Box.76 リプレイ
ラチナ地方の頂点。
チャンピオンの座す場所。
すべからく、トレーナーたるものが目指す最終地点の一つ。
白亜の神殿と称すべし、ラチナリーグ。
「ここが――らちなりぃ、ぐぅあああうう うううああああ!?」
湖面へと落下し、大きな水柱が上がる。浮遊していたチリーンが念力で二人と一匹を救出すると、テレポートの責任者であるはずのガーディはぐったりとしていた。水を滴らせながら、ヒナタが明るく笑った。
「いやー悪いな。助かったわ」
「なんで水に落ちるんだよ!」
「飛距離に対して、力が足りなかったとか。もしくは寄るとこがあったとか?」
ヒナタが白亜のリーグを見つめた。リク達が落ちた場所から波紋が無数に広がっていく。白亜の神殿を映す水面には、中天を過ぎて傾く太陽が光っている。
突然ヒナタが水面を睨んだ。目を凝らすように、厳しい顔で波紋が広がる水面を見つめて呟く。
「リールか?」
言うが早いか、腰のモンスターボールを投げ入れた。ぽぉん、放られたボールから即座に飛び出たサニーゴが――霊体と化した姿を、リクは初めてまともに見た――不定形の体を震わせ、音もなく、溶けるように水面下へと沈降していく。
「コーラル! リールと……あと二匹いそうな気がする! 探せ! 遠くないはずだ!」
「リール?」
ずぶずぶと、サニーゴの姿が湖の底へと見えなくなっていく。後には何もなかったかのような、静かな水面が風に吹かれていた。ヒナタはじっと気配に集中しながら答えた。
「カイトのルカリオのことだ。滅多にないことだけど、助けを呼ぶときは波動を放つ」
「感じたのか?」
「少しだけどな」
「この下、から?」
「間違いない」
リクも湖面を見つめた。どこへ? 湖の? 中? 底の方へ? それは――生きてるの、か?
水面に波紋が広がる。こぽこぽと小さな気泡が上がり、数を増して大きな泡がひっきりなしに浮上しては消えていく。ぬぅ、と水が持ち上がったかと思うと、それはサニーゴの手であった。不定形の透き通った腕のような枝のようなものが、ぞぶぞぶとヒナタへ三匹のポケモンを差し出す。リクは真剣な眼差しでそれを見つめ――サッと顔色を変えた。
ぐったりとしたガーディとルカリオとヘルガー。
バシャーモがいない。
「他には?」
サニーゴは答えず、色のない目で見つめ返した。
サザンドラに交代し、ラチナリーグまで移動する。リク達を連れてきたガーディが溺れていたガーディを舐め、小さな炎を吐き出した。人工呼吸をするように、ガーディの口から口へ、呼吸の代わりに炎が吹き込まれるが反応はない。ヒナタは三匹の様子を確認し、まず一番小さいガーディの水を吐かせた。
「リク、元気の欠片使ってやれ。そいつが一番重態だ」
リクはガーディを受け取り、元気の欠片をその口にねじ込んだ。口を閉じさせ、なんとか飲み込ませる。もう一匹のガーディに交代すると、ガーディはまた懸命に火を吹き込み続けた。ヒナタはヘルガーとルカリオ、両方の足を掴み、逆さまに持ち上げた。ぶらぶらと青ざめている二匹が揺れている。
「こっち来て、二匹の背中叩いてくれ!」
「こ、こうか?」
「そう。その調子だ。力一杯叩け!」
強く叩くと、こちらも水を吐き出した。いくらか吐き出させると、ヒナタはリクにルカリオを頼んで、ヘルガーを横にして心臓マッサージを行う。リクも見よう見まねで行うと、ルカリオが更に強く咳き込み、体をくの字に曲げた。二匹に呼吸が戻ったことを確認し、ふぅーっとヒナタが息を吐いた。
「今のは?」
「一時救命処置。長く旅してると、回復アイテムが足りないなんてざらでな。リール、悪いけどバシャーモがどこにいるか教えてくれ」
ルカリオが弱々しく応えた瞬間、空気が張り詰めた。波動で場所を探っている――やがて、数秒も経たずして、ルカリオがバチッと目を開いた。震える手を持ち上げ、ラチナリーグ上階を指す。その手が落ちる寸前にヒナタが掴み、そっと胸においた。
「上か」
意識を取り戻したヘルガーが小さく唸る。ヒナタはその頭を撫でた。
「動くな。殺したい訳じゃない」
ヘルガーが黙った。起こしかけた頭を横たえ、目を閉じる。
弱っていたガーディは炎を与えられ、少し元気が出てきたようだ。ヒナタはリクに指示してルカリオとヘルガー、そしてガーディ達を集めた。
「まだ飛べるか?」
「……くぅん」
目に意志を携えてガーディが応えた。ヒナタが頷く。
「ルカリオとヘルガーを連れてサイカヘ。お前は俺達と一緒に来てくれ」
二匹のガーディは互いに身を寄せ合い、互いの顔を寄せ合った。同時に小さな炎を吹く。二つの炎が一つになり、二匹の顔を撫でるように消えていった。
溺れていた方のガーディがルカリオ達に近づき、ぽんと前足を置く。陽炎のように三匹の姿が歪み、消えた。残ったガーディがヒナタの足にすり寄ったので、ヒナタは空のモンスターボールを取り出してガーディを収めた。
揺れもせず、ぽんとボールに収まったガーディを見てリクが訊いた。
「カイトがキャプチャした時も思ったけど、ガーディって野生だったのか?」
「トモシビのウインディとその子供達――護り神は誰かのポケモンにはならないよ。これも後でボールマーカー消さないとな」
ヒナタはガーディの入ったモンスターボールを腰につけた。立ち上がり、リクを手招きするとリーグへ入っていく。リクはそれについて入っていったが、中は酷い有様だった。
フレンドリィショップとポケモンセンターが焼き尽くされている。床も壁も、煤けた色に染まった通路が延びており、その先のエレベーターは中身がなかった。
「アカツキに従ってんのも、訳があるんだろうな」
「アカツキって、……アカ様って、ウミが呼んでた奴のことでいいのか? ヒナタは知ってるのか?」
「知ってるっていっても、ちょっと顔見知りだったってだけだけどな」
ヒナタがジムバッジを集めていた当時、トモシビのジムリーダーは存命だった。アカツキはジムトレーナーだったという。
彼はジムリーダーの次に強かった。ヒナタがチャンピオンに就任する前にトモシビで火災があり、彼も姿を消してしまってからは当然会っていない。
「すげー強かったよ。アカツキは最高の炎の守人≠ノなるって、トモシビジムリーダーの婆ちゃんが言ってたっけ」
◆
ヒナタは扉のないエレベーターに頭を突っ込んだ。下には落下して壊れたエレベータの中身があった。リクもヒナタと一緒に覗くと、上の壊された扉から光が漏れているのが見えた。
「オニキスだと狭いな。チリーン頼めるか?」
「シャン太」
「リ」
チリーンのテレポートで上へと抜ける。降り立つと、階下とは違って白の美しさの残る部屋に出た。
天井の高い大広間である。4つの燭台がそれぞれ文様の刻まれた場所に立っていた。正面に赤い絨毯のかかった大きな階段があり、手前には鎖と鉄のプレートが吊ってある。
ヒナタの目が一点で止まる。
3つの燭台に火はなかったが、一本だけ違う様相であった。カボチャのような胴体に長い髪のポケモン――パンプジンが捧げ物のように突き刺さっており、その足下に人が倒れている。その燭台だけ火が燃えていた。
「人とポケモン……か?」
「リマルカの爺ちゃん! パンプジン!」
ヒナタが燭台に駆け寄った。燭台を倒そうとするが、床に固定されていて動かない。パンプジンはゴーストタイプだが、流石に胴体が貫かれた状態で悠長に長居できるとは思えない。人間の方は白髪に厳めしい顔つきをした老人であり、蒼白で意識がない。リマルカやキプカと似た服装で、背中には切り裂かれた痕が深々と残っていた。触った手に赤黒いものが触れ、リクは血の気が引いた。
「念力で外せないか!?」
「リー!」
パンプジンがず、ず、ず、とゆっくり引き上がっていく。そちらを任せ、ヒナタは老人の首元に指を当てた。――弱いが脈はある。モンスターボールからガーディを出した。
「リク! 帰りは空飛んでくけどいいか!?」
「あぁ!」
ここで治療は出来ない。残したガーディは帰還用だったのだろうが、すぐに治療しないと命が危うい。リクも一も二もなく頷いた。ガーディが老人の体に前足を乗せ、ヒナタは燭台に刺さったパンプジンを見上げた。もう少しで引き抜ける。そうしたらガーディと一緒に――その時、悪寒がリクの背を走った。俯いたパンプジンの髪の隙間で、黄色い目が開く。
音の外れた管楽器のような不気味な叫声が響き渡った。
燭台の火がふっと消え、パンプジンが白目を剥いた。すぅっと姿が薄らぎ、干からびたカボチャのようになってしまった。燭台を通過するように落下し、老人のそばに落ちる。
リクとヒナタが振り向いた。火が消えたにも関わらず、二人の後ろには黒い影が伸びていた。手があり、足がある。黒くもったりとした体が影から盛り上がり、にたりとこちらを見た。
そして、白目を剥いて倒れた
「そーかそーか。ジジイのパンプジン、実は意識があったワケね」
靴音が近づく。赤い光が、みちづれ≠ナ瀕死になったゲンガーを吸い込んで消えた。大空洞で、ナギサで、2度この男にリクは会ったことがある。
ヒナタが立ち上がった。
「行け、ガーディ」
燭台の下で空間が歪む。心配そうなチリーンの目の前から、リマルカの祖父とパンプジン、そしてガーディがテレポートで消える。リクも立ち上がり、相手を剣呑な目つきで睨んだ。腰のモンスターボールの中で、トドグラーがガタガタと暴れている。
相対する男の眼中にリクはいない。黄昏に焼かれたような赤銅色の髪。鋭く吊り上がった瞳は歓喜に染まってる。
「まさか生きてるとはな。会えて嬉しいぜ、ヒナタ」
ノロシが犬歯を剥き出した。