暗闇より


















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81〜90
88.バス
 ガタン、という揺れに目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。
 バスはまだ、昼も夜も分からない道を走っていた。窓の外は漆黒に塗りつぶされている。今はどの辺りなのだろう。もしかしたら、降り損なったのかもしれない。きょろきょろと車内を見渡したが、他に乗客の姿はない。
 乗るときはどうだっただろうか――? 記憶が曖昧だ。座席に掴まりながら、運転席へ近づいた。フロントガラスの向こう側では、ライトが暗闇を照らして進んでいく。高速で過ぎ去っていく暗闇の一部分達。黒い海を真っ直ぐに彷徨っているような気分になる。

「あの、すみません。今、どちらへ向かっていますか?」

 運転手は、「カザアナへ」と答えた。思い出した。カザアナ行きのバスに乗り込んだのだ。
 背後で、「うひひっ」という声がして、私は振り返った。途端、ガタン、と揺れ、体が傾ぐ。咄嗟に捕まった座席を支えに立つが、空っぽの座席には誰もいない。声はどこからしたのだろう。

「カザアナへは、何の用で?」
「ジム戦です」
「ほう。ポケモンは?」
「最近進化したばっかりで――」

 「うひひっ」という声がまたして、振り返った。姿はない。

「……運転手さんのポケモンですか?」
「いや。勝手に住み着いているんだよ」

 座席の影で、1つ目が赤く光った。「気に入られたみたいだねぇ」運転手が言った。

「連れていってやったらどうかね」
「それは出来ません」

 赤い瞳が、ひとつ近くの影に近づいた。「うひぃー」という声がする。私はモンスターボールの開閉スイッチを押した。灰色の巨体が現れ、近づいてきたヨマワルをひょいと捕まえる。

「もうこの子がいるので」
「……お嬢さん、ちなみに出身は?」
「カザアナです。ジムリーダーに再戦しようかと……こら、止めなさい」

 「うひー! うひー!」と暴れるヨマワルを、灰色の巨体――サマヨールが腹の口に収めようとしていた。

( 2021/09/17(金) 23:45 )