誰も知らない
10歳は子供達にとって、ポケモントレーナーとしての旅立ちを認められる大切な年齢だ。生まれ故郷から旅に出るひともいれば、事情があり別の地から旅立つひともいる。
10歳の誕生日は、かつて僕にとって、とても憂鬱だった。いよいよ結果を出さなければいけない歳でもあったからだ。父はジムリーダーになりたかったが、なれなかった。叶わなかった夢を僕に見ていた。厳しい教育に、呼吸もままならない毎日を僕は送っていた。
ある日、僕は父と共にミナモシティに滞在することとなった。そこでアチャモを連れた少年と出会った。
「お前、最近来た奴だろ。オレ達と勝負だ!」
「ちゃもちゃも!」
僕は、
自由に息をしている子供達を、いつも遠くから見ていた。自分の足で歩いていく彼らが羨ましかった。
だからライバルだという言葉が、本当に嬉しかった。僕の進む道は独りではない。君がいる。シャモがいる。シャン太がいる。――友達が待ってる。
だから僕はずっと後悔している、君たちが僕に関わってしまったことを。
『23時48分10秒』
全てが静かな夜だった。
虫ポケモンの声がする。夜の底で発光するポケナビの画面を、少年はじっと見つめていた。時刻表示が切り替わっていく。
明日彼は、10歳の誕生日を迎える。
ベッドの中ではバシャーモがよく眠っていた。この部屋は、一人部屋。明日が誕生日であることは誰にも知らせていない。バシャーモさえ知らない。いつも一番祝ってくれたリーシャンはもういない。10歳になったら旅立って、彼と――リクと、ライバルになるのだと約束したウミも、ここにはいない。
『23時59分50秒』
小さな光に照らされた顔の中心で、もういない人間の誕生日を待つ瞳が、画面を見つめている。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1
日付が切り替わる。
『0時00分00秒』
8月31日の表示を見届け、ホムラはポケナビを閉じた。