暗闇より


















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アイドルの街
Box.17 Pokemon&Trainerかくあれかし!
「たーま! たまたまたま!」
「ふんふん」
「たまー!」
「Oh.それはboyが悪いですネ」
「たま!」

 なんだこれは。

「……何やってるんですか?」

 恐る恐る、リクはその輪に話しかけた。リクと一緒に来たプラスルとマイナンが、一人と一匹のティーテーブルに飛び乗った。「ぷっら!」「まいー!」「たまま!」アイドルキングは椅子を後ろに倒し、逆さまの笑顔をリクに向けた。

「よくSleepingできましたか?」
「はい」
「君はよくLieをつきますが、どうしようもなくHonestyでもありますねェ」
「ら……?」
「Youの目の下にゴースがとりついてますヨ」

 リクは自身の顔に手を当てた。「飲みますか」と、アイドルキングはリクをお茶会に誘った。席に着くと、プラスルがスコーンを用意し、マイナンが紅茶を淹れてくれた。
 バトルアイドル大会二日目。試合開始の案内放送が、今朝のリクの目覚まし音だった。会場は既に人で溢れていて、リクは中に入ることすら出来なかった。タマザラシもソラも、どこにいるか分からない。足早にその場を立ち去った。行くべき場所も分からずフラフラしていると、ヘアメイクに捕まり、メイクに捕まり、スタイリストに捕まり、「リクちゃーん!」とサインを求めるオッサンから逃げ、いつの間にかプラスルとマイナンが合流した。たどり着いた二階のテラスでは、アイドルキングがタマザラシと会話に花を咲かせていた。会場の中庭が一望できる特等席だ。一応主催としての自覚はあるようで、ティーテーブルには小さなモニターが設置されている。司会者の声が小さく聞こえてきた。『謎の仮面Sの――』第一試合がちょうど終わったところだ。

「たま!」

 タマザラシはむいっと顔を引っ張った。ぎこちなくリクは笑ったが、タマザラシは両手を離してムッとした。
 
「たま! たまたま!」
「タマがしっかり守ってあげるから、安心しなさいっ!≠ニ言っていますネ」

 なんで分かるんだよ。リクは喉までツッコミが出かかった。「Professionalなアイドルともなれば、ポケモンのHeart catchなど当然のSkillですよ」アイドルキングがすかさず答えた。半分も意味が分からなかったが、とりあえず自分の気持ちはキャッチしないで欲しいとリクは切実に思った。

「守るって、どういうことなんでしょうか」
「Hun?」
「タマザラシは、どうして、オレを守ろうとするんでしょうか」
「Off Course.Youが心配だからデスヨ」
「たま?」

 アイドルキングもソラと同じく、「何を当然の事を」という顔だ。前半の言葉の意味は分からないが。「フム」と呟き、アイドルキングは言葉を続けた。
 
「Youは自分が嫌いなのデショ?」

 否定は出来なかった。
 
「自分が嫌っている相手をloveするPokemonがいることを変に感じるのは、普通です。しかしそれはyouのheartに過ぎない。Youのheartがyouのものであるように、タマgirlのheartはタマgirlのものです。Youのものではない。Understand?」
「あ、あんだ……?」

 リクはますます変な顔をした。

「それにyouだって、タマgirlを守ろうとbattleしていたじゃありまセンか」
「オレが?」
「無意識デスか?」

 これまでリクが出した指示は全て「タマザラシの身を守る」為のものばかりだ、とアイドルキングは指摘した。
 ルンパッパのフラフラダンスにいち早く気がつき、警告した。
 ライチュウのスパークに対し、近づけないために冷凍ビームを叫んだ。
 最後の10万ボルトでは、粉雪では押し負けると踏んで冷凍ビームを指示しかけた。
 
「Youは違うとspeakするかもしれませんが、Meはyouには、十分にfightするpowerがあると思っていますヨ」
「……すぴ……ぱ……」
「オット失敬。またbad habitが出ましたネ!」

 ぐるぐる混乱し始めてるリクに、アイドルキングはぱちんとおでこを叩いた。
 
「You――君たち≠ノは、戦う力があると、私は言いました」
「たまたま!」

 タマザラシがテーブルからジャンプし、リクに飛びつく。「ぶ」リクは顔面で受け止めた。アイドルキングの両肩にも、プラスルとマイナンが飛びついた。二匹は信頼しきった様子で、アイドルキングにぴっとりと頬をくっつける。アイドルキングは二匹を両手で撫でた。

「バトルはひとりぼっちでは出来ません。ポケモンとトレーナーは役目は違えど、心は同じバトルフィールドにいるのです。トレーナーが弱気になった時は、ポケモンが支え、ポケモンが挫けそうな時は、トレーナーが支えるのです」
「でも、オレには、信頼するだけの価値なんてありません。失敗してばっかりで……オレのせいで、傷ついたり、負けたりして」

 リクは肩を落としてうつむいた。踏み出せそうで、踏み出せない。影はリクの足を引き留めた。目の前のタマザラシが、丸々とした目でリクを見ていた。

「その時は、ポケモン達が君に怒ってくれる。それではいけないのですか?」

 リクは、目を見開いた。

 ――約束なんだよ。オレが間違えたら、ちゃんと怒るって。

「ヒナタ君もよくオニキスに怒られてましたヨ」
「チャンピオンなのに?」
「Heも若い頃は、カジノでmoneyを全てスッたり、gymの天井にholeを空けたり、歴史的建造物をdestroyしたりしましたから。もちろんmeも、heのことばっかり言えませんがネ! HAHAHA!」

 アイドルキングが大きな口を開けて笑った。

『おーっとライカちゃんピーンチ! ここからどう対抗するつもりだー!?』

 ひときわ大きく、司会者の声が画面から発せられた。部屋の全員が画面を見た。近づいたカメラが、微笑んでいるユキノの顔、爪の血をつけたマニューラ、背中に大きく爪痕を残したライチュウ、そして、苦しそうに、それでもユキノを睨んでいるライカと次々映していく。『ッ10万ボルト!』『らいらい!』状況は不利らしく、焦りと不安が表情に見え隠れしている。それでも彼女は堂々と戦っていた。パートナーのライチュウも、傷つきながらもまだフィールドに立っている。

「誰かのために、怒ること」

 コトン、とリクと画面の間にモンスターボールが置かれた。ぼぅん、と煙があがり、勝手にポケモンが飛び出した。赤黒い凶悪な3対の瞳が、リクを貫く。石化したように動けなくなったリクの体を引っ掴むと、大きく翼をはためかせた。飛び立つ直前、その背に笑いながらタマザラシが飛び乗った。「オニキ――」リクの視界の中で、アイドルキングが言った。
 
「それもまた、強さですヨ」

 ぐんぐん小さくなっていくアイドルキングが、プラスルとマイナンと一緒に手を振った。





 空からこの街を見るのは、二度目だ。整然と立ち並ぶビル群や住宅街は上品で規律正しいのに、大きな画面や放送機器は子供のように駆け回って割り込んでいる。それは場所を選ばず、道行く人の目を、足を、耳を振り向かせる。あの喧噪の中に自分はいたのだ、とリクはぼんやりと思った。
 サザンドラは高度を上げた。背の高いビルも手が届かないほどに、画面の言葉も意味を為さないほどに。それでも、流れる人々の息づかいが聞こえないほどは離れなかった。きっと街中で空を見上げれば、サザンドラの影が見えただろう。

「……ヒナタに、まだ会えてなくて、ごめん」

 ゆっくりとサザンドラは上空を旋回していた。耳元で風が唸っている。遮るもののない場所で、自由に服ははためいた。サザンドラは鼻を鳴らし、ぐいとリクの顔を南西へと向けた。
 大きな山があった。そういえば、とリクはヒナタの話を思い出した。あの大空洞で、ヒナタはラチナ地方についていくつかの事を教えてくれた。円上に街は繋がっており、どこから旅に出てもまっすぐ進めば一周できる、と。あの大きくて、高い山の盆地にチャンピオンリーグがあると語っていた。チャンピオンロードも、きっとあの山にあるのだろう。
 かなり高度はあるはずなのに、まだ山の方が高い。チャンピオンリーグの、その玉座の遠さにリクはくらくらした。門を叩くどころか、見ることさえ困難なように感じられた。
 ぐん、とサザンドラが高度を上げた。「たまま!」タマザラシのワクワクした声。気温が下がり、肌寒さを感じる。露出した二の腕をさすった。足下の地面はどんどん遠くなっていくが、不思議と不安は感じなかった。リクを掴むサザンドラの力は強かった。快晴。雲の無い空へと舞い上がる。

 リクは、目の前の光景に息を呑んだ。

 盆地の中に、白亜の神殿があった。あれはチャンピオンリーグだとリクは直感した。城塞のような白い峰に囲まれた、絶対不可侵の場所。あっけらかんとしていたヒナタの人懐こさとは正反対の荘厳さだ。
 地方は違えど、自分もあの場所を昔は目指していた。その意味も知らずに。トレーナーの頂点。地方を守る要。そこにただの<qーローの姿はなく、伝説もなく――その地方に生きる数千、数万の重みを感じる場所だった。
 湧き上がるような感覚が心臓を貫いた。ぞくぞくとした錆びついた高揚感が、囁いた。
 あの場所に、挑戦したい≠ニ。
 ヒナタの背中が見える気がした。それは強くリクの足を突き動かした。約束を果たすべきではないかと、お前は勝手だとソラは言った。心はその人自身のものだと、アイドルキングは言った。

「オレ、バトルが好きだ」

 ぽつりとリクは呟いた。すとんと気持ちが胸に落ちた。
 サザンドラがここに連れてきてくれた意味は、リクには分からない。リクがどう想像しようとも、それは想像でしかない。サザンドラの心だって、サザンドラのものだ。

「――忘れない。この景色も、オニキスも、タマザラシも、絶対に忘れないよ」

 サザンドラとタマザラシが、それぞれ鳴き声で応えた。
 いつの間にか、不安は消えていた。

( 2021/01/02(土) 09:44 )