僕らの始まり
数日前のことだ。
11歳の誕生日ケーキは何が良いかと母親が訊いた。少し考え、チョコのケーキと答えた。嬉しそうに顔をほころばせた母親が、世界で一番美味しいケーキを作ってあげると張り切っていた。
「あれ……とーさんは?」
リビングのテーブルにはご馳走が並んでいるが、父親の姿はない。キッチンから母親が言った。「お仕事だって。遅くなるらしいから、先にお祝いしちゃお!」珍しいな、とリクは思った。相当仕事が忙しいに違いない。いつ帰ってくるか――むしろ、今日中に帰ってくるかも怪しい。素直に席に着くと、母親がケーキを切り分けてくれた。
「ねぇ、リク」
「……?」
「この街のこと、好き?」
母親は正面に座り、両手で頬杖をついてリクを見つめた。チョコレートケーキの一切れが、リクの前に置かれている。
「……分からない」
好きだった、と思う。嫌いではない。
けれど時々、誰もいない場所へ、ずっと遠くへ行きたくなる。
「――そ。ならケーキ食べちゃいなさい。美味しいわよ〜私の特製ケーキ! 世界一! ひゅーひゅー!」
「自分で褒めるのかよ」
「リー」
リーシャンが笑った。確かに言うだけあってとても美味しい。軽い口当たりのチョコレートクリームを口に運ぶと、夢見心地に誘うような甘さが広がった。知っている味だ、と思った。でもどこで? ――あれは旅行客と戦った時の事。火の粉から逃げ惑うキレイハナに勝利を確認した刹那、ガクンとアチャモが崩れ落ちた。駆け寄ると眠っているだけだった。ようやく気づいた技の名前は――
「ねむ、り、ご……な……?」
ガクンとリクは崩れ落ちた。ごめんね、と囁く言葉。リーシャンが心配する鳴き声。全てが遠く、薄闇の向こう側へ沈んでいく。
暗闇の奥。手放された意識の外側から小刻みな振動音が近づく。誰かのポケナビが、夜の底で時刻を告げる。
『23時48分10秒』
――暗闇の中、目を覚ました。