Box.19 ときめき☆きらめき女子トーク!
「え、あ、う、うん……君は、えっと……」
「ユキノですわ。明日の最後の試合は、あなたとわたくしです」
ユキノは自ら名乗った。綺麗な子だ、とリクは頬を赤らめた。長い髪は艶々で、肌は透き通るように白い。桜色の唇は品の良い形に弧を描き、一挙一動に女の子らしい優雅さがあった。ユキノの黒曜石のような瞳がリクを映している。じっと頭の先からつま先まで、見つめられているような気がしてリクはドキドキした。
「無視しないでよぉ!」
「うわぁああああ!?」
ユキノとリクの間にコダチがにょきっと割り込んだ。じたばたと両手をいっぱいに動かして存在をアピールしている。ユキノは嘆息し、「無視したわけではありません。認知しなかっただけです」と述べた。
「絶対そんなことないもん! 氷柱針飛んできたもん!」
「嫌ですわコダチさん。人に向けて氷柱針を撃ってはいけないと、さっきおっしゃったではありませんか」
「言ったよ!?」
「わたくしとて、そのようなことは承知しております。コダチさんを認知していたら、コダチさんに氷柱針を撃つわけないじゃありませんの」
「え? ……うん? う〜ん? あれ、じゃあ……あれ?」
コダチはしきりに首を傾げた。言っていることは一見筋が通っているような気がするし、何かがおかしいような気がする。リクも横で聞きながら首を傾げた。
「そのような些末なことより、何を悩んでいらっしゃったのかお話されてはいかがですか?」
「え!? 助けてくれるの!?」
コダチが目を輝かせた。よほど困っていたようだ。ユキノはすすす、とリクに近づき、肩が触れあうような距離でこちらに顔を向ける。
「お話を聞いてあげますわ。ね、リクさん」
「あ、うん……」
リクがますます顔を赤らめると、ユキノが笑った――可愛い。ドギマギとするリクだったが、コダチの視線を感じてハッとする。ユキノから無理矢理に顔を引き剥がし、「そ、それで、何に困ってるの?」と誤魔化すように先を促した。
「――約束?」
「ぐすっ……そいでね、ジムリーダーに電話するの怖かったから、友達に連絡して、そしたら怒られて、「ひとまずジムリーダーに報告して折り電するから待ってろ」って……うう……ひっく……待ってたら怖いし落ち着かないし怖いし怖いし怖いし……うええええええええん!」
「お、落ち着きなって……泣いてもしょうがないだろ……」
「怖いんだもんー!」
恐怖のあまり縋りついてこようとするコダチから、リクは微妙に距離をとった。バレないか内心ひやひやする。リクは視線でユキノに助けを求めたが、ユキノは唇に手を当て、考え事をしている。リクに避けられたコダチがユキノに縋りつこうとする。マニューラが爪をギラつかせ、コダチは止まった。
「コダチさん、連絡はいつ取りました?」
「10分くらい前……」
「監視者さんはせっかちですから、そろそろご連絡があってもおかしくありませんわね」
「監視者?」
「二つ名ですわ。わたくし以前、挑戦した事がありますの」
「勝った? 負けた? うちのリーダー強いでしょお〜!」
さきほどまでの怯えようを放り出し、コダチは自分の事のように胸を張って自慢した。ユキノは小袖に手を入れ、バッジケースを取り出す。パチン! と開いて見せた中には、複数のバッジが収まっている。リクとコダチ、二人揃ってのぞき込んだ。「あ! うちのバッジだ!」コダチが声をあげる。ユキノは冷ややかに問うた。
「それで?」
「ふぇ?」
「貴女はどうですの?」
「えへへへへへへぇ」
「うふふふふふふふふ」
コダチは目を逸らし、ユキノが小袖にバッジケースを仕舞った。リクが尊敬の眼差しをユキノに向けた。
「そんなにバッジを持ってるなんて凄いね」
「別に凄くありませんわ。多分、Sさんの方がお持ちの数は多いでしょうし」
「そうなの?」
びっくりするリクに、ユキノは意外そうな目を向けた。
「お知り合いなんでしょう? 当然存じているものだと、わたくし思っていましたけど」
「知り合い? オレと仮面Sが?」
「……あなた、ソラさんとはお知り合いですか?」
「ソラ? なんでソラ? そりゃあ、ソラは友達だけど……」
ユキノは軽く目を見開き、そして、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。輝かんばかりの笑顔を正面から見たリクの心臓が大きく跳ねた。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かった。
――同時に、理由の分からない冷や汗が、背中に一筋流れた。
ポケナビの音が高く鳴り響く。カランカランとポケナビが床に落ちる音がした。コダチが怒られたエネコのように丸くなり、床に放り出されたポケナビを見つめていた。ユキノは愉しそうだ。
「ご自慢のジムリーダーさんからのお電話ですわよ」
「あ〜〜〜う〜〜〜〜」
コダチが唸っている間も、ポケナビの着信音は鳴り響いている。音量は変わらないはずなのに、だんだんと大きくなってきているように感じる。反比例して、丸くなったコダチの体がどんどん小さくなっていく。ぽつりとリクは言った。
「……早く出ない方が、怒りを買う気がするけど」
「ハイッ! コダチです!」
コダチは目にもとまらぬ早さでポケナビに出た。ユキノとマニューラが耳を両手で押さえた。
『この大馬鹿がアアアアアアアアアアアアアアアア!』
ポケナビから男の大音声が響き渡った。リクは突然殴られたようにクラクラし、耳を突き刺されたコダチは蒼白になっていた。
『こんな時に何を考えているんだ! くだらん大会に出ている場合か今すぐ戻ってこい!』
物凄い剣幕で男が怒鳴っているが、コダチには聞こえていない。初撃でダウンした彼女は再びポケナビを床に放り出し、遠い場所に意識を飛ばしていた。怒られている訳ではないリクですら逃げ出したくなった。
『コ ダ チ !』
「まあまあ。コダチさんが怯えていらっしゃいますわ」
ユキノがポケナビに出た。途端に、嘘のように相手の声量が落ち着き、外からは聞こえなくなった。慌てるコダチを、ユキノは身振りだけで制した。
「お久しぶりです。以前、そちらのジムに挑戦させていただきました、シラユキタウンのユキノと申します。……コダチさんは今、取り乱していて出られそうにありません。わたくし、コダチさんの友人として、心配になりまして……」
ユキノはコダチを助けるつもりなのだろうか? 「友人として」という言葉に、コダチが感動している。
「……おっしゃるとおりです。ところで、カザアナタウンのソラという少年をご存じですか? ……まぁ……そうでしたの。合点がいきましたわ」
ソラの名前に、リクは耳をそばだてた。合点――何が? 気になるが、会話の内容は聞こえない。ちょいちょいとリクは「教えてくれ」アピールをユキノにしたが、ユキノは微笑んで指を一本唇に当てた。内緒らしい。
「……明日のバトルアイドル大会だけでもご覧になってくださいな。たいそう面白いものが見られますよ。……それは残念ですわ」
ユキノが大きく首を横に振った。コダチの顔がムンクのようになった。駄目だったらしい。その時、大きな手がポケナビをユキノから取り上げた。サングラスにニヤニヤした口元。荒っぽいのに妙に品のある声が言った。
「それは残念ですわぁ、カイトちゃん」
目を丸くするリク、大人しく見守るユキノ、ハラハラするコダチ。ポケナビを奪い取ったボルトは、近所の子供をからかうような声音をしていた。チラッとマニューラがユキノを窺うが、「構いませんわ」とユキノは制した。
「こんな時だからこそ金とストレスをぱぁっと解放する場があった方が良いだろ」
コダチがコクコクと頷いた。ふれーっ! ふれーっ! とボルトを応援している。
「……不安か?」
リクは不思議そうにボルトを見た。ボルトの声は人で遊ぶような、軽くて明るい感じなのに――その顔は真剣で、優しかった。だがそれも刹那の事で、すぐにからからと笑った。
「……そう怖い声を出すなよ。ただ、馬鹿みてぇな事してる方が、あいつも安心できるってもんだろ」
電話の声が聞こえないのが、リクは無性に気になった。コダチは自身の大会出場がかかっているし、必死に祈っている。ユキノも、耳を澄ませている。
「……既に大会は始まってる。金も動くし、ここで選手が減るのはプロデューサーとしても避けてぇのよ。……構わんよ。ま、生放送してるから、仕事合間に見たらどうだ」
『見ないからな!』と、最後だけ相手の声が聞こえ、ブツッとポケナビが切れた。コダチが不安そうな目をボルトに向けている。ボルトはわしわしとコダチの頭をかき回した。
「上司は納得した。お前は最後まできっちり大会に出て良いぞ」
「ほ、ほんと!?」
「ホントホント。仮面Sの方も俺から話しといてやるよ」
ぱぁっとコダチの顔が輝いた。ハレルヤ。コダチの周囲にハピナスが飛んでいる。「ありがとうありがとうありがとう!」ボルトの両手を握って全力で振りまくる。振り返り、リクとユキノの手も両手に握って振りまくった。「リクちゃんとユキノちゃんもありがとおおおおおおおお!」肩が外れそうだ。ユキノがボルトに尋ねる。
「カイトジムリーダーとは、親しいのですか?」
「親友も親友。おむつ替えてやったこともあるぜ」
「リーダーの!?」
コダチが目を丸くし、リクも別の意味で衝撃を受けた。何歳なんだこの人、とボルトをまじまじ見つめる。デコピンを食らった。そのままヘッドロックをかまされ、リクは悲鳴をあげた。
「痛い痛い痛い!」
「オラオラ、どういう目で俺を見てんだお前は」
ボルトが囁いた。
「――ユキノに注意しろ」
リクがユキノに視線を向けかけた瞬間、ボルトはパッと手を離した。べちゃっとリクは床に落ちる。呻くリクを置いて、ボルトはさっさと踵を返してしまった。「あ! まってぇ! リーダーの話聞かせてぇ!」コダチが後を追った。
「……先ほどの続きなのですが」
残されたリクに、ユキノが言った。
「リクさんは、ソラさんのどういうお知り合いなのですか?」
「えっと、君こそ、その……ソラの、知り合い、なの?」
「わたくしの片想い、ですけどね」
「かた……っ」
にっこりと告げたユキノに、リクはショックを受けた。同時に「そりゃあ、そうだよな」と思った。ソラはしっかりしていて賢いし、格好良い。自分なんてソラに頼りきりで、そもそも今は女装しているし。しおしおと肩を落としたリクに、ユキノは面白そうな目を向けていた。
「……ソラは、前の街で偶然出会って、それから色々と助けてくれるんだ」
「何かあったのですか?」
「それは――色々だよ。とにかく、ソラは良い奴だよ。強いし、頼りがいがあるし、賢いし……うん、バッジもたくさんあるなんて、凄いよ。やっぱり、凄い奴なんだソラは。間違いない。君がす……好き、になるのも、分かるよ」
ユキノを巻き込むわけにはいかない。辛うじて事情は伏せたが、代わりにとばかりにリクの口はベラベラとソラを褒め称えた。本気で自分でもそう思っているはずだが、口にするほどに気持ちが沈んだ、情けないような、悔しいような、重たくてモヤモヤしたものが、胸のあたりで蠢いていた。
「わたくしには、事情が話せませんか?」
「……っ!」
ユキノがリクに身を寄せた。ふわっと花のような香りがして、頭がクラクラする。リクは息を呑んだ。カッと体が熱くなった。「色々、とは、何があったのですか――?」睦言を囁くように問いかけるユキノに、リクは目を泳がせた。
「どけ。邪魔や」
背後からの声に、リクは素早くユキノから離れて振り返った。不機嫌極まりない様子のライカが立っていた。ユキノは「あら、それは失礼しましたわ」と平静そのものだ。
「ではリクさん。わたくし達はあちらへ――」
「こいつ借りるわ」
ユキノが掴むより早く、ライカがリクの腕を掴んだ。リクが目を白黒させる。「横取りはいけませんわ」とユキノは頬を膨らませるが、ライカは無視した。ライカの雰囲気が怖い。引きずられつつ、リクは首だけで振り返った。「ごめん」ユキノは肩をすくめ、「また明日」と手を振った。
リクが連れてこられたのは、階段の踊り場だった。ライカは腕を放した。
「あんた、もう帰った方がええわ」
頬を打たれた事を思い出す。ライカは、自分が気にくわないのかもしれない。それはきっと仕方の無いことないことで、まっとうな意見だとすら思った。
「試合前からこれじゃ、明日はどうせ勝たれへん。タマザラシがボコボコにならんうちに、自分の地方に帰れ」
「そんなことさせない」
ライカが片眉を上げた。意図した言葉では無かった。気がついたら、言葉の方が先に出た。あふれ出た言葉の流れは止まらない。
「オレは、オレは……バトルが、したい」
「出来るわけないやろ、あんたに」
ライカは鼻で笑った。
「いいや、出来る」
静かだが、強い言葉でリクは言い放った。しんと踊り場に沈黙が降りる。リクはライカの顔を見つめた。あの試合以来、怖いと少し思っていた女の子の顔を。同年代のあどけない顔立ちだ。目元は赤く、顔は顰められている。
「……勝手にし!」
ライカは背中を向け、言い捨てた。