Box.12 ドキッ☆突然のアイドルデビュー!?
連れてこられたのはテレビ局だった。丸い帽子を被ったような巨大なビルは威圧感がある。玄関口でリクがぽかんと口を開けていると、ボルトが喉奥で笑った。
「どっからどう見てもお上りさんって感じだな」
リクの顔が赤くなった。両手を落ち着かなさそうに体の前で組む。ボルトは大股でリクに近づき、背中を強く叩いた。
「リラックスリラックス。アイドルは笑顔が命だ」
「……オレ、アイドルじゃないですし」
リクがボソッと反論した。ボルトが口笛を吹く。「いいねぇ」愉快そうにリクの肩を抱き、テレビ局に連れ込んだ。ソラもマイナンを抱いたまま、ひょこひょことついて行く。ガードマンには引き留められなかった。
受付嬢が立ち上がって出迎えた。
「お待ちしておりました」
ボルトは緩く応え、「準備は?」と尋ねる。受付嬢は淀みなく答えた。「できております」廊下ですれ違う人々は誰もかれも、「お疲れ様です!」「おはようございます!」と頭を深く下げてきた。同時にジャージ姿のリクをほぼ全員が目に留め、憐みや困惑、時に敵意の目を向けた。ボルトはリクの肩に腕を回したままだ。居心地の悪さに縮こまっているリクの顔を、ボルトは面白そうにのぞきこんだ。
「“アイドルじゃない”ねぇ」
リクは眉を寄せ、視線を逸らした。ボルトは部屋の前で立ち止まり、ドアノブに手をかける。
「ところがどっこい。お前らはアイドルになるんだよ」
「え?」
「ん?」
二人が言葉の意味を咀嚼するより早く、リクは部屋の中へと押し込まれた。倒れ込んだリクをがっしりとした腕が抱きとめる。プラスルがその腕をするする上っていった。バリトンボイスがリクの耳に飛び込んできた。
「リクboy! 待ってましたYO!」
「は!?」
後ろの方では「こら待て小僧B!!」「すいません用事を思い出しましてッ!!」「まいまーい!」と、騒がしい音がしている。筋骨隆々の腕は軽くリクを持ち上げ、手早く散髪ケープをかぶせて座らせる。男が指を鳴らす。美容師が現れた。嫌な予感に、リクは腰を浮かせた。が、首筋に当てられた冷たい感触に、尻を座席につけた。
「良い子は好きよ」
美容師が優しく囁いた。リクの髪をサクサク切っていく。ばっさりカットするほど鬼ではないようで、全体を整えている感じだ。ボサボサ頭がどんどん綺麗になっていく。リクは頭を動かせないまま、正面の鏡に写る男を見上げた。先ほどのバリトンボイスの男だ。筋骨隆々、身長は2mあるのではないだろうか。白髪のツーブロックヘアに立派な口髭を生やしたオッサンだった。目じりに深い笑い皺が入っている。50過ぎ位に見えるのに、瞳だけキラキラと澄んだ輝きを放っていた。鏡越しに目が合った男は、ウインクを放つ。
男の足元で丸いフォルムが動いた。それは男と視線が合うと、「たま!」とわくわくした鳴き声を返した。
「Youのstage onももうすぐだ」
「たまたま!」
◆
『さぁやってまいりました第82回バトルアイドル大会イイイイイイイイイイイイイ!!!!』
――ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
大歓声が会場全体に轟く。
テレビ局から少し離れたところにある、ルーローシティ・バトルアイドル会場は観客で埋め尽くされていた。数年前に始まったこの大会は、今ではラチナ三大娯楽に数えられる大賑わいだ。会場のいっとう高い場所には、アイドルキングの姿を象った優勝トロフィーが飾られている。艶やかな金属でできた、筋骨隆々のおっさん型トロフィー。瞳には青水晶が埋まっている。「こんなトロフィーを欲しがる奴の気がしれない」「悪夢を見そうなのです」「魔除けになりそうだよね」「ノーコメント」「鈍器として活用しよう」と、各街のジムリーダー達からも絶賛されている。ゴートシティのブラックマーケットでは、超高額で取引されていると噂されている。
バトルアイドル大会。歌って踊ってポケモンバトル。バトルの勝敗にプラスして踊り、歌、美しさの技術点が含まれる。トーナメントではなく総当たり戦であり、大会は毎月3日間に渡って行われる。バトルアイドル大会での優勝は、バトルアイドルの登竜門とも呼ばれている――
『アイドルを目指す少年少女5人が集まった! まず一人目!』
スポットライトが照らし出した円の中に、着物風ドレスにロングヘアの人物が立っていた。モンスターボールと折り紙の束を天高く放り投げると、飛び出したマニューラが折り紙に辻斬りした。全ての折り紙に風穴をあけ、優雅に着地する。折り紙が花吹雪のように舞い落ちた。
『雪に覆われし氷の地、シラユキタウンのクールビューティ! ユキノだー!!!!』
「皆様、ご機嫌麗しゅう」
ユキノは艶やかにほほ笑み、一礼してステージ後方に下がった。
『続いて二人目!』
「ハッ!」
スポットライトの光の中に、小さな影がバク宙で飛び込んできた。ショートカットにミニスカート、元気いっぱいの人物だ。ステージの反対側からルンパッパもマラカスを鳴らして現れた。
「るんぱっるんぱっ! るんぱっぱー!」
「とぉう!」
ルンパッパがマラカスを投げる。影が空中でキャッチし、ステージに降り立った。
『迷宮の森、深き緑! サイカタウンのレンジャー! コダチィィィィィィ!!』
「応援よろしくねー!」
コダチは観客に投げキッスすると、ユキノに習って後方へ下がった。
『そして3人目!』
スポットライトが消えた。紫電を纏ったポケモンが猛スピードで駆け抜ける。ステージの中央でぐるぐると同じ場所を走り回ると、光る電気の輪が生まれた。ステージの端から駆けてきた人物が輪の中に飛び込んだ。緑の癖っ毛に大きな猫目をしている。軽やかに着地し、片腕を伸ばす。走っていたポケモン――ライチュウがひときわ強くスパークを放ち、腕から肩へと飛び乗った。スポットライトが再びついた。
『エレクトリック&ファンタスティック! 我らがルーローシティの電撃! ライカァ!!!!!』
「ワイのこと舐め腐ったらド突き倒したるで!」
『少々殺気立ってますね』
ライカが親指を下に向け、司会者が苦笑した。
『4人目の登場だ!』
スポットライトを引き裂いて複数の葉が飛来する。意思を持つかのようにマジカルリーフが突然止まり、ステージに円を描いて落ちた。その中心に、ゆっくりとトレーナーとキルリアが“サイコキネシス”で降りてくる。藍色のウェーブヘアーに、両サイドで細い三つ編みがふわふわと揺れる。チャイナ服に似たミントグリーンのドレスを着た少女? は、羽根モチーフの仮面をつけて立っていた。
『第73回バトルアイドル優勝者! 出身地不明の匿名希望! 謎多き仮面Sだァァアアアアアアアアアア!』
Sは無言のまま、キルリアとお辞儀をした。口元が若干ひきつっている。
『ラスト5人目! バトルアイドル初挑戦にしてホウエン地方からの参戦ッ!』
ステージの端っこから冷凍ビームが放たれ、みるみる内にステージを氷上へと変えていく。「あぁああああわわわわああああああああ!!??」少年のような、少女のような、声変わり前の悲鳴。小さな影と丸い影が滑りながらステージの端から現れた。
「たまたまたまたまー!!!!」
「ぶっぶつかるー! 止まっれぇ!」
小さな影が叫ぶと、丸い影――タマザラシが冷凍ビームの向きを変えた。勢いのままステージの中央に躍り出た人物の足を凍らせる。足は止まり、上半身は慣性の法則に従いつんのめった。タマザラシが反対側から跳ねてぶつかると、体が勢いよく戻る。小さな影は尻もちをついた。
「つめたっ!?」
「たま?」
お尻が冷やりとして、小さな影が跳ね起きた。会場がドッと笑いに包まれる。司会者も半笑いで声をかけた。
『えー……大丈夫かな?』
「へぇ!? は、はい! 大丈夫れぐっ!」
舌をかんだ。観客席から再び笑いがあがった。痛みにその人物は無言で悶絶している。顔は真っ赤に染まり、脂汗をかいていた。すぅ、はぁ、と顔を伏せたまま深呼吸をし、なんとか顔を上げた。サイドテールの長い黒髪は、水色のリボンがあしらわれている。ドレスは柔らかいミルク色で、リボンやレースがふんだんに使われたそれはまるでショート丈のウェディングドレスのようだ。胸元の大きな白薔薇は、さしずめブーケの代わりか。
『ホウエン地方ミナモシティ出身! 可憐な駆け出しトレーナーのリクゥゥゥゥゥ!』
盛り上がる観客に、小さな影――リクはごくりと喉を鳴らし、ぎこちなく笑った。観客から拍手が起こる。司会者が何か言い、リクはよろよろとステージ後方へと下がった。
この状況に対する説明を受けたのは30分ほど前。リクが2時間に及ぶ変身タイムもとい拘束から解放された直後にまで遡る――
「Youにはバトルアイドル大会に出場してもらいマス!」
「はぁ!?」
流されるままに髪をセットされ化粧され服を着替えさせられ。あれよあれよの内に強制女装させられたリクに、バリトンボイスで男は言った。
「Beach girlから事情は聞きました。大変crazyな状況におかれてるみたいデスね」
「びーちがーる?」
「ホトリgirlのことデスよ」
「それが……これとなんの関係があるんだよ!?」
リクが真っ赤な顔で噛みつく。同時に、そわそわと自身のスカートの端を抑えた。男はやれやれと首を振った。肩に乗ったプラスルも真似して「ぷららー」と首を振る。
「Youの状況はcrazy。このままだと、dead or dead!」
「ぷらぷら!」
「でっど……? えっ」
「タマgirlはunderstandして心配して来てくれたというのに……」
「ぷ〜ら」
男が言葉とともにくるりと背を向ける。腰にタマザラシがしがみついていた。タマザラシはぴょいとリクの胸へ飛び込んだ。
「たまー!」
「なんでここに!?」
「たまたまたま!!」
タマザラシが短い手を動かして何事か訴えるが、リクにはいまいち分からない。男は咳払いし、裏声で代弁した。
「“りっきゅんが心配でタマもついてきちゃったっ! ホトちゃんがりっきゅんによろしくって言ってたよ!”」
「キモッ!」
リクの全身にサブイボが立った。しかしアイドルキングの翻訳に、タマザラシは「その通り!」と力強く頷いた。
「えっ合ってるのか!?」
信じられないものを見る目をするリクに、男が白い歯を光らせた。うざい。リクは素直にそう思った。
「タマgirlはbeach girlからのrental! また一匹、rental Pokémonが増えましたネ!」
男はタマザラシのモンスターボールを手渡した。外国語? だらけでいまいち言っていることがよく分からないが、タマザラシが仲間になった? という事だろうとリクは無理やり納得した。タマザラシはフンフンと鼻を鳴らしている。
「Youはタマgirlが何故心配してきてくれたか、分かりマスか?」
「あ、あ〜……オレが、狙われてて危ない、から?」
「That's right! Unexpectedly cleverですネ!」
「くれ……? 普通に喋ってくれ……れ、ないんですか?」
リクはますます混乱し、渋い顔をした。男はきょとんとした後、気がついたように額を叩いた。
「おっと失敬! 私のbad habitでしたネ。簡単にspeakしましょう」
「ぷらぷら!」
はびっと? すぴーく? リクは疑問符を飛ばしまくる。プラスルは理解しているようで男の言葉にうんうんと頷いている。男は笑顔を見せて、バリトンボイスで言った。
「このままだと君、死にますよ」
「え?」
ホトリでさえ口にしなかった言葉を、男は直球で言い切った。
「ノロシは厄介な男です。勝利の為なら手段を選ばない。仮に君が勝てたのが“幸運”の一言によるものだとすれば、次に相対すれば必ず死ぬでしょう」
「で、でも! その為に保護とか、警察とか……!」
「チャンピオンさえ、君を守り切れなかったのに?」
リクは勢いよく立ち上がった。
「ヒナタがあんな奴に負けるもんか!!」
泣きそうな声だった。取り上げられたリクの服の山が、同調するように震えた。アイドルキングは山に手を突っ込んだ。モンスターボールの中から、サザンドラがアイドルキングを睨んでいる。
「彼一人なら勝てた相手です。しかし、君という足手まといがいれば、破れることもあるでしょう」
リクの顔が歪んだ。反論の言葉が出てこなかった。大きな息が痙攣する感情と共に吐き出される。うるさいうるさいうるさい。そんなこと分かっている、とリクは叫び出したかった。あと一歩のところを、わずかに残ったプライドと理性が押さえ込んだ。
「だから君は強くならなくてはならない。君も、そしてヒナタ君も生き残る為に」
ひた、とアイドルキングはリクを見据えた。逃れることを許さない視線だ。逃げるな。お前も戦うのだ、と。
「ということでyouはバトルアイドル大会にentryデース!」
男は唐突に口調を戻した。人を食ったようなおちゃらけた喋り方に、リクはずっこけた。緊迫していた空気がすっ飛んでいく。「HAHAHA!」と笑い、男は3本の指を立てた。
「Surviveに必要な要素は3つありマース! Please answer!」
「だから外国語はわかんないって……」
「オッと失敬! 生き残る為に必要な要素、デスよ」
Survive――“生き残る”?
その為に必要な3つの要素。男はキラキラした顔でリクの答えを待っている。
「“強い”こと?」
「ぶっぶー!」
「ぷらー!」
男とプラスルが両手で大きく×を作る。
「Survive――3つの答えは、バトルアイドルの中にありマス! 君には身をもってlearnしてもらいマス!」
男はリクの手を取ると、満面の笑顔を向けた。
「Meはアイドルキングのビュティ・ニコニス!」
道化のような、アイドルのような、紳士のような。何ともつかない変な男、ビュティ・ニコニス。魔法にかけられたように、リクは目を白黒させながらも立ち上がった。
「“理解せんとするならば、まずやってみよ”――Let's begin、リクboy!」