私も危ない気がします」「大丈夫よあなたは。それに、女の子だもの」「ええええええええ」

「きゅぴ!」
「リ」

 ロトムが急かし、リーシャンとリクはジムリーダーのいるらしい、正しい方向へと歩き出した。

( 2021/04/25(日) 09:38 )