暗闇より


















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森林の街
Box.65 ポケモンにおける心的外傷性ストレス障害
 夜も更けてきた頃、リクとリマルカは滑り込むように食堂へ入った。ズレ込んだ昼食に合わせ、腹の虫がいまさら目を覚ましたのだ。まばらにレンジャーの塊が見られ、厨房の職員に邪険にされることもなかった。レンジャーの仕事柄、食事時間のギリギリに飛び込んでくる人間は、そう珍しくないらしい。
 リクの頭上のモクローは、ゲンガーにポケモンフーズをもらっている。昼間の一件以来、ゴーストポケモン達に一目置かれていた。エイパムは隣の席で持参したカードを触っており、反対の席ではトドグラーがもりもりポケモンフーズを食べている。タマザラシの頃からよく食べる方ではあるが、進化してからは底なしだった。正面に座ったリマルカが「進化したてだからカロリーが必要なんだよ。そのうち落ち着くさ」と、野菜スープをすすった。

「ソラと戦うって言ってたよね」
「おう」
「その話、明後日の朝になったから」

 ポテトを狙ったフォークが皿にぶつかった。いささか緊張した面持ちで、分かったと答える。

「バトルフィールドは夜の10時まで使える。僕が見るから、食べ終わったら調整ね」
「ソラのバトルも見てやってるのか?」
「いいや。言いたいことはなんとなく分かるけど、入れ知恵しようって訳じゃない。ソラと戦う以前の問題として、君には勝たないといけない相手がいる。利用できるものは、僕も含めて利用しなよ」

 難しい顔でちょいちょいとポテトをフォークでいじる。プライドと目的が、胸中に黒い渦となってせめぎ合っていた。別に自分が弱いことは今に始まったことではないのだが、情けないような気分にだった。
 真下の悩みに関せず、モクローの周囲ではきのみの品評会が始まっている。ゴーストポケモン達が持ち寄ったきのみを掲げる。リクのもやもやした気持ちに合わせ、品定めするモクローが左右に揺れていた。

「あっさり勝った≠チて言ってたよ」

 フォークが勢いよくポテトに突き刺さった。正面のリマルカを――その向こうにいる、答えた相手を睨んで口に放り込んだ。こちらに来てからは一度も顔を合せていないが、その声音は容易に想像がつく。自身の優位を疑っていないのだろう。約束を正しく守らなかったことに腹が立っているかもしれないと思っていたが、そうではなく、何度でも勝てばいいのだと、子供のわがままに呆れているような気持ちでいるのかもしれない。
 こちらの気持ちなど何も知らない。ゴートで最後に戦ってから、なにも変わっていない。

「絶対勝つ」

 鼻を鳴らし、フォークをスパゲッティに巻きつける。頭が後ろに引っ張られた。

「あ?」

 原因はモクローだった。彼はヨマワルが差し出したマトマの実に身を乗り出している。
 人体でもっとも重い頭部に引きずられて体が後ろに傾ぐ。

「う」

 リクの手が掴まるところを探して彷徨った。そんなもの空中にはない。バランスが崩れたことを察知したモクローが飛び立ち、視界がぐるりと反転する。背中からひっくり返った。空中に足を放り出し、頭が床と衝突して目が回る。痛みに呻く顔面にモクローがのしかかり、何ごともなかったかのようにマトマの実をついばんだ。
 一連の流れを静観していたエイパムが肩を竦めた。トドグラーはフーズ入れに突っ込んでいた顔を一瞬だけ持ち上げ、すぐに戻した。ゴーストポケモン達がひえ〜という顔で様子をうかがう。リマルカががたんと席を立った。

「大丈夫?」

 足音が近づく。モクローが素早く飛び立ち、リクは痛みを堪えながら差し出されたものを掴んだ。金属製のひやりとした感触は手ではない。疑問を感じつつも上半身を起こすと、相手はリマルカではなかった。リマルカは反対側の席で、割り込んだ人間に驚いていた。
 嘲笑をふんだんに含んだ、聞き覚えのある声が降ってくる。

「相変わらず鈍くさいですわねぇ。貧弱ザコトレーナーさん」
「お前――」

 リクと相手の間にあるアイドルキングの像がキラリと光った。引き上げついでに手渡されたそれを押し返し、胡乱な目を向ける。

「なんでここにいるんだよ」

 艶やかな黒髪を打ち紐で結んだユキノが笑みを浮かべていた。紺色の短い袴に、袂のすっきりした和服姿。大会の時とは違う服装だが、れっきとした女物だ。
 ユキノは目を逸らさず、アイドルキングの像をこちらに押しつけ返した。

「たんなる偶然ですわ。次の行き先がたまたま<Tイカタウンで、そこにたまたま≠なたがいたというだけの話。むしろ、あなたこそなんでここにいるんですの? 私のストーカーですの?」
「んな訳あるか!」

 ぐいっと像を押し返して立ち上がった。やりとりを眺めているリマルカに、けろりとユキノが挨拶する。

「お久しぶりです、ジムリーダー・リマルカ」
「うん、久しぶり。でも、僕はもうジムリーダーを辞める。好きに呼んでくれ」
「あら。ではリマルカさんとお呼び致しますわね」

 ほほほ、と和やかに談笑をおっぱじめた相手を睨みつけるが、どこ吹く風だ。リクの頭にモクローが戻ってきて止まった。重みの分だけ頭ががくんと下に揺れたが、すぐに顔をあげる。

「百歩譲って偶然だとしてもなんでまだ¥卵浮オてんだよ変態! 大会は終わったんだぞ!」
「あら。こんなに可愛い私を捕まえて変態呼ばわりですって? ……私、深く傷つきましたわ」

 ユキノがわざとらしく目を伏せた。食堂にいた男性レンジャー全員が振り返り、非難の目が突き刺さる。違う。いや、何が違うのだろうか? 彼女(?)の長い睫の下、大きな瞳に涙が光った気がして思考が停止する。なんて酷い――いやいや、騙されるな。そうか? 呆けたように動けないリクの両頬をユキノの両手が包み込んだ。触れた場所が火傷したかのように熱い。ドッと心拍数が上がり、油の切れたような思考回路が熱で更に鈍くなる。わっしょい。ひゅっと息を吸い込むと深い森の香りがした。戸惑う目が惹きつけられた刹那、頬を挟む手の力が急に強くなった。
 男だ。
 現実に帰ってみれば、骨張った手はこちらの頬骨を砕かんばかりに締め上げている。脂汗を流すリクに顔を近づけ、紅顔の美少年が獰猛に嗤った。

「食い終わったらフィールドに来い。再戦しようぜ」





 ユニオン内で解放されているバトルフィールドは閑散としていた。緊急時にのんきに利用するレンジャーもトレーナーもいない。外のフィールドもあるが、リク達が使用するのは室内だ。掃除が行き届いているフィールドには塗料で白線が塗られている。何度も塗り直した跡が点々と残っていた。普段は利用者が多そうだ。
 ポケモン以外の観客がろくにいないフィールドに、リマルカが審判役として立った。

「使用ポケモンは?」
「一体。私はマニューラを。あなたはトドグラーをお使いなさいな」
「なんでお前に決められなきゃいけないんだよ」
「嫌ですわぁ。リクさんもしかして、怖いんですのぉ?」
「誰が――」

 怖いって、という言葉が喉元で止まる。口調はふざけているが、相対するユキノの目は尋常ではない。彼がここにいるのは理由がある。偶然なんて言葉で片付けられるほど馬鹿ではない。
 なんなんだよ。独りごち、先方の望み通りトドグラーを呼んだ。
 
「ウォ!」

 トドグラーは元気いっぱいにフィールドに入り、ボールから飛び出たマニューラに挨拶する。マニューラは怪訝そうだ。姿が変わったせいで、相手が誰だか分かっていない。「進化したよ! 見て見て!」とトドグラーがぐるぐるその場で回転して主張した。ようやく気がついたらしいマニューラが、突然殴られたような顔になった。
 トッと、軽い音。
 マニューラの姿が消えた。
 ギャラリーのゴーストポケモン達からヤジが飛んだ。そこに混じり観戦しているエイパムが、真剣な眼差しで天井を見上げる。
 マニューラが全身を天井に張りつけ、青い顔をしていた。同じくユキノも天井を仰ぎ、無情な声音で言い放った。

「降りてこい。バトルだ」

 ゆっくりと、ためらいがちにマニューラが飛び降りた。
 リクとトドグラーが不思議そうな顔をすると、チッとユキノが舌打ちした。

「始めていいかな」
「ええ。構いません」
「じゃあ――試合、開始!」

 なんともしまりのない開始だったが、のろのろとバトルが始まった。
 一手目。つららばりを警戒してリクとトドグラーが身構えた。リマルカの目があるとは言え、相手はユキノとマニューラだ。フィールド戦闘のどさくさに紛れてトレーナーまでもバトルに巻き込む可能性がある。
 だが、ユキノの指示は予想外にシンプルだった。「行け!」という一言だけでマニューラが駆け出す。いささか面食らったリクだったが、気を引き締めて固い口調で叫んだ。

「丸くなる!」
「ウォ!」

 トドグラーの口中に冷気が集束しだす。
 明らかに指示を無視した行動に、前のめりにこけそうになった。そうだ。お前はそういう奴だよ――!
 マニューラは速い。前回のバトルからの予想では、冷凍ビームを放つより先にこちらへ近接する。だが、肉薄するマニューラの動きは鈍かった。リクの目にも不調が分かるほどだ。間に合った冷凍ビームを直近で放たれ、予想外に直撃コースを貫く。ビクッと足を止めかけたマニューラに、ユキノから檄が飛んだ。

「怯むな! 突っ込めッ!」
「ま――まにゅッ!」

 無理矢理に踏み込んだマニューラの半身が凍りつく。凍結した片手がトドグラーの眼前に差し出され、不格好な猫だましが弾けた。
 バトルの趨勢を注視しつつ、違和感に眉を寄せた。らしくない。マニューラはもとより、ユキノ自身も。勝負を焦るようにマニューラが奥歯を噛みしめ、凍っていない方の爪を上段から振り下ろしてくる。
 今まで確認した技は3つ。つららばり、ねこだまし、つじぎり。ねこだましは決まったものの、不完全だった。思わず、声を張って叫んだ。

「――た、まざらし=I」

 トドグラーの目の焦点が戻った。やはり元の名前の方が反応がいい。反射的に繰り出された頭突きがつじぎりと衝突し、血しぶきが舞う。結果はトドグラーの押し勝ちだ。爪はトドグラーの頭部を滑るように切り裂いたが、マニューラの胴体がくの字に折れた。「ウォン!」トドグラーが頭部を振り、マニューラの体がフィールドへと落ちる。
 咳き込み、這いつくばるマニューラにユキノが鋭く叫んだ。

「退け!」

 マニューラが先ほどが嘘のような機敏さで距離をとった。気温が下がる。腹を抑えながらも、その周囲の空気が凝結していく。異常な数のつららばりが凝結し、フィールドが白く煙った。
 吸い込まれるように室内の空気が流れていく。数と質は反比例する。
 粉雪、とリクは口を開きかけた。トドグラーの胸がぐっと膨らむ。しかしそれは、従ったわけではない。判断が同じだっただけだ。額を抑えたくなったが、トドグラーが悪いわけではない、と自分に語りかける。正しい形に収まっただけだ。レベルの高いポケモンは、基本的にバッジのないトレーナーの言うことを聞かない。
 粉雪とつららばりがフィールドを席巻する。遠い世界、遠い背中。逆巻く空気に服が、髪が暴れ回る。
 おいてけぼりの戦いは今に始まったことではない。耳を澄ませ、神経を研ぎ澄ませ、粉雪の壁を撃ち抜く氷柱の音を捉えて叫んだ。

「避けろタマ!」

 トドグラーが跳ねるようにその場を退いた。間一髪で氷柱がフィールドに衝突して砕ける。
 今はユキノもマニューラも思考の脇に寄せておこう。まず目の前のバトルに勝たなくては先には進めない。ふらふらとした足取りで、先頭集団の背中を追いかけているさなかに考え込む余裕など自分にはないはずだ。
 だから指示ではなく協力を。伴走するポケモンに、命令ではなくサポートを。未熟ならば、それを認めてできることを。ポケモンバトルは一人では出来ないのだから。
 狂ったようにつららばりが吹きつける。対岸のユキノから制止と近接戦闘の指示が飛ぶ。聞いていたトドグラーの筋肉がうねるように躍動し、瞬間、フィールドが揺れ巨体の弾丸が飛びだした。つららばりと粉雪が衝突し合ったフィールドは、残渣で視界が煙っている。凍りつきそうな鼻先の上、目を開いてフィールドを俯瞰する。白い闇の切れ目にマニューラの影が走り抜け、転がるトドグラーへ正面から躍りかかってきた。
 正面衝突の直前、ユキノの言葉でマニューラが横っ飛びに回避した。外したトドグラーがフィールドを跳ね、一度バウンドして姿勢を解除する。
 
「タマ! 左後ろだ!」

 ぴく、と耳を動き、斜めに巨体が跳ね上がった。戻ってきたマニューラの爪が掠る。細い体を反転させ、再び襲いかかってくる。速度が乗る前に仕留めるつもりだ。
 だが、動きのキレが悪い。
 ――勝てる! 確信を込めて吠えた。

「決めろタマ! 全力だ!」
「マニューラァ! リベンジ=I」

 トドグラーの全体重が差し向かい、マニューラが咆哮と共に爪を振るった。ズン、とフィールドが揺れる。
 マニューラが崩れ落ち、同時にトドグラーが沈んだ。リマルカが手をあげる。

「両者ノックアウトにつき、引き分け!」
「タマ!」
「マニューラ!」

 リクとユキノ、両者とも弾かれたようにポケモンに駆け寄った。文字通り全力を出し切ったトドグラーが目を回している。頭を撫で、ねぎらいの言葉をかけてボールに戻した。後でユニオン内のポケモンセンターに預けなくては。

「よくやった」

 声に振り向いた。
 マニューラをボールに戻したユキノと目が合った。先ほどの言葉が意外で、思わず見つめると、不機嫌そうに眉間にしわを寄せられた。ユキノがフィールドにつけていた膝があがると、履いているブーツが目にとまる。かなり使い込まれたブーツだ。細かい傷と、落としきれない泥汚れの跡が酷い。

「進化しても、相変わらず鈍くさいバトルを致しますのねぇ。リクさん?」

 傲岸不遜な声が降ってきた。青筋を立ててリクは立ち上がった。

「その鈍くさいバトルに負けた奴は誰だよ」
「は? 今引き分けただろうが雑魚。いつまで過去の栄光にしがみついてんの?」
「あのなぁ! 前回はオレとタマの勝ち! 今回は引き分け! いつまで雑魚雑魚呼ぶんだよお前!」
「そうですわねぇ……」

 拳を振り上げて主張すると、ユキノが思案気に顎に手を当てた。つい、と紅を引いたような口元が弧を描く。

「あなたが、あのお澄ましキルリア使いに勝つまで?」
「盗み聞きすんな」
「偶然聞こえてきたんですのよ」

 リマルカが近づいてきた。

「ユキノ君。君がここにやってきたのは、リク達が突然消えたからだね」

 ユキノの顔から笑みが消えた。
 誤魔化しきれないと踏んだのか、今度は偶然≠ニは口にしなかった。

「……大会以後、マニューラは調子が悪いわ、こいつらは跡形もなく消えるわ、故郷は襲われるわ、訳わかんねーよ。ただ、あんたもジムリーダー辞めるって言っても、どうせ口外禁止なんだろ? 口が軽そうに見えるルーローのおっさんでさえ割らなかったからな」

 甘ったるさと嘲笑の入り交じった喋り方が失せ、ユキノは素に近い声音でため息をついた。
 リクは目を軽く見開いた。挙動が変るだけでちゃんと男に見えるのだから不思議だ。こいつは男なのか女なのかどっちなのか。それとも変態なのか? 片眉を歪めていると、ユキノが親指で苛立たしそうにこちらを指した。

「極めつけはこいつだ。どっからどう見てもド田舎の雑魚にしか見えないのに、俺様に土つけて消えた上に、散々燃えまくってる事件の重要参考人だぁ? 改めて見ても間抜けにしか見えないぜ」
「誰が間抜けだ、誰が」
「お前ですよ。他に誰がいるんですの?」

 掴みかかったのは同時だった。醜い争いが発生する前にリマルカが仲裁し、しぶしぶと双方とも拳を収める。

「ソラだけじゃなくて君も色々嗅ぎ回っていることは知ってたよ。でも悪いね。こればかりは君の安全の為にも、黙っているよ」
「その口振りだと、ソラさんも除け者仲間ですのね?」
「ソラが?」

 どういうことだ、とリクはリマルカを見つめた。リマルカは短く肯定すると「彼自身に君への協力の意思がない以上、仕方ない」と続ける。ユキノが面白そうに口角を歪めた。

「まだ保護者やってますのね。でも更に上の保護者さんがそれを許さない、と」
「更に上?」
「また気がついてないんですの? カイトさんはソラさんの実の兄ですわよ。ルーローでの電話で聞いた。なるほど、話が見えてきましたわ。リクさんの関わっている事件に、ソラさんがこれまで一緒に関わってきたのに、ここの段になってカイトさんが外しましたのね。なるほどなるほど。どこの街も保護者気取りのジムリーダーというのはお節介ですわねぇ」
「君のとこのジムリーダーとカイトさんはかなり違う理由だと思うけどね」
「ま、確かにうちのおっさんのうざったい愛とは種類が違いますけどね」
「そうじゃない」

 リマルカの声が固かった。自身の故郷のジムリーダーを思い出し、げーっと舌を出していたユキノが目を瞬かせる。二人の視線から逃れるように、リマルカがフィールドへと目を向ける。

「それは置いといて、リクはソラに勝たないと」
「保護者気取りのソラさんを安心させるには、勝つのが早いでしょうしねぇ。勝算はあるんですの? リクさん」
「それはこれから考える」

 ユキノがコイキングを見るような目でリクを見た。

「あなたの足りないオツムで悩むより、リマルカさんに土下座した方が100倍マシですわよ」

 言葉の意図にいち早く気がついたエイパムがゴーストポケモン達を振り返った。お呼びかな? とばかりにゲンガーがビシッとポーズを決める。その爪から影で出来た、鋭い刃がそそり立つ――シャドークロー。
 明後日に間に合うかは時間との勝負だが、やる価値はある。なにより、エイパム自身がやる気なのだから。
 使えるものは、なんでも使え。
 その事実に憮然としつつもリクは小さく頷き、意図を察したリマルカが苦笑する。

「リクが勝ってもいいのかい?」
「別に。どうせならソラさんも土をつけられた方が愉快ですのよ」
「今はレンジャーが出払ってる。森に行くのもほどほどにね」
「ご心配なく」
「森?」
「あなたには関係ない話ですわ、リクさん」

 ユキノが訓練場を去った後、リマルカがリクの質問に答えた。

「サイカの森はトレーナーの修行場でもある。マニューラのトラウマ克服に、相当付き合ったんだろうね」

 リクは無言で頷いた。それが困難な事実であることは誰よりも分かっている。
 ポケモン、トレーナーのためらい、怯え。あの大会以後のバトルを見ていなくても分かる。マニューラの様子がおかしかったのは、今回のバトルに限った話ではないはずだ。
 ブーツに残った酷い汚れ。服の裾に残った同様の跡。トラウマの大きい敗北であればこそ、立ち直るのは至難の業。
 ぎゅっと拳を握った。リマルカがちらと時計を確認した時、岩のような顔立ちのレンジャーが入ってきた。リマルカが軽くお辞儀し、リクが小首を傾げる。

「ああー悪いね。リク君は前、気絶してたからなぁ。レンジャーのコヤマだ、よろしく」
「あ、えっと……リクです」
「もう遅いし、一応、君は重要参考人だからね。ここにいるのが目に入ったから、部屋まで送っていこうと思って」

 リマルカが同意した。訓練は明日の早朝に再開。エイパムはゴーストポケモン達と今晩は特訓するらしく、ひらひらと尻尾をリクへ振った。

「責任持って預かるから心配しないで」
「頼む」

 やりとりが終わるのを待っていたコヤマがふと、フィールドを見て言った。

「ところで、それは君の?」
「え?」

 試合中、ユキノが立っていた場所を指す。
 アイドルキングの像が、良い笑顔で置き去りになっていた。

( 2022/02/13(日) 09:03 )