暗闇より


















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81〜90
89.博士とヒナタ
 ――マシロタウン、研究所。
 小さな研究所にはコズエ博士が住んでいる。背が低く、子供とよく間違われるのが特徴の妙齢の女性であった。
 陽光が開けたカーテンから差している早朝。小さな手が机からよろめき持ち上がり、カーテンの端っこを掴んだ。「うぅ……」朝日が頭痛を誘発した為、そっとカーテンを閉める。すや、と瞼を閉じ、安らかな眠りに再び身を委ねた。
 外から激しい足音が近づいてきた。足音の主は立ち止まり、体当たりのように研究所の扉を勢いよく叩く。

「博士ー博士ー博士ー!!」
「サニー!」

 朝から元気いっぱいの少年の声にはバッチリ聞き覚えがある。よろよろと立ち上がり、研究所の扉を開いた。くしゃくしゃの赤毛をした、旅装の子供。足下でぴょこぴょことサニーゴが跳ねる。

「博士! 俺10歳になった!」
「えー……あっ? 今日誕生日!?」
「昨日!」
「えっ!?」

 一気に目が覚め、研究所の中へ踵を返す。山と積まれた書類に本にと引っかき回して紙袋を発見し、急ぎ掴み戻った。

「ごめんねヒナタ君! お誕生日おめでとう!」
「サンキュー! って、そうじゃなくてさぁ!!」
「違うの!?」

 紙袋には旅の初心者消耗品セットが入っている。紙袋を上下に振り回し、ヒナタは言った。「ほら!! 町出る時って博士に挨拶してくんだろ!? なぁ! 俺もう10歳になったし、行っていいんだよな!?」

「もう行っちゃうの!? 誕生日昨日だよね!?」
「早く早く! なんか許可とかいるのか!?」
「な、ないよ! 慣例みたいなもんだから……」
「じゃあ俺行くな! 行くぞコーラル!」
「サニー!」

 走り去っていく少年とサニーゴの背を見送る。「そっか、もう10歳かぁ……」月日が経つのは早い。この町に研究所を構えたときにはまだ小さかった子供達が、どんどん旅立っていく。

「……誕生日の翌日に旅立った子は、ヒナタ君が初めてだけど」

 ――サニーゴを連れた赤毛の少年の噂が聞こえてくるのは、そう遠くない話である。

( 2021/09/17(金) 23:46 )