暗闇より


















小説トップ
91〜100
96.出港
 ――ホウエン地方・カイナシティ。
 人とポケモンが行き交う港街であり、北東に港、南西にカイナ市場が開いている。天幕の下に並ぶのはフレンドリィショップではあまり見られない商品ばかりだ。秘密基地の模様替えグッズ、ポケモンの基礎能力向上効果のある薬剤、技マシン、ぬいぐるみ各種、漢方薬など。港街に来ると、ホムラはミナモシティを思い出す。父親の仕事が終わるまでだったのに、随分と長い間この地方にいることとなった。
 「出港まで自由時間ね」とアカが言い、バシャーモと露天を見て回る。音符マットを鳴らして遊ぶバシャーモを注意した。「あまり鳴らしすぎたら駄目だよ、売り物だから」バシャーモがそっと音符マットを元の場所に戻す。あちこちを冷やかして回った。ぬいぐるみが並ぶ露店を覗くと、店主がアチャモドールを手に取って見せてきた。

「そこのトレーナーさ〜ん。ど〜ですか〜」
「シャモッ!?」

 バシャーモが食い入るようにアチャモドールを見つめた。その背をぽんと叩き、店主に言う。「他にも種類があるんですか?」「まだありますよ〜」店主が足下の段ボールを探り、ぽいぽいと他のぬいぐるみを取り出した。その中に、リーシャンのぬいぐるみがあった。「……」思わず触れると、ふかっと柔らかい感触がした。サイズ感は同じだが、手触りは違うな、と思った。

「それが欲しいの?」

 背後から聞こえてきた声に、肩が跳ねた。アカが顔を覗かせる。「そっちの方が格好良いと思うけど。そっちにしたら?」アチャモのぬいぐるみを指した。

「いいえ」

 とっさに言葉が出た。
 
「特に欲しいものはありませんでした」
「そう? なら行こうか。戻る途中で欲しいものがあったら言ってね」
「はい」
「シャモシャモ!」

 店主に礼を言い、露天を後にする。カイナシティからは、他地方への船が出る。今日で、長くて短いホウエン地方の旅が終わる。振り返らずに、置いてきたものから目を逸らす。
 ――汽笛が鳴る。船が出る。

( 2021/09/18(土) 23:15 )