暗闇より


















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地下の街
Box.52 いヤみな さイカイ
 スピードスターが道を塞ぐ土塊を吹っ飛ばした。ギルガルドはぶつくさ言いつつも大人しく道を教え、リク達は歩き続けていた。拓けた場所に出た気配がする。灯りなどはないので、五感で気配を探る。空気の流れが変わった――水の匂いがする。動かない水。「……地底湖?」誤って落ちないように警戒しながら、エイパムを先頭にして壁沿いに歩き出した。引きずっているギルガルドの音で何処にいるのかよく分かる。次にリク、最後にトドグラー。

「タマ、ついてきてるか?」
「ウォー」

 トドグラーをどう呼ぶか迷ったが、結局今までの呼び方に近い、タマ≠ノなった。トドグラー呼びに反応してくれなかったのが主な理由だ。エイパムが歩みを止め、リクとトドグラーも止まった。ぽつんと灯がひとつ動いている――こちらへ。歩き寄ってくる灯に目を凝らすと、ヒトモシであった。更に、その後に続くヒトモシがいて、そして更にヒトモシが。つらつらと並び歩くそれは行灯行列のようであり、最後尾からふたつ前にはランプラー、ひとつ前にはシャンデラ、一番奥には背の大きく曲がった人影が、ぎょろりと目を動かした。

「……なんだ、生きてたのか」

 隙間風のような声が言った。ランプラーとシャンデラのこの世のものではない炎が、ちらちらと姿の切れ端を照らしては消える。サニーゴの体内で聞いたのと同じ声にリクは身構えた。この街に来てこの男に会ってから、ろくな目に遭っていない

「あんたはいったいなんなんだ?」
「餓鬼に答える義理はない……それより、そこの」

 長い前髪の下で視線が動き、枯れ木のような指が示す。ほんの小さな動きでも大きく揺らぐ影が不気味に感じられる。

「ギルガルドをこっちに寄越せ」

 ヒトモシ達がエイパムを取り囲み、ギルガルドを持ち上げようとした。「きーっ!」尻尾が大きくしなり、ギルガルドの体ががしゃんと地面を叩く。ヒトモシ達が蜘蛛の子を散らすように逃げた。わらわらと暗闇の中動き回る小さな火は、それ自体が奇妙な生き物のように映った。エイパムとリクが揃って睨んだ。

「ききっ!」
「等価交換。あんたが何も答えないなら、オレだって聞いてやるもんか」
「ウォォ!」

 次いで、トドグラーも大きな声で同意した。ずもっずもっと前に乗り出してアピールする。キプカが舌打ちした。

「……気に入らん餓鬼だな」
「バシャーモとトレーナーは何処だ。あんたは誰だ。どうしてここにいるんだ。何が目的なんだ。あんたは朱色の外套の仲間か?」
「……誰が!」

 最後の問いかけに、キプカの全身からブワッと殺気が膨れ上がった。淡々としたテンポから外れた声音で興奮気味に言い放つ。大きな挙動に、巨大な影が土壁の上で揺らぐ。

「……浅はかで……愚かで……馬鹿者が……! 仲間、だと……? 人間の仲間など要らん。連中はいっとうくだらん存在だ。それと同列に並べられるとは不愉快極まりない……。俺が何をやろうとしているか? ……クソ忌々しいチャンピオンを、解放してやろうとしているのだ……そら、これでも仲間だと思うか……?」
「ヒナタがここに?」
「そうだ……」

 シャンデラが滑るように飛んでいった。地底湖の切れ端が炎に照らし出される。水面が炎を反射して静かに、不気味に輝いていた。
 
「その下……置き石の封印の下にいる……石をどかせば、魂は解放される……体が無事かどうかは知らんがな……」
「なんだよ、それ。どういうことなんだ?」
「……分かる必要があるのか?」
「ヒナタはなんでそんなとこに……? た、助かるのか?」

 予想外の人物の名前が出てきて、リクは戸惑った。混乱と縋るような想いの入り交じった目を向ける。

「助かるかどうかは……サニーゴの体内にいたお前なら……分かるだろう」
「コーラルが助けるのか」
「……知るか。俺は間抜けな赤毛に、道を開けるだけだ」
「オレも、オレにできる事は、何か」

 ヒナタが助かるかもしれない。生きている。サニーゴが生まれ直そうとしていた理由が理解出来た。彼女はヒナタを助ける為にあのような真似をしたのだ。だったら、彼女にその名を伝えられたことは多少なり、罪滅ぼしになったのかもしれない。
 サニーゴは文字通り、自身の全存在を賭けた。だったら自分にも何か出来ることが欲しかった。言い募るリクに、キプカが言った。「……石をどかすか?」

「石? 置き石、とかいう奴?」
「置き石の封印をどかせば……ヒナタは解放されるが……引き戻しで、お前が封印される……クク……やるか……?」

 にやぁ、と口の裂け目が広がった。お前にはできっこないと暗に馬鹿にされ、やってやる、と答えかけた。「きぃーっ!」がらん! エイパムがギルガルドを大きく揺すり、鋭い制止の目をリクに向ける。キプカが鼻で笑った。

「……小猿の方が賢いな……くく……今度こそ死ぬ気か≠ニは、随分……勘の良い……くはは……」

 一拍遅れで、リクは理解した。置き石の封印をとれば、おそらくサニーゴの体内にいたときと似たような事になる。最後に聞こえた声はキプカのもの。感謝の言葉を告げるのは絶対に嫌だが、恐らくは彼がリクをサニーゴの胎内から弾き飛ばした。それがなければ戻れなかったかもしれない。
 ヒナタと入れ替わりでリクが封印されたとしたら、今度は隙間風さえ吹かないだろう。ぐっと言葉に詰まったリクをキプカがせせら笑った。

「血気に走るな……お前以外におあつらえ向きがいる……迎えも出した……」
「ッ誰を使うつもりだよ!」
「心配するな……消えても困らない奴……侵入者を使う……」
「侵入者?」
「……バシャーモのトレーナーだ」

 さらりとキプカが言った。
 言葉と言葉が繋がるまで、一瞬の間があった。

「だったらオレがやる!」

 リクの声が、暗闇に響き渡った。





 リマルカもソラもホムラも難しい話をしているので、コダチはよく分からないながらもじっと話を理解すべく耳を傾けていた。おおよその話をまとめるに、バシャーモとリクとキプカの居場所は分からないし、サニーゴはヒナタを探しているがとうのヒナタの場所は分からないし、ホムラはやっぱり敵だし。結局まとめても分からないという事実は変わらないと理解し、肩を落とす。ここにジムリーダーのカイトがいれば、ズバッと一言でまとめてやるべき事をテキパキ指示してくれただろうが、あいにくといない。自分で考えるしかないのだ。
 うーん、とコダチはホムラを見つめた。この少年は敵らしいが、いまいち敵だとコダチには思えなかった。こういった時の勘はよく当たる(そもそも彼女は、勘でほとんどの事態を処理してきた)。行方不明になっていたリクの友達のウミというらしいが、訳あって今はホムラと名乗り敵になってる。それだけでもコダチには訳が分からないのだが、どうして友達同士で敵対しなければいけないのかも分からない。ごめんなさいと謝ったら駄目なんだろうか? きっと彼らが敵対するのにも理由があるのだろう。しかし、それに関してホムラは口を閉ざしていた。
 ――敵ではない。勘がそう言っている。どちらかというと、保護ポケモンに近い雰囲気がホムラにはある。餌を与えようとしても警戒と不信から口にせず、衰弱していくポケモン……コダチは首を振って、嫌なイメージを追い出そうとした。

「ねぇねぇ、ホムラ君」

 ソラとリマルカが話し合っている間に、ホムラに声をかけた。返事はないものの、ゆっくりと瞳がこちらを向いた。

「キャラメル食べる?」

 ソラからもらったものだが、機会を逃して食べていなかった。「……いい」ホムラはそっと断った。「そっかぁ……」キャラメルを持つ手がしょんぼりと下がる。渡す相手を失ったキャラメルに、強い視線が突き刺さった。すぐそばにいつの間にやらカゲボウズが寄ってきていて(しかも疲れた様子だ)、食い入らんばかりにキャラメルを見つめている。先ほどまでいなかった個体だ。外からやってきたのだろうか。「あげる!」コダチが思い切って告げると、カゲボウズはパクッとキャラメルを口にした。表情が幸せに染まる。「お腹すいてたの?」「ヒョー」不協和音で答えた。

「うひっ」

 すいーっと、カゲボウズの背後にヨマワルが現れた。空気から溶けるように現れた為、カゲボウズがびっくりして飛び上がる。「うひひひっ!」すいっすいっと死角に回り込むヨマワルに、カゲボウズは忙しなく頭を動かした。「ばぁ!」「ヒョー!?」「うっひひひ!」カゲボウズがひっくり返ると、ヨマワルは満足してリマルカの元へ飛んだ。

「報告かな」
「うひぃー!」

 これこれしかじかとヨマワルが告げた内容に、リマルカは嫌そうな顔をする。すかさずソラが尋ねた。「先方はなんと?」

「変わりなし。ここにいろってさ、やんなっちゃうよ」

 リマルカが投げやりに頬杖をつき――刹那、目を見開いた。異様な気配にソラとコダチは視線の先を追いかけた。ゲンガーが、ヨノワールが、ヤミラミが。ゴーストポケモン達がホムラを取り囲んでいた。リマルカがガタッと立ち上がる。

「ホムラ君を抑えて!」
「――え」

 素早くゴーストポケモン達がホムラを担ぎ上げた。「待って!」コダチがホムラの腕を掴むと、そらついでと言わんばかりに引き込まれる。リマルカ側のゲンガーやサマヨールが割って入るがすぐに蹴散らされ、あっという間にポケモンセンターの外の闇へと。「止めろクロ!」「キィー!」クロバットが飛んでくるのが、ゴーストポケモン達の群れの切れ切れから見えた。「く……あ゛ッ!」ホムラの悲鳴に顔だけそちらへ振り向かせる。逃れようとしたホムラの腕に、ヒトモシ達が愉しそうに取り憑いている。火傷へ蝋を溶かすように身を預けていた。「だ、駄目だよ駄目だよ!」悲鳴。今度はクロバットのもので、ドカッと重い音が地面に落ちた。ぶわっとコダチの顔から冷たい汗が噴き出す。ホムラを掴む手をゲンガーの長い舌が舐めあげた。痺れが走る。歯を食いしばって叫んだ。

「離さないもん!」
「ケケケッ!」

 良い度胸だ、とゲンガーがニヤッとした。魂は一夜のうちに千里を駆ける。まさしく百鬼夜行が如く、人間二人を載せたゴースト列車が闇夜を奔り消え去った。





「キャプチャ・オン」

 スタイラーから飛び出したコマが、光の螺旋を描いてイワークを囲い込む。最初は暴れそうな雰囲気だったイワークだが、おもむろに頭を垂れ、協力の意を示した。役目を終えたコマがスタイラーに吸い込まれるように収まる。レンジャーの男はイワークに飛び乗った。もう一人のレンジャーが続くと、最初に乗った男がイワークの体を叩き、目的地を告げた。

「カザアナのポケモンセンターまで、頼む」
「オオオオオ!」

 律動し、蛇がのたくるようにイワークは地下通路を凄まじいスピードで移動し始める。後ろに乗っているレンジャーの男――がっしりとした大柄な体つきに、岩のような顔をしている人物が言った。「キプカはまだ、カザアナにいるでしょうか」

「いる。その為にこっちから出向いてやるんだからな」

 もう一人が、きっぱりと答えた。イワークの体は左右に大きく揺れるが、顔色ひとつ、バランスひとつ崩すことなく厳しい顔つきで前だけ見据えている。高く結い上げた藍色の髪が、振動に合わせて揺れている。がっしりした体つきのレンジャーが不満そうにぶつくさ言った。「あの人もバシャーモを送って寄越すくらいなら、トレーナーもセットでつけてくれれば面倒じゃなかったんですけどね」

「元々アテにはしていない。着いたらトレーナーを捕縛してサイカに戻るぞ」
「了解です。……そうだ。リアンさんからの頼まれごとも忘れないでくださいよ」

 藍色の髪の男の顔が、更に険しくなった。苦々しげに「必要か?」と問う。大柄なレンジャーが嘆息する。

「敵と元友達の子供を利用するなんて、まぁー……気に入らないのは分かりますが、自分は悪くない手だと思います」大柄な男が肩を竦めた。「頼みますよ、カイトリーダー」
 カイトと呼ばれた男が、フンと鼻を鳴らした。

( 2021/07/25(日) 13:12 )